精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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2 新人研修編

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 私の目の前に穴が開いている。

 直径一メートル、深さ不明。
 穴の周囲がちょっと焦げていて、煙が上がっているように見えるのはご愛嬌。

 戦闘能力をみる実技試験。『動かない的を魔法で倒せ』という指示だったので。

「的を少し絞ってみたんだけど」

 派手な爆炎系の魔法ではなく、爆発で飛び散らない、安全な火焔系の魔法を使ったんだよね。

「もっと絞った方が良かったかな?」

 的が地面ごと消え去ってしまった。

 首を傾げて考える。どっちが良かったんだろう。

「ぐっ、フィアがかわいすぎて、ツラい。俺にも穴を開けてほしい」

 私の隣でラウが顔を赤くしている。
 竜種とはいえ、身体に穴が空いたら死ぬと思う。

「ラウ、聞いてるの? どっちが良かったのかな?」

「大丈夫だ。どっちでも、フィアのかわいさに変わりはないぞ」

 訊いているのは、かわいさじゃない。

「少し加減しろよ!」

 そして、なぜか、テラがいる。さっきまでいなかったのに。

 ぜーぜーしている。息が荒い。ものすごく慌ててやってきたようだ。

「師団本部で、ものすごい魔力を感じて急いで来てみたら、これだよ!
 何やった? 何やったらこうなる?!」

 言われたとおりのことを、試験でやっただけなんだけど。

「爆発しなくて、飛び散らなくて、火花も出なくて、一番安全な……」

 そう。隣にラウもいるし。
 王子さまやら、補佐官の人たちやら、総師団長やら、試験を見守っている人数も少なからずいる。

「安全な?」

 そんな中で危険な魔法を使うわけにはいかない。
 訝しげに尋ねるテラに対して、正直に答える。

「……《劫火》」

「ダメだろ、それ!」

「はぁあ?」

 どこが?

「《劫火》は火焔系の最上級魔法だぞ。どこが一番安全だ! 一番ヤバいやつだ!」

「ピンポイントの方が良かったかな」

 《劫火》って、一番、力加減のコントロールがしやすいんだよね。

「範囲の問題じゃないだろ。死人が出るレベルは止めろ」

「人でも物でも壊したら直すから。心配しなくても大丈夫だよ、テラ」

 テラは心配症だな。

「壊す前提で話をするな。その前に人は壊すな」

「魔法攻撃にも耐えるって言われたし」

「それは物だろ。しかも限度があるだろ」

「闘技場がこんなに脆いとは思わなかったし」

「鑑定する癖をつけろよ」

「鑑定眼は、ラウの鎖も見えるから。あまり使いたくないんだよね」

 これには文句、言えまい。

「………………。」

 ほら。

 テラにも見えるはずだ。
 私をヤバいくらいぐるぐる巻きにしている、ラウの魔力でできた『鎖』。

 鑑定眼を使うと視えちゃうんだよ、これが。

 執着の黒竜は何かに執着する。その黒竜固有の権能が『執着の鎖』。

 だということを執着された後で説明された。説明、遅いよ。遅すぎるよ。

 執着したものに巻きつけて、逃がさないようにするそうだけど。

 なぜか、ラウの執着の鎖は、私の赤種としての力も上回り、私は一部の権能が使えない状態。
 さすが、ヤバい夫。

「だとしても、普通は簡単に壊したり直したりできないからな」

 テラが鎖から目を逸らしながら、話を続ける。
 ほら、みろ。テラだって視たくないだろう、これ。

 でも、こんな脆いところで毎日訓練をしているラウには感心する。

「ラウは凄いね、壊さずにいつも訓練してるんだから」

「うぐっ。フィアに凄いって誉められた。ヤバい。嬉しすぎる。動悸が止まらない」

「凄くない。壊さないのが普通だ。黒竜も悶えるな。正気に戻れ」

 テラが、私とラウの会話をばっさり斬り捨てる。

「まず、君の頭の中をどうにかしろ」

 と、私を指差すテラ。

「そして、君の夫をどうにかしろ」

 と、ラウを指差すテラ。

「俺のフィアがかわいすぎて危険だ。心臓がもたない。このまま、連れて帰りたい」

 努力でこの夫がどうにかなるなら、すでに、どうにかしてる。

「だから、黒竜、うっとりするのは止めろ!」

 けっきょく、テラの乱入により、私の試験は中断となった。




「君ら、バカか?!」

 今度は闘技場の向こうの方から、テラの怒鳴り声が聞こえてくる。

「四番目に、まともに試験を受けさせてどうするんだよ!」

 今、怒られているのは王子さまと総師団長だ。

 テラも、私を注意しても仕方がないと諦めたらしい。「このバカ夫婦が」と呟いてたし。

 テラは私たちに少し待ってるように告げ、闘技場の向こうの隅に王子さまと総師団長を連れていったのだ。

「あんなぽわんとした見た目でも、黒竜がデレデレしていても、赤種なんだぞ。それも四番目だ!」

 なんか、酷いことを言われているような気がする。

「君ら、この深刻さを分かってないのか?!」

 テラの怒鳴り声を聞きながら、こっちはこっちで手持ち無沙汰な状態でいた。

「破壊は四番目の権能だぞ。破壊攻撃はもっとも得意とする分野なんだ」

 試験は中断なだけで終了ではない。

 補佐官の二人や総師団長の副官は、試験をする側の人たち。

 ここで仲良く会話をすることもできない。かといって無言でいるのも息が詰まる。
 そして聞こえてくるのが怒鳴り声だ。

「なんで、寄りにもよって、四番目の戦闘能力、見るかなー?!」

 私たち全員、テラの怒鳴り声を聞きながら、互いに微妙な顔で、立ったまま。
 どうするの、これ。

「四番目が赤種の中でなんて言われてるか、教えてやろうか? 殲滅のクリムゾンだ。
 僕らだって、いや、神さえ殲滅するレベルだぞ。君ら、殲滅されたいのか?」

 なんか、とてつもなく酷いことを言われているような気がする。

「言っておくけどな! あの破壊力を見て、うっとりして悶えるのは黒竜くらいだからな!」

 余計なお世話だ。
 夫がうっとりしてくれるんだ、夫婦円満で良いだろうに。

「だから、君らはバカだって言ってるんだよ!」

 テラの怒鳴り声は続いている。

「世界の平穏を乱すやつは、この僕が許さない!」

 なんか、凄いところに話が行き着いたようだ。

 頑張れ、テラ。負けるな、テラ。
 エルメンティアの平穏は君の頑張りにかかっている。

 私は夫婦円満で暇すぎなければ、それでいい。

 そして、私の試験はこれで強制終了となった。なんだ、それ。
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