上 下
60 / 384
2 新人研修編

1-3

しおりを挟む
 お昼を過ぎて、ラウが帰ってきた。
 出迎えて、少し遅いお昼を二人で摂る。

 以前は、何気ない日常と何気ない会話さえなかったので、こういった瞬間さえ嬉しい。

 基本、家での食事は私が作るようにしている。料理修行、やってて良かった。

 ラウは私が作るものならなんでも食べてくれそうだが、やっぱり夫には美味しく食べてもらいたい。

「あのね、ラウ」

「なんだ?」

 まずは仕事の疲れを労うことにする。

「お仕事、お疲れさま」

「ああ、フィアが家で待ってると思うだけで、いつもの仕事が何倍も楽しく感じるんだよな」

 何倍は言い過ぎだと思う。

「新婚生活っていいもんだな」

 それには同意する。

「新婚の一年なんて、あっという間に終わりそうだね」

 現状、暇すぎるのと外出できないのが問題なだけ。ラウとの生活自体はとてもいい。

 前の生活が問題すぎただけか。

「ああ、大丈夫だ、フィア」

 ラウがにっこりと笑う。初めて会ったときのしかめっ面が嘘のようだ。

「竜種の新婚は短くても五年くらいあるから」

 ゴホ

 長くない?

「結婚式は新婚の間にあげればいいから」

 普通、逆だよね? 結婚式が先だよね?
 竜種はこれが普通なの?

「ゆっくり準備していこう」

 私がひとりで混乱している間、食事は終わり、ラウは明日からの仕事の準備だとかでバタバタし始めた。

 私は言い出す機会を完全に失った。




 そして、夜。夕食が終わった後のまったりした時間。

 この時間はなるべく二人で会話をするようにしている。

 特殊な事情でいきなり夫婦になったので、お互いのことをよく知らない部分もある。
 なるべく話をして、隙間は埋めておきたい。

 とは言っても、難しい話をするわけでなく、今日あったことを話したり、お互いのことを話したり。

 今日はお茶といっしょに、ラウが作ったクッキーも並べた。
 ラウが作るお菓子は本当に美味しい。

 大神殿にいたときにも、お見舞いで持ってきてくれたけど。
 目の前で作ってるのを見て、改めて感心した。

 夫が凄い。ヤバい夫だけど凄い。

 それに、グランフレイムで食べていた、お気に入りのクッキーと同じ味がする。

 私はあのクッキーが大好きで、嬉しいときも悲しいときも、あのクッキーをかじっていた。

「ラウのクッキーって、私の好きな味なんだよね」

 私はラウのクッキーを味わいながら、誰ともなしに呟いた。
 私の呟きにラウが答える。

「ああ、グランフレイム厨房のクッキーと同じレシピだ」

 ゴホ

 同じ味のはずだ。なぜ、知ってる?

「フィア、あのクッキー、好きだろ」

 ああ、全部調査済みって、前に言ってたっけ。

 夫がヤバい。凄い夫だけどヤバい。




「あのね、ラウ」

「どうした?」

 クッキーを食べ終わった私は、覚悟を決めて、ラウに話しかけた。
 ここで話を切り出さないと進展がない。

 隣にピッタリとくっついて座る夫を見上げながら、話を始めた。

 ラウが寝転がれるくらい、広々としたフカフカのソファー。
 なのに、ラウがくっつくので狭苦しい。

 ラウの話では竜種は人の温もりで疲れが取れるそうだ。そのうえ、ラウは寒がりだという。

 ラウが私にピッタリとくっついて座るのも、仕事疲れのせいなんだろう。

 疲れているラウが冷えないよう、温かいお茶をもう一杯用意して、話を続けた。

「あのね、ラウといっしょに仕事したいの」

 言い方を間違えると、ラウからダメ判定されるので緊張する。

「俺と仕事?」

「補佐官になって、第六師団で働けば、昼間もラウといっしょでしょ?」

「俺といっしょ」

「昼も夜もラウといっしょにいたいな」

「昼も夜も」

 よし、言い切った。緊張した。
 ふーっと息を吐いて下を向く。

 ラウといっしょに仕事がしたい。
 一歩間違えれば、ラウといっしょ丸一日コース。自由時間がなくなる。

 さらに首が締まる未来、とはこれだ。いくら夫婦とはいえ、自由時間はほしい。

 私のお願いに対して、ラウは無言だった。

 あれ? いつも通りなら、ダメでも良くてもなんか反応するのに。

 そう思って、ラウをチラッと見て様子を窺った。
 眉間にシワを寄せたまま、表情が固まっている。微動だにしない。

 これはダメな反応かな?

 もう一度、ラウを窺う。
 同じ表情のまま。何も言わない。

 あーあ。ダメか。
 テラからも、これでいけると言われたのにな。

 正直、私もこれでいけると思ってた。
 ラウは基本、『私といっしょ』が好きだ。
 だから『昼も夜もいっしょ』で許可が出るかと思ったのに。

 がっかりして、ため息が出そうになったそのとき。

「いい」

「はい?」

 ラウがなんか呟いた。私の頭の上の方から声がする。

「俺のフィアが俺の補佐官」

「はぁ?」

 ラウのじゃなくて。第六師団の補佐官になりたいって話なんだけど?

「凄くいい」

 またラウが呟いた。

「俺に配属されたいだなんて」

 そうは言ってない。

「俺に就職したいだなんて」

 そうも言ってない。

「俺のフィアがかわいすぎる」

 ヤバいスイッチが入った、ような気がする。

「フィア! さっそく……」

「ラウ! 夜だから! 明日ね!」 

 ギューッと抱きしめてくるラウを押し止める。

 さすがに夕飯後、寝る前の時間にあちこち何かされたら、周囲が困る。

「明日まで待ってられるか!」

「ほら、夜は! えーっと、夫婦の時間だし!」

 …………しまった! 言い間違えた!

「!! そうだな、夫婦の時間だな!」

 ダメなスイッチが入った!

 さらにギューッとしてくるラウ。ヤバい。苦しい。死ぬ。

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

「フィアから誘ってくれるなんて、嬉しすぎる。俺、頑張るから」

 そこは頑張らなくていいから!
 頑張ってほしいのは、そこじゃないから!

「いや、ちょっと、テラ! 大変、テラ! テラ!」

 この状態のラウに何か言えるのは、テラしかいない。
 私は全力でテラを呼び出す。

 数分後、姿見にテラが現れてくれた。

「何時だと思ってるんだ、このバカ夫婦!」

 私の焦り具合から、緊急事態だと思ったらしく。寝る間際の格好で慌てて現れてくれたみたいなんだけど。

 ギューギューしている私とラウを見たとたん、ものすごく怒り出した。

「ごめん。ラウが、ラウがおかしくなったの」

「黒竜は元からおかしいだろうが!」

 顔を真っ赤にして怒鳴るテラ。
 ううっ、身も蓋もない。

「いや、そうだけど、そうじゃなくて」

 この状態のラウを止めてほしいのに。

「うるさい! さっさと寝ろ!」

 テラは既婚者に、とてもとても冷たかった。

「僕の成長期を邪魔すんな!!」

 そして安眠妨害に過敏だった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

死神さんののんびり異世界散歩

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:5,258

独りぼっちのお姫様は、謎の魔法使いさんだけがお話し相手

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:191

奴隷だったドワーフの少女が伯爵家のメイドになるまで

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:8

妹に全てを奪われた私、実は周りから溺愛されていました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:1,611

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:127

超ゲーム初心者のVRMMO!

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:57

捨てられた第三王子は最強です

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:4

処理中です...