精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

文字の大きさ
上 下
72 / 384
2 新人研修編

2-5

しおりを挟む
「あれはなんですか?」

「あー、あれねぇ」

 食堂は人でいっぱいだった。ここの食堂は、塔に所属している人が利用しているらしい。

 ランチメニューは三種類のみ。日替わりが二種類、固定が一種類。

 固定メニューはスパイスたっぷりな匂いがするシチューだ。
 いつもで食べられるということなので、私は日替わりにした。うん、ここの食堂も美味しそう。
 他の人も日替わりだった。

 上司の人は王子さまなので、特別メニューかと思ったが、固定メニューを選んでいた。
 出てきたものも同じだった。凄いのを期待していたのに。

 各自、自分の分を確保し、席に着く。

 私は第一塔所属といっても、ほぼ、塔内に引きこもっているので、会ったこともない人ばかり。

 そもそもだ。

 精霊魔法で有名な家門のくせに精霊魔法が使えない『技能なし』だからと、私は外出も人に会うのも制限されていた。

 大勢の人に会う状況自体が初めてだ。

 ふと、何人かが、似たようなものを身に付けているのに気がついた。
 注意して見ていると、私と同じか少し上くらいの年代の女性ばかり。

 なんだろう、あれ? 最近の流行り?

 流行には敏感なマル姉さんは知っているみたいだけど、マル姉さんが身に付けているのは見たことないな。

 私がキョロキョロと見ているのに気がついたらしく、エレバウトさんが話しかけてきた。

「あら、あなた、補佐官なのにあれをご存知ないのかしら?」

「はい」

 エレバウトさんも知ってるのか、あれ。
 メモリアもマリージュも持ってなかったけどな。

 自分が流行に疎すぎて、ちょっと焦る。
 友だちがいないと、こういう時に困るのか。

「わたくしも知りませんけれども」

 良かった! 仲間がいた!

 フィールズ補佐官が知らないなら、私も知らなくて大丈夫だよね!

 でも、なんなんだろう? かわいいから服の飾りなのかな。

「あら、二人してご存知ないの? 少し、世間の流行に疎くなくて?」

「疎いんです」

 私はきっぱり言い切る。

「だから教えてください。あれはなんですか?」

 つい我慢できず、聞いてしまった。

 そういえば、赤の樹林で耐えきれずに質問して失敗したのは数日前のこと。

 ちょっとだけ嫌な予感がする。

「まぁ、あれは良縁に恵まれない方々の、気休めですわね」

「あのー、良縁てなんですか?」

「端的に言えば、良い結婚相手との縁談のことですね。
 この場合の『良い』とは、結婚相手として優良、申し分ないという意味で『良い』ということです」

 エレバウトさんは、はっきりと答えてくれない。
 フィールズ補佐官が親切にも丁寧に語彙解説してくれるので、ありがたい。

「あれは、恋愛にご縁のない方々にも無用ですわ」

「つまり、婚約者や恋人など伴侶が見つからず、恋愛も進展しない人のためのおまじないか何かというところでしょう」

 またもや、迂遠な回答をするエレバウトさんに対し、端的好きのフィールズ補佐官が被せてくる。

「あら、さすが、特級補佐官ですわね」

「あら、どうも、上級補佐官殿」 

 二人とも微妙にバチバチしていて怖い。

「恋愛成就のお守りってところですか?」

「お守りといっても、護符みたいなご利益はないわねぇ。まぁ、おまじない程度かしらねぇ」

 私たちのやりとりを面白そうに観察していたマル姉さんが答えてくれた。

「へー、私も欲しいなぁ」

「まさかとは思いますが、クロエル補佐官、興味あるんですか?」

「お店で売ってるけど、どうせなら作るのはどうかしらぁ? 好きな材料で作れるし」

 訝しがるフィールズ補佐官に、いろいろ詳しそうなマル姉さん。

「へー」

「作るにしても、その、なんというか、許可をいただいてからの方がよろしいかと思いますが」

 ぽかんとする私。

 え? 許可? 許可って誰の?

「ダメですわ! 許可などできませんわ! あなたなどに、レクシルド様は渡しません!」

 さらにぽかんとする私。

 え? エレバウトさんの許可は要らないでしょ。それに、

「あの、私、相手いますけど」

「レクシルド様でしょう?」

「違います。上司の人より、優しくて強くて格好よくて師団長やってます」

 名前を出して面倒なことになっても困るので、適当にあしらった。
 逆に名前を出しておいた方が良かったのかな。

「あ、あら、そうだったの。あなた、平凡でぽわんとなさってるから、まさか、お相手がいるとは。
 まぁ、平凡で流行に疎くてぽわん好きな方も、世の中にはいらっしゃるわよね」

「相手がいて、悪かったですね」

 ランチの間、エレバウトさんは語り続けた。おかげでランチの味がまったく入ってこなかった。

 次は固定メニューのシチューにしよう。

 スパイスたっぷりな匂いがして、エレバウトさんの語りにも、勝てそうな気がする。




 その晩、私の相手で第六師団長を勤める夫に、食堂でのあれこれを語った。語り続けた。

 もちろん、上司の人がエレバウトさんから逃げた話もした。

 でも、本題はそれじゃない。

「ねぇ、ラウ。組み紐飾りってのが流行っているんだって。二個一組になっていて、とってもかわいいの」

 食堂で見かけたあれ。かわいらしいあのアイテムは『組み紐飾り』と呼ばれているそうだ。

 こっそり鑑定したら、何種類かの紐を組み合わせて作られていた。

 金属のパーツ、キレイな石、刺繍した布も使って、凝った作りのものもあった。

「恋愛成就のおまじないなんだって。一個を自分で持って、もう一個を相手に渡すんだって。おもしろいよね」

 同じのを二個用意して、片方を好きな人にプレゼントするんだそうだ。

 とはいえ、最近は、単純に服飾品としても人気だと、マル姉さんが教えてくれた。

「それでね、ラウ」

「ダメだ」

 早い。いつにもまして、ダメ出しが早い。

「まだ何も言ってないけど」

「欲しいとか、作りたいとか、言うんじゃないのか?」

 そしていつにもまして、鋭い。

「うん、かわいいよね。危険物じゃないし、そんなに高価な物でもないし、手作りもできるんだって」

「ダメだ」

「どうして? 危なくないけど?」

「そういうものは、恋人ができないとか、結婚できないとかいうやつが、願いを込めて持つものだ」

 同じ組み紐飾りを二個つけている人は、そういう願いを込めているらしい。

 これもマル姉さんが言っていた。

「まぁ、そうみたいだけど」

 フィールズ補佐官でさえ知らないものを、なぜ、ラウが詳しいのかが謎だ。
 そして、ダメ出しされる理由が分からない。

「フィアには俺がいる。いまさら、願いを込める必要ないだろ」

「え? そういう理由?」

 願いを込めるとかじゃなくて、かわいいから欲しいんだけど。
 ついでに、ラウにあげてもいいし。まぁ、ついでだけどね。

「俺たちは結婚済みなんだ。恋愛成就のおまじないなんて、必要ない」

「ええっ、そうだけど」

 結婚済みだけど、恋愛結婚じゃないよね?
 恋愛してないから、恋愛成就も何もないよね?

「だから、ダメだ」

 この日、ラウは最後までダメとしか言わなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...