精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

5-9 補佐官は怒る

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 不肖ながら、このユクレーナ・フィールズ、特級補佐官であり精霊術士、第一塔と第八師団の双方に所属しております。
 勤務は半々、第一塔と第八師団を往復する毎日です。ちょうど、第一塔での勤務中にものぐさ上司殿から話がありました。

「赤の樹林で魔物遭遇の報告があった」

 ものぐさ上司殿が面倒臭そうに話すときは、ろくな話ではありません。
 今回も場所は赤の樹林。先月、魔物討伐の報告があり、出張鑑定してきたばかりですのに。

「またですか?」

 同僚殿も怪訝な表情で質問しております。

「第五、第六、第七師団が出動。魔物は討伐完了して浄化済みだ。
 こっちには、運搬されてくる死骸の分別作業の依頼が入った。第二塔の担当者とともに搬入口に待機して、作業にあたってくれ」

 わたくしは同僚殿と顔を見合わせました。移動準備は必要ありませんが、どなたに指示を出されているんでしょう?

「何をしてる? さっそく移動してくれ」

 面倒臭そうに話す上司殿に、同僚殿が尋ねてくれました。

「あの、今回は誰が担当なんですか?」

 特級でなくても対処可能でしたら、わたくしや同僚殿ではなく、上級の皆様で十分でしょう。

「数が多いから全員だ」

「は?」

「え?」

「全員だ」

 ものぐさ上司殿が繰り返します。

「ここだけでなく、第一塔所属で手の合いてる全員に声をかけた」

 冗談でもなさそうですが、どうやらこれ以上の情報はいただけないようです。
 ものぐさ上司殿は机に向かったまま。

「僕は第六師団長から依頼された、急ぎの仕事があるから」

 視線をこちらに向けもせず、まるで独り言のようですが、わたくしたちへの指示ですね。自分らでさっさと行けと。
 同僚殿を筆頭にわたくしたちは移動することにしました。

 同僚殿はわたくし同様、所属が二つある特級補佐官です。第一塔と第二塔の所属という根っからの研究職タイプ。
 今回は第二塔との共同作業になるので、彼にリーダーをお願いしました。

 そもそも研究職タイプの方は、自分の研究以外には興味を持ちません。第二塔所属の方はとくにその傾向が顕著です。互いに、顔や名前を知っているかもあやしいものがありますが。
 まったくつながりのないわたくしがリーダーになるより、よろしいでしょう。

「今日はよろしく」

「ああ。良い素材が入るらしいぞ」

「はかどるな」

 移動先には、すでに第二塔の担当者たちが待機しておりまして、同僚殿が挨拶と情報交換をあっさりと済ませました。

「お知りあいですか?」

「そりゃ、第二塔同士だから」

 すみません。顔や名前を知っているかもかもあやしい、などと考えておりまして。

「研究分野が同じなんだ。さすがに全員は知らないよ」

 わたくしが考えていることが伝わったのでしょう。同僚殿が相手のことを教えてくださいました。

「とにかく、そろそろ届くみたいだ。準備をしておこうか」

 彼の一声で準備が始まりました。

 そして、第一塔だけでなく第二塔の担当者全員が、届いた死骸に目を見張りました。

 まず、量がおかしいのです。なんですか、この量は。
 第七師団を中心にどんどん運ばれてきます。中庭いっぱい隙間なく敷き詰められていきます。

 そして、状態もおかしいのです。キレイ過ぎます。
 最初に運び込まれた三体は、転落したような痕跡があり、衝突の衝撃で魔核が砕け散っていました。
 ところが、それ以外はすべて、魔核のみ破壊されて消失、首を切り落とされ活動停止、そしてキレイに浄化。見事です。

 今回は第五、六、七と三師団の合同討伐だったとの話ですが、本当にあの乱雑な方々の仕事でしょうか。

 わたくし、これと似たような死骸をつい最近、拝見いたしました。先月のあの魔物討伐報告のときの死骸です。
 あのときは一体だけでしたし、火炎系の魔法を使っていたようなので、今回とは少々違いますね。
 
 いろいろ考え事をしていないで、どんどん分別してしまいましょう。この量ではいつまで経っても終わりが見えません。

 第二塔の担当者たちは、見事な研究材料がたくさん手に入ったのが相当嬉しかったようです。キビキビ働いています。お元気ですね。

「あのぅ、特級補佐官殿。よろしいですか?」

 突然、第七師団の若い騎士に声をかけられました。同僚殿を呼び止め、二人で対応に当たります。

「なんでしょう?」

「こちら、回収物になります。こちらもお願いします」

「回収物?」

「魔物の死骸以外に?」

 わたくしは同僚殿と顔を見合わせました。今日は、見合わせることが多いですね。
 その騎士から聞いた話は驚くべきものでした。あのものぐさ上司殿、大事な説明を省きましたね。
 同僚殿と話し合いの末、回収物はわたくしが責任をもって鑑定し、関係者にお渡しすることになりました。

 後日のこと。

「処分してくれ、ですってぇ?!」

 あら失礼。つい声を荒げてしまいましたわ。

「まぁ、このビリビリは再発行してもらえますからね」

「その、割れたやつもだと」

 返す言葉が出てきません。
 若い騎士から渡された回収物は、ネージュ・グランフレイム嬢の遺品でした。
 最後の鑑定の儀の帰り道、魔物に襲撃され、車体ごと崖下に転落したと。
 彼女の遺体は未だに見つかっておりません。捜索は続いているそうですが、おそらくは魔物に…………。

 このような大事な情報をなぜ共有しなかったのか。ものぐさ上司殿は簡単に言いました。

「フィールズ補佐官は、あのご令嬢に会ってるから」

 それはそうですが。

 そして、あのご令嬢のご家族もご家族です。すでに遺体なしで葬儀済みだから、遺品は不要だという返事でした。

 誰も何も言いません。

 沈黙を破ったのはものぐさ上司殿でした。

「グランフレイムの騎士が、その割れたやつを引き取りたいそうだ」

「まあ!」

 まったく、なぜ、このものぐさ上司殿はそちらの返事を先に教えないのでしょう。

「赤の他人からの返事より、血のつながった家族からの返事の方が重要だろ」

 遺品を処分しろなんて言うのは、家族ではありませんよ、上司殿。

 そしてさらに後日。

 グランフレイムの騎士という方が、第一塔を訪れました。あのご令嬢の護衛騎士殿です。キラキラしい美少年だった護衛殿はすっかり精気を失っておりました。

 遺品として見つかったのは、紅い石の入ったペンダント飾りです。転落した衝撃で石は割れヒビが入っていました。
 そのペンダント飾りを、護衛殿はそっと手に取り、そのまま顔を歪めて泣き崩れました。見ているこちらも胸が痛いです。

 ハンカチに包んで、大事に大事に胸のポケットにしまいこんでおりました。

「ありがとうございました」

 護衛殿はそう言って頭を下げ、帰っていきました。

 最後の鑑定の儀の日、護衛殿はグランフレイム卿の命により、同行しなかったそうです。そのことをとても悔やんでいるようでした。
 ご令嬢の遺品が、護衛殿の心を少しでも軽くしてくださいますように。
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