精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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2 新人研修編

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 お昼を過ぎて、ラウが帰ってきた。
 出迎えて、少し遅いお昼を二人で摂る。

 以前は、何気ない日常と何気ない会話さえなかったので、こういった瞬間さえ嬉しい。

 基本、家での食事は私が作るようにしている。料理修行、やってて良かった。

 ラウは私が作るものならなんでも食べてくれそうだが、やっぱり夫には美味しく食べてもらいたい。

「あのね、ラウ」

「なんだ?」

 まずは仕事の疲れを労うことにする。

「お仕事、お疲れさま」

「ああ、フィアが家で待ってると思うだけで、いつもの仕事が何倍も楽しく感じるんだよな」

 何倍は言い過ぎだと思う。

「新婚生活っていいもんだな」

 それには同意する。

「新婚の一年なんて、あっという間に終わりそうだね」

 現状、暇すぎるのと外出できないのが問題なだけ。ラウとの生活自体はとてもいい。

 前の生活が問題すぎただけか。

「ああ、大丈夫だ、フィア」

 ラウがにっこりと笑う。初めて会ったときのしかめっ面が嘘のようだ。

「竜種の新婚は短くても五年くらいあるから」

 ゴホ

 長くない?

「結婚式は新婚の間にあげればいいから」

 普通、逆だよね? 結婚式が先だよね?
 竜種はこれが普通なの?

「ゆっくり準備していこう」

 私がひとりで混乱している間、食事は終わり、ラウは明日からの仕事の準備だとかでバタバタし始めた。

 私は言い出す機会を完全に失った。




 そして、夜。夕食が終わった後のまったりした時間。

 この時間はなるべく二人で会話をするようにしている。

 特殊な事情でいきなり夫婦になったので、お互いのことをよく知らない部分もある。
 なるべく話をして、隙間は埋めておきたい。

 とは言っても、難しい話をするわけでなく、今日あったことを話したり、お互いのことを話したり。

 今日はお茶といっしょに、ラウが作ったクッキーも並べた。
 ラウが作るお菓子は本当に美味しい。

 大神殿にいたときにも、お見舞いで持ってきてくれたけど。
 目の前で作ってるのを見て、改めて感心した。

 夫が凄い。ヤバい夫だけど凄い。

 それに、グランフレイムで食べていた、お気に入りのクッキーと同じ味がする。

 私はあのクッキーが大好きで、嬉しいときも悲しいときも、あのクッキーをかじっていた。

「ラウのクッキーって、私の好きな味なんだよね」

 私はラウのクッキーを味わいながら、誰ともなしに呟いた。
 私の呟きにラウが答える。

「ああ、グランフレイム厨房のクッキーと同じレシピだ」

 ゴホ

 同じ味のはずだ。なぜ、知ってる?

「フィア、あのクッキー、好きだろ」

 ああ、全部調査済みって、前に言ってたっけ。

 夫がヤバい。凄い夫だけどヤバい。




「あのね、ラウ」

「どうした?」

 クッキーを食べ終わった私は、覚悟を決めて、ラウに話しかけた。
 ここで話を切り出さないと進展がない。

 隣にピッタリとくっついて座る夫を見上げながら、話を始めた。

 ラウが寝転がれるくらい、広々としたフカフカのソファー。
 なのに、ラウがくっつくので狭苦しい。

 ラウの話では竜種は人の温もりで疲れが取れるそうだ。そのうえ、ラウは寒がりだという。

 ラウが私にピッタリとくっついて座るのも、仕事疲れのせいなんだろう。

 疲れているラウが冷えないよう、温かいお茶をもう一杯用意して、話を続けた。

「あのね、ラウといっしょに仕事したいの」

 言い方を間違えると、ラウからダメ判定されるので緊張する。

「俺と仕事?」

「補佐官になって、第六師団で働けば、昼間もラウといっしょでしょ?」

「俺といっしょ」

「昼も夜もラウといっしょにいたいな」

「昼も夜も」

 よし、言い切った。緊張した。
 ふーっと息を吐いて下を向く。

 ラウといっしょに仕事がしたい。
 一歩間違えれば、ラウといっしょ丸一日コース。自由時間がなくなる。

 さらに首が締まる未来、とはこれだ。いくら夫婦とはいえ、自由時間はほしい。

 私のお願いに対して、ラウは無言だった。

 あれ? いつも通りなら、ダメでも良くてもなんか反応するのに。

 そう思って、ラウをチラッと見て様子を窺った。
 眉間にシワを寄せたまま、表情が固まっている。微動だにしない。

 これはダメな反応かな?

 もう一度、ラウを窺う。
 同じ表情のまま。何も言わない。

 あーあ。ダメか。
 テラからも、これでいけると言われたのにな。

 正直、私もこれでいけると思ってた。
 ラウは基本、『私といっしょ』が好きだ。
 だから『昼も夜もいっしょ』で許可が出るかと思ったのに。

 がっかりして、ため息が出そうになったそのとき。

「いい」

「はい?」

 ラウがなんか呟いた。私の頭の上の方から声がする。

「俺のフィアが俺の補佐官」

「はぁ?」

 ラウのじゃなくて。第六師団の補佐官になりたいって話なんだけど?

「凄くいい」

 またラウが呟いた。

「俺に配属されたいだなんて」

 そうは言ってない。

「俺に就職したいだなんて」

 そうも言ってない。

「俺のフィアがかわいすぎる」

 ヤバいスイッチが入った、ような気がする。

「フィア! さっそく……」

「ラウ! 夜だから! 明日ね!」 

 ギューッと抱きしめてくるラウを押し止める。

 さすがに夕飯後、寝る前の時間にあちこち何かされたら、周囲が困る。

「明日まで待ってられるか!」

「ほら、夜は! えーっと、夫婦の時間だし!」

 …………しまった! 言い間違えた!

「!! そうだな、夫婦の時間だな!」

 ダメなスイッチが入った!

 さらにギューッとしてくるラウ。ヤバい。苦しい。死ぬ。

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

「フィアから誘ってくれるなんて、嬉しすぎる。俺、頑張るから」

 そこは頑張らなくていいから!
 頑張ってほしいのは、そこじゃないから!

「いや、ちょっと、テラ! 大変、テラ! テラ!」

 この状態のラウに何か言えるのは、テラしかいない。
 私は全力でテラを呼び出す。

 数分後、姿見にテラが現れてくれた。

「何時だと思ってるんだ、このバカ夫婦!」

 私の焦り具合から、緊急事態だと思ったらしく。寝る間際の格好で慌てて現れてくれたみたいなんだけど。

 ギューギューしている私とラウを見たとたん、ものすごく怒り出した。

「ごめん。ラウが、ラウがおかしくなったの」

「黒竜は元からおかしいだろうが!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るテラ。
 ううっ、身も蓋もない。

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

 この状態のラウを止めてほしいのに。

「うるさい! さっさと寝ろ!」

 テラは既婚者に、とてもとても冷たかった。

「僕の成長期を邪魔すんな!!」

 そして安眠妨害に過敏だった。
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