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2 新人研修編

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 新しい年は夫といっしょに迎えた。

 うん、夫だよ、夫!
 去年、突然、私に夫ができた。

 正確には、気づいたら夫ができていたというところ。
 会って二回目で(ほぼ記憶にないけど)求婚されていて、三回目に会ったときには知らぬ間に夫婦。

 うん、訳が分からない。

 ラウゼルト・ドラグニール。

 それが私の夫の名だ。
 三回目に会ったときにフルネームを知った。
 つまり、名前も知らない相手と夫婦になっていたのだ。

 さらに、訳が分からない。

 そして、その夫。

 愛情が重くて過保護で執着強めで変質者気味で距離感がおかしくて、かなりヤバい。

 そもそも、気づかれないように夫になっていた時点で、ヤバいやつだ、と思わないといけなかったらしい。

 そんな夫でも、誰かといっしょに新年を迎えるのは何年ぶりだろう?

 私がネージュ・グランフレイムだったころ。
 家族から距離を置かれて、十歳の新年から私は完全にひとりだった。

 専属侍女だったメモリアも、専属護衛だったジンも、新年の前後は休暇を取っていた。
 だから、新年は本当に誰も回りにいなかった。

 ひとりではどこにも行かないし行けないし。
 使用人用の食堂は細々やっていたので、食事はあったけど、それだけだったな。

「夫といっしょに迎える新年が嬉しい」

 ひとりぼっちではない新年。本当に嬉しくてニマニマしてしまう。

「それ、本人には言っちゃダメだからね。どっち方面に暴走するか、予測不能だからね」

 最近の収穫は、テラと連絡できるようになったこと。
 赤種の権能を応用して、姿見を使って会話をしている。

 私は赤種なのに、夫のせいで転移魔法がうまくできない。

 赤種なので精霊魔法が使えないから、伝達魔法も使えない。

 苦肉の策で編み出したのが、これだ。

「そう言われても、もう言った後だし」

「言っちゃったのか」

「言っちゃったね」

 家に居ながら、テラにいろいろ相談できるので重宝している。

「大丈夫だった? あいつ、暴走してない?」

「大丈夫じゃなかったから、こうして連絡してる」

「だよねぇ。で、具体的には?」

「私にくっついたまま動かなくなった」

「それ、いつも通りだろ」

「呼吸してないような気がする」

「うわーーーー、黒竜、しっかりしろ!」

 なんていう事件が新年早々起こったりもしたけど、概ね、穏やかな生活だ。
 穏やかすぎて暇すぎる。

「そういえばさ、儀のときに鑑定魔法の修得の話、されたよね?」

「ああ、神官長がしてたね。でも、君、すでに修得済みだろ」

 息を吹き返したラウがスリスリナデナデしてくる。

「うん、それでね、鑑定魔法修得したら、官職とか紹介してもらえるんだよね?」

「まさか就職したいとか言わないよね?」

 スリスリナデナデしているラウが『就職』という言葉にピクッと反応した。

「もともとね、私には『独立計画』ってものがあったんだよね」

 私はテラの質問には答えず、独立計画の話を出した。

 スリスリナデナデしているラウが『独立計画』という言葉にも、またしてもピクッと反応する。
 くっついているので、ラウの反応がものすごく分かりやすい。

 私はラウの反応を無視して、独立計画の話を続けた。

「最後の儀が終わって成人したら、グランフレイムから出たかったから」

 そう前置きして、独立計画の中身をテラに話す。
 もちろん、未だにくっついてるラウにも聞こえているはずだ。

 私がネージュ・グランフレイムだったときに、グランフレイム家門から独立するために考えていた『独立計画』。

 簡単に言えば、家を出て、ひとりで生活するために、どうしたらいいのかを考えて計画だてたもの。

 修正版の独立計画では、私は、鑑定技能を修得したあと、大神殿の神官長に官職を紹介してもらい就職。

 官舎で寮暮らしをしながら、コツコツ貯金して、職場で出会った優しい夫と結婚して、穏やかな人生を送るのだ。

「ふーん。ほぼ実現してるじゃないか」

「え? どのへんが?」

「官職に就いて、官舎で寮暮らしをしながら、コツコツ貯金していた、そんな優しい夫と結婚して、穏やかな人生を送ってる」

「私が実現してるのは結婚の部分だけだよね。結婚以外はぜんぶラウだよね」

「俺の功績はぜんぶ、フィアのものだ」

 上機嫌なラウが口を挟んでくる。

「ほら、実現したな」

 畳み込んでくるテラ。

 だから、実現してるのは結婚だけだよね? 結婚もあれだったしね。

 それに、私には差し迫った理由がある。

「功績が欲しいんじゃなくて、就職したいの! 暇すぎるの!」

 そう! 暇! 暇なの!

 私の人生は、常に勉強して、常に心身を鍛えての繰り返しだった。
 常に何かに追われるように。

 そんな人生をもう一度繰り返したいわけではないけど。

 今の緩やかな生活が、なんか、時間を無駄にしているような気がして、そわそわしてしまうときがある。
 考え込んでしまうときがある。

「暇なのか」

「暇すぎるの!」

「君、暇すぎるのはダメなタイプだったよね。そういうときこそ、夫に構ってもらえよ」

「そうだよ、フィア。俺が全力で相手するから」

「ラウ、昼間いないし」

  ラウが構ってくるのは、基本、夜だ。
 仕事が休みでもない限り、昼間はいない。

 構い方も全力でくる。しつこいくらい構ってくる。こっちが嫌がっても、まったく気にしてくれない。

 何事も、すぎるのは良くないと思う。

「フィア、外は危険だ」

 いきなり、ラウが真顔で『外は危険論』を唱えた。

「え、危なくないよね? 皆、外に出てるよね?」

「いや、外は危険だ。だから外出も就職もダメだ」

 ラウが『外は危険論』を振りかざし、就職どころか外出も禁止してくる。

「外出は許可してやれよ、なんなら、黒竜が連れてけよ。それなら問題ないだろ」

「ああ、そうだな。フィア、明日さっそくデートしよう。二人っきりでイチャイチャできそうな場所は探してあるから」

 ラウとデートは嬉しいな。デートなんて今までしたことなかったもんな。

 ちなみに今もなお、ラウは私にくっついたままなので、傍目からはイチャイチャ状態だ。

「デートでもイチャイチャかよ」

 テラにそう言われても仕方ない。
 テラは冷たい視線をラウに向ける。

「デートなんだから当然だろ」

「デートもしたいけど! 就職もしたいんだって!」

 だけど、デートで誤魔化されてなるものか。

「デートはしたいのか」

「就職は絶対にダメだ!」

 冷たい視線を私にも向けるテラと、外は危険論者のラウが、同時に突っ込んでくる。

「俺がフィアを養うから、フィアが働く必要はない。フィアは家で俺を待っていてくれ」

 私とラウの話は、どこまでも果てしなく平行線だった。
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