69 / 384
2 新人研修編
2-2
しおりを挟む
寒々とした赤の樹林が、私の目の前に広がっている。
ここで、ネージュ・グランフレイムとしてのすべてを失った。
あれから二ヶ月。
私は出張で赤の樹林にやってきた。
職場の先輩ナルフェブル補佐官、護衛のメモリアもいっしょだ。ひとりではない。
そもそも、ナルフェブル補佐官のおまけで、私とメモリアがくっついて来ているだけ。
緊張する必要はまったくない。
赤の樹林はあのときと同じ外観で、私たちを出迎えた。
空気は冷たいが、良く晴れていて乾燥している。早朝は薄曇りだった空もすっかり青空だ。
ときおり吹く風が木々を揺らし、鳥のさえずりや動物の気配が感じられる。
外観こそあのときと同じだったが、雰囲気はまったく違う。
これがいつもの赤の樹林だ。
「とくに変わりはないようだね」
最後に車から降りてきたナルフェブル補佐官が、辺りを窺いながら、声をかけてきた。
そう、車!
いつものように出勤して、第一塔に集合した私たちは、いくつか注意を受けた後、車でここまでやってきたのだ。
ナルフェブル補佐官は技能なし。
精霊獣付きの車は使えない。馬付きの車か、乗馬で行くのかなぁ、と思っていたのに。
なんと! 輓獣なしの車!
第三塔が道具や魔導具の開発を担当しているのは知っていた。
その第三塔とナルフェブル補佐官が組んで、魔導具の車を開発してるというのは、初めて聞いた。
まだ、試作段階で、あれこれ研究を重ねて改良しているって話だけれど。
この車、馬も精霊獣もいらなくて、魔力を使って車だけで動く。
「開発中の魔力貯蔵装置が完成すれば、いずれ、誰でも動かせる車ができるかもしれない」
普段は控えめでよく悲鳴をあげるナルフェブル補佐官が、そう熱く語ってくれた。
いつもとはまるで別人のよう。
凄い! 凄すぎない?!
ナルフェブル補佐官と魔導具の車を交互に見ながら、凄い凄いとそれしか言葉が出なかった。
ナルフェブル補佐官を尊敬の目で見ていたら、どうやら、じーっと見過ぎていたらしい。
つい、興奮し過ぎた。
ラウが私の見送りに来ているのをすっかり忘れるほど。
何か誤解したラウが、ナルフェブル補佐官を怖い顔で睨みつけて。
睨みつけられたナルフェブル補佐官が、悲鳴をあげて。
そして、いつものナルフェブル補佐官に戻ってしまった。ちょっと格好よかったのに残念だ。
もちろん、ちょっと格好よかったという感想は口に出していない。
私だって、言って大丈夫なこととダメなことの区別くらいつく。
でもこれで、ナルフェブル補佐官の命が助かったことだけは間違いない。
「ちょっといいかい。いろいろデータを録らないといけないんだ」
「これを出せばいいんですね」
命拾いしたナルフェブル補佐官が、調査の準備を始めた。
車から荷物を引っ張り出しているのを、私とメモリアも手伝う。
「収集するデータのリストだ」
空気中の混沌は、その場で調査し、ノートに記録し、土、葉、樹皮といったものはサンプルを採って持ち帰って調査するみたいだ。
引っ張り出した荷物には、サンプルを入れる容器がたくさん入っていた。
それぞれ番号が振ってあるので、どこで何を採ったかの記録もしやすい。
「いくつか観測地点がある」
どうやら、赤の樹林を突っ切る通路に沿ってデータ収集を行うらしい。
まぁ、周辺部から最深部まで揃うし、道沿いなので、移動も楽だ。
いつもはひとりで行っているので、効率重視なんだろう。
「そこで、混沌の濃度、精霊力を調査するんだ」
あれ? 精霊力?
「ナルフェブル補佐官も技能なしですよね?」
「ああ、そうだけど?」
「技能なしなのに、精霊力はどうやって調査するんですか?」
精霊魔法の技能がないと、精霊は見えないし、精霊力も感じない。
技能なしなのに、精霊力を調査って?
「鑑定で分かるけど?」
「えええ!」
さらりと言われた。
鑑定! 《鑑定》ってまさか、そういうのまで鑑定できるの?!
鑑定、便利すぎない? 精霊魔法より便利じゃない?
「もしかして、知らなかった? っていうか、いままで気づかなかったのか?」
「はい」
ナルフェブル補佐官から、訝しげな視線を感じる。
「嘘だろ。君は《鑑定眼》を使えるんだから、視ようと思えば視えるよな?」
「えーーーっと」
愕然とする。
今まで、視えるなんて知らなかったから、視ようとなんて思わなかったわ。
そんな私の反応を見たナルフェブル補佐官から、鑑定眼の発動を促される。
「やってみろ。今すぐ」
「はい」
まずは赤の樹林とは反対側を向く。
赤の樹林は精霊力がほとんどない。精霊力が視えるか試すなら、赤の樹林とは反対側だ。
いったん目を閉じて。
《鑑定眼》!
私は、そろーっと目を開いた。
「!!! 視えました!」
目の前には、見たこともないものが存在していた。
それは、あちこちに浮いていたり、動いていたり、その場に佇んでいたり。
初めて目にするものばかり。
半透明の姿の、これが精霊なんだ。
精霊の力も視える。
精霊の力、つまり精霊力は精霊の種類によって色が違っていた。
そして、精霊がいるところはキラキラ生き生きしている。
前に、マリージュが言っていたことが、少しだけ理解できた。
「もうちょっと自分の能力を磨こうな」
「はい、そうします」
精霊に夢中な私は興奮しながら、あちこちキョロキョロしていて、うっかり本来の目的を忘れかけたほど。
ナルフェブル補佐官の呆れたような声が背後から聞こえ、私を現実に引き戻した。
精霊力も視えたことだし、さっさとデータ収集してしまおう。
ここで、ネージュ・グランフレイムとしてのすべてを失った。
あれから二ヶ月。
私は出張で赤の樹林にやってきた。
職場の先輩ナルフェブル補佐官、護衛のメモリアもいっしょだ。ひとりではない。
そもそも、ナルフェブル補佐官のおまけで、私とメモリアがくっついて来ているだけ。
緊張する必要はまったくない。
赤の樹林はあのときと同じ外観で、私たちを出迎えた。
空気は冷たいが、良く晴れていて乾燥している。早朝は薄曇りだった空もすっかり青空だ。
ときおり吹く風が木々を揺らし、鳥のさえずりや動物の気配が感じられる。
外観こそあのときと同じだったが、雰囲気はまったく違う。
これがいつもの赤の樹林だ。
「とくに変わりはないようだね」
最後に車から降りてきたナルフェブル補佐官が、辺りを窺いながら、声をかけてきた。
そう、車!
いつものように出勤して、第一塔に集合した私たちは、いくつか注意を受けた後、車でここまでやってきたのだ。
ナルフェブル補佐官は技能なし。
精霊獣付きの車は使えない。馬付きの車か、乗馬で行くのかなぁ、と思っていたのに。
なんと! 輓獣なしの車!
第三塔が道具や魔導具の開発を担当しているのは知っていた。
その第三塔とナルフェブル補佐官が組んで、魔導具の車を開発してるというのは、初めて聞いた。
まだ、試作段階で、あれこれ研究を重ねて改良しているって話だけれど。
この車、馬も精霊獣もいらなくて、魔力を使って車だけで動く。
「開発中の魔力貯蔵装置が完成すれば、いずれ、誰でも動かせる車ができるかもしれない」
普段は控えめでよく悲鳴をあげるナルフェブル補佐官が、そう熱く語ってくれた。
いつもとはまるで別人のよう。
凄い! 凄すぎない?!
ナルフェブル補佐官と魔導具の車を交互に見ながら、凄い凄いとそれしか言葉が出なかった。
ナルフェブル補佐官を尊敬の目で見ていたら、どうやら、じーっと見過ぎていたらしい。
つい、興奮し過ぎた。
ラウが私の見送りに来ているのをすっかり忘れるほど。
何か誤解したラウが、ナルフェブル補佐官を怖い顔で睨みつけて。
睨みつけられたナルフェブル補佐官が、悲鳴をあげて。
そして、いつものナルフェブル補佐官に戻ってしまった。ちょっと格好よかったのに残念だ。
もちろん、ちょっと格好よかったという感想は口に出していない。
私だって、言って大丈夫なこととダメなことの区別くらいつく。
でもこれで、ナルフェブル補佐官の命が助かったことだけは間違いない。
「ちょっといいかい。いろいろデータを録らないといけないんだ」
「これを出せばいいんですね」
命拾いしたナルフェブル補佐官が、調査の準備を始めた。
車から荷物を引っ張り出しているのを、私とメモリアも手伝う。
「収集するデータのリストだ」
空気中の混沌は、その場で調査し、ノートに記録し、土、葉、樹皮といったものはサンプルを採って持ち帰って調査するみたいだ。
引っ張り出した荷物には、サンプルを入れる容器がたくさん入っていた。
それぞれ番号が振ってあるので、どこで何を採ったかの記録もしやすい。
「いくつか観測地点がある」
どうやら、赤の樹林を突っ切る通路に沿ってデータ収集を行うらしい。
まぁ、周辺部から最深部まで揃うし、道沿いなので、移動も楽だ。
いつもはひとりで行っているので、効率重視なんだろう。
「そこで、混沌の濃度、精霊力を調査するんだ」
あれ? 精霊力?
「ナルフェブル補佐官も技能なしですよね?」
「ああ、そうだけど?」
「技能なしなのに、精霊力はどうやって調査するんですか?」
精霊魔法の技能がないと、精霊は見えないし、精霊力も感じない。
技能なしなのに、精霊力を調査って?
「鑑定で分かるけど?」
「えええ!」
さらりと言われた。
鑑定! 《鑑定》ってまさか、そういうのまで鑑定できるの?!
鑑定、便利すぎない? 精霊魔法より便利じゃない?
「もしかして、知らなかった? っていうか、いままで気づかなかったのか?」
「はい」
ナルフェブル補佐官から、訝しげな視線を感じる。
「嘘だろ。君は《鑑定眼》を使えるんだから、視ようと思えば視えるよな?」
「えーーーっと」
愕然とする。
今まで、視えるなんて知らなかったから、視ようとなんて思わなかったわ。
そんな私の反応を見たナルフェブル補佐官から、鑑定眼の発動を促される。
「やってみろ。今すぐ」
「はい」
まずは赤の樹林とは反対側を向く。
赤の樹林は精霊力がほとんどない。精霊力が視えるか試すなら、赤の樹林とは反対側だ。
いったん目を閉じて。
《鑑定眼》!
私は、そろーっと目を開いた。
「!!! 視えました!」
目の前には、見たこともないものが存在していた。
それは、あちこちに浮いていたり、動いていたり、その場に佇んでいたり。
初めて目にするものばかり。
半透明の姿の、これが精霊なんだ。
精霊の力も視える。
精霊の力、つまり精霊力は精霊の種類によって色が違っていた。
そして、精霊がいるところはキラキラ生き生きしている。
前に、マリージュが言っていたことが、少しだけ理解できた。
「もうちょっと自分の能力を磨こうな」
「はい、そうします」
精霊に夢中な私は興奮しながら、あちこちキョロキョロしていて、うっかり本来の目的を忘れかけたほど。
ナルフェブル補佐官の呆れたような声が背後から聞こえ、私を現実に引き戻した。
精霊力も視えたことだし、さっさとデータ収集してしまおう。
21
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。
しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。
相手は10歳年上の公爵ユーグンド。
昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。
しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。
それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。
実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。
国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。
無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

踏み台(王女)にも事情はある
mios
恋愛
戒律の厳しい修道院に王女が送られた。
聖女ビアンカに魔物をけしかけた罪で投獄され、処刑を免れた結果のことだ。
王女が居なくなって平和になった筈、なのだがそれから何故か原因不明の不調が蔓延し始めて……原因究明の為、王女の元婚約者が調査に乗り出した。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる