精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

文字の大きさ
上 下
70 / 384
2 新人研修編

2-3

しおりを挟む
 ナルフェブル補佐官が指示した観測地点は、全部で五ヶ所だった。

 通路に沿った場所なので、移動は魔導具の車で楽々。

 データ収集作業は地味で地道だとは聞いてはいたけど、最初はびっくりの連続。

 どこが観測地点なのか分からないほど、なんの変哲もないところで、ナルフェブル補佐官が地面を掘り始めるし。臭いを嗅いでいるし。

 キョドキョドしている私に、呆れたように声をかけるナルフェブル補佐官。

「だから《鑑定眼》」

 そう。鑑定眼でよくよく視ると、魔法陣で目印が付いていたのだ。

「立て札や紐の目印だと、誰が弄るか分からないからね」

 それはそうだ。

 ナルフェブル補佐官の魔法陣は青紫色でとてもキレイだ。
 地面の他、その周りのいくつかの木にも目印が付いている。

 目印を頼りに、土を掘り、木の皮をはぎ、葉っぱをむしり、番号のついたケースに入れていく。
 加えて、高さや場所を変えて、測定して記録して、また測定して記録して。

 ナルフェブル補佐官は、これをひとりで何年も続けているそうだ。

 量があるだけで、作業自体は大変でもなんでもないんだけどね。
 地味でも地道でも、とくに文句はないんだけどね。

 三人でずーーーっと無言なのよ。

 ありがたいことに魔獣や大型の害獣が出たりせず、小動物や鳥のざわめきに囲まれながらの作業。

 ある意味、大自然の中での癒やし?とも言えなくもないけど!

 ナルフェブル補佐官はもともとベラベラ話さないし、私だってそうだし。
 メモリアに至っては、専属侍女時代に戻ったように常に無言を貫いているし。

 無言のまま三時間。

 耐えられなくなった私は、ナルフェブル補佐官に質問してしまった。

「なんで、赤の樹林の調査をしてるんですか?」

 地雷だった。

「赤の樹林は赤くない。ならなんで、赤の樹林なんだ?
 黒の樹林も同様だ。黒の樹林も黒くない。なんで、黒の樹林?」

 スイッチが入ったように喋りだした。

「赤の樹林や黒の樹林のそれぞれの『色』は何を指すのか、不思議に思ったことはないか?」

 しかも内容がけっこう深い。

「確かにそうですね。由来はなんでしょうね」

 テラあたりに聞けば分かるんじゃない?と言いそうになって止まる。
 意外とテラはあれこれ教えてくれない。ニタリと笑って、はぐらかす。

 言葉を飲み込んだ私に気付かず、ナルフェブル補佐官は語り続けた。ヤバい臭いがする。

「精霊力という観点では、赤は火、黒は闇」

 ヤバい臭いを撒き散らしながら、語り続けるナルフェブル補佐官。

「神々という観点では、赤は始まりの三神、黒は破壊神」

 私のヤバい夫とは、違う方向にヤバい。

「人種という観点では、赤は赤種、黒は魔種」

 ヤバさに気を取られて内容が入ってこない。

「名もなき混乱と感情の神は、火とも闇とも関連がない。色は無色。赤種とも魔種とも無関係。
 赤とも黒とも関係するものがないんだ」

 ナルフェブル補佐官の語りも止まらない。

「ではなぜ、混沌の樹林の飛び地は、赤の樹林、黒の樹林と名付けられたんだ?」

 そんなの知らないって。

「赤の樹林と黒の樹林。何が違うのか。それが名前の由来に繋がるかもしれない。
 そう考えて調査を始めたんだ」

 突然、無言になる。
 そして作業に戻る。

 良かった、スイッチが切れた。

 ナルフェブル補佐官は自分の分野を語り尽くすタイプだ。下手に質問できない。

「で、何か掴めたんですか?」

 と、突然、質問を振るメモリア。

 え!!! メモリア?!

 なんでここで口開くかな? 今、ナルフェブル補佐官のスイッチ、切れたばかりだよね?

 いや、そもそもメモリア、今日初めて声出したよね? 今日の初めてがそれ? その質問なの?!

 え? 待って待って、ナルフェブル補佐官、スイッチ入るよね?

 ちょっとぉぉぉ!

 固まる私をチラッと見て、なぜか、コクリと頷くメモリア。

 意味が分からない。

 無表情なので、何を考えているかも分からない。

 そして、無情にも、ナルフェブル補佐官の語りが再開した。

「詳しくは話せないが、赤の樹林だけでなく、黒の樹林も精霊力がおかしいことが分かった」

 ダメだ、完全にスイッチが入っている。

「そこでだ。混乱と感情の神と赤種の神話を思い出したんだ」

 なんでそこに飛ぶのか、関係性が分からない。

 ナルフェブル補佐官が、チラッと私を見る。

 いや、私も赤種だけどさ、混乱と感情の神を倒した赤種とは別人だし、と思いつつ、作業を続ける私。

「混乱と感情の神が、赤種によって力を失った話ですね?」

 私の代わりに相手をするメモリア。
 話はこの二人に任せて、私は作業しよ、作業作業。

「混乱と感情の神は、破壊の赤種によって壊されて、終焉の赤種によって終わりを与えられた」

 子どもでも知ってる話だよね、と思いながら作業に没頭する。

「一説では、混乱と感情の神は一柱ではなく、混乱の神と感情の神の双子神、つまり二柱だったとも言われている」

 うん? そうなの?

「混乱の神は終焉の赤種を、感情の神は破壊の赤種を気に入り、それぞれを引き入れようとした」

 初めて聞く話だけど。

「だが、最終的に双子神は赤種の権能には抗えなかった。壊され、終わりを与えられ、多くの力を失った」

 メモリアも知らないよね、と思いながら、メモリアを窺ったけど。
 無表情過ぎてまったく分からない。

「それでも双子神は諦めなかった。
 混乱の神は黒の樹林に、感情の神は赤の樹林に姿を変え、いつの日か破壊と終焉が再び現れるのをじっと待っている」

「どこの話ですか?」

「僕の国に伝わる昔話だ」

「大神殿の話とは違いますね」

「そうだな。昔話なんてそんなものだろう」

 よし、終わった。

 私は記録ノートを手に、ぐっと握りしめ、よしっ!と思ったとたん、

「それでだな、」

 容赦なく続く。

 それから、ナルフェブル補佐官の話はいつまでもいつまでも果てしなく続いた。

 お昼ごはん。お昼ごはんが食べたい…………。


「やぁ、お疲れさま。
 って、その顔、どうした?! 死んだ魔獣のようだぞ?!」

 語りきってスッキリ顔のナルフェブル補佐官に対して、私は聞き疲れてげっそり。

 相当、酷い顔をしていたんだと思う。
 上司の人が焦ったような慌てたような、そんな声で訊いてきた。

「次は絶対に行きません」

 もう嫌だ。研究バカは嫌だ。

「は? ナルフェブル、何やった?」

 同じヤバいなら、ラウの方がいい。

「ラウがいいです」

 なんか、視界が滲む。鼻水も出てくる。

「分かった、分かったから! だから、泣くな! 僕がラウゼルトに責められるだろ!
 おい、ナルフェブル、なんとかしろ! ラウゼルトが聞きつけたらマズい!
 ってラウゼルト?! 扉を壊すなよ! いや違う! 泣かせてない! 泣かせてないから、落ち着いてくれ!」

 上司の人の前で鼻水をすすっていた私は、ラウに回収された。

 思ってた以上に大変な一日だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...