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2 新人研修編

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 私の試験は強制終了となったものの、話は通っていたので、無事に就職となった。
 私の鑑定技能はテラと同じ神級なので、特級補佐官となる。

 さて、ここで問題が発生した。

「鑑定技能は補佐官トップだけど、業務は素人、補佐官としては新人だ」

 出勤初日、開口一番、第一塔長の王子さまがそう言った。

「つまり、研修が必要なんだよ」

 私に、というよりは、ラウに説明している。視線も完全にラウに向いている。

「それで、特級補佐官の研修は、第一塔の塔長室でしか行えない」

 特級補佐官は、フィールズ補佐官とナルフェブル補佐官だけ。
 二人とも第一塔の塔長室配属だったよね。

「だから、研修期間中はここに仮配属、研修が終わったら正式配属だから」

 当然、夫が暴れだす。

 そして、今もなお、夫と第一塔長がもめていた。終わる気配はない。
 声は小さくなっているので、怒鳴り合いは終わったようだ。

 こっちはこっちで開始済み。
 皆の自己紹介を聞き、最後に私の番。

「クロスフィア・クロエル・ドラグニールです。
 いろいろあって、現在、夫と二人で暮らしています」

 元ネージュ・グランフレイムで、鑑定の儀の帰り道に、赤の樹林で魔物に襲われて、兄に見捨てられ魔物ごと崖下に落とされて、赤種として覚醒して暴走しているところをラウに捕獲されて、実家はさっさと死亡届を出して遺体なしで埋葬済み。

 という内容を『いろいろ』でまとめてみた。簡潔にできたと思う。

 だって、知らない人は知らなくていい。

 いろいろの部分で、フィールズ補佐官が額に小さくシワを寄せた。ほんの一瞬だった。

 フィールズ補佐官は、三ヶ月ほど前にネージュとして一度だけ会っている。

 その人物が、赤種のクロスフィアとして現れたのだから、いろいろの部分は察してくれたのだ、きっと。

「ご主人は、あの、あそこにいる、ドラグニール師団長ってことで、間違いないんだね」

 ナルフェブル補佐官が確認してくる。

 未だに顔色が青い。鳩尾にも手を当てたままだ。
 ラウと同じで寒がりなのかな?

「はい、そうです。夫からはフィアと呼ばれています」

 ここで、はたと気づく。

「他の人がフィアと呼ぶと、命の危険がありそうな気がするので、気をつけてください」

 ラウの機嫌が悪くなるくらいだろうけど、念のため、ちょっと大袈裟に言ってみた。
 念のためね、念のため。

「ひぃぃ」

「…………ですよね」

「…………だよね」

「…………だろうねぇ」

「…………でしょうな」

 念のため言ったはずなのに、皆が受け入れている。

「どうして、皆、そんなに落ち着いてるんだ?」

 ただひとり、悲鳴をあげたナルフェブル補佐官はエルメンティア出身ではないそうで、竜種の生態に疎い。

「まぁ、竜種なら当然ですよね」

 他の四人は竜種の生態にやたら詳しい。

「そうなのか?」

「みたいですよ」

 私も疎いので、確認されても困る。

「まずは呼び方から考えましょうね」

「ドラグニールだと師団長と重なるからぁ、クロエルさんとか、クロエル補佐官でどう?」

「はい、それでお願いします」

 次に、皆の興味は夫に集中した。
 私の夫は人気者のようだ。

「愛情が重くて過保護で執着強めで変質者気味で距離感がおかしい以外は、いい夫です。優しいし、格好いいし、熊みたいでかわいいし」

「あの師団長を優しい、かわいいっていう人、オレ、初めて見たよ」とアスター補佐官。

 基本的にラウは優しいけどな。至れり尽くせりなタイプだしな。
 意外とかわいいところもあるしね。

「結婚当初は名前を知らなかったので、熊って呼んでました」

「名前も知らない人と結婚ってあり得なくないか? ああ、エルメンティアでは普通なのか」

 これはナルフェブル補佐官。
 エルメンティアの普通じゃなくて、竜種の普通のような気がする。
 まぁ、私も普通がよく分からないので、偉そうなことは言えない。

「初めて会ったときに、夫に一目惚れされたらしくて。
 あ、フィールズ補佐官に初めて会った、あのときです」

「はい、最初から食い入るように見ておられましたよね、師団長」

 フィールズ補佐官にはあれが好意を持っている顔だと分かったらしい。さすが、特級。

 しかめっ面で睨まれているとばかり思ってたけど、分かる人には分かるんだ。

「二回目に会ったとき、意識が朦朧としている間に求婚されて、承諾の返事をしちゃったらしくて」

「絶対、狙ってやったわねぇ。ヤバい度が高いわ」とアスター補佐官。

 テラも同じ事を言っていた。
 でも、よく考えたら、狙ってあの状況は作れないと思う。

 たまたまが重なった結果じゃないかな。
 たまたま映像記録も残ってたけど。きっと、たまたまだ。

 アスター補佐官は二人いる。姉弟で上級補佐官らしい。
 こちらのアスター補佐官は『マル姉さん』と呼んでと言われたので、そう呼ぶことにした。

 女性なので、名前呼びしても、ラウに消されたりしないはずだ。

「三回目に会ったときには、夫に嵌められて、すでに夫婦になってました」

「まぁ、竜種の結婚はそんなものだろう。大事なのはこれからだ。頑張りなよ」

 そう言って励ましてくれたのは、グリモ補佐官だ。この中では最年長。

 つなぎでここに所属しているそうだ。後任はなかなか決まらないらしい。

「結婚は初めてなので、分からないんですけど。やっぱり普通は違うんですよね?」

 さっきまで、賑やかで和やかだった部屋が、シーーーーーンと静まり返った。

「………………………。」

 誰も口を開かないし、視線も合わせようとしない。
 いや、心配になるから、誰かなんか言ってよ。

「フィア、ちょっと順番が逆なだけだ。普通と違わないぞ!」とラウ。

 向こうで第一塔長ともめながら、こっちの話も聞いていたらしい。
 順番が逆な時点で、普通じゃないと思うよ、ラウ。

「そ、そうそう! 結婚は終着点じゃなくて出発点だから。これから二人で愛を育んで!」

「そ、そうだよ! いやでも、うちの親はまともで良かった。マジ、良かった」

「竜種の伴侶って噂で聞いていた以上にえげつないな」

「竜種は結婚願望が強い生き物ですからな」

「あの師団長があんなに喜んでいるなんて。珍しいものを拝見させていただきました」

「えーーっと。つまり、前向きに頑張れってことですかね?」

「ふふ」

 ラウとの馴れ初めを話したら、同情されて応援されて、最後に笑って誤魔化された。

 ラウって、竜種って、周りからどんな目で見られているんだろ。
 皆からの生暖かい視線が逆に辛い。

「レクスと話はまとまった。後で迎えに来るよ、フィア」

 こちらの話の切れ目を見計らい、ラウが声をかけてきた。

「結婚おめでとうございます、師団長」

「師団長の奥さま、夫が格好良くて素敵って誉めておりましたよ」

「ええ、優しくていい夫ですって。良かったですねぇ、師団長」

 先輩方が皆、ラウに話しかけると、ラウは上機嫌。

「ありがとう。フィアをよろしく頼む」

 颯爽と第六師団に向かっていった。

 ともあれ就職はできたのだ。
 職場でコツコツと頑張っていこう。
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