精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

5-3

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 カーシェイ副官が土下座のまま、話を進めようとするので、慌てて声をかける。

「あのー、見下げるのも首が疲れるので、普通に話してもらいたいんだけど」

「無理です! 助けていただけるまでは、死んでもこの姿勢を維持しろ、と言われました!」

 どんな職場よ…………

 テラはドン引きしてる。こういったところは年相応かな。
 メモリアは無表情。むしろ涼しげ。この状況で。なぜ?

 この状態で空気が固まってる。

 もしかしてもしかしなくても、その第六師団の危機とやらを助けてあげると言わない限り、このまま?

 まだ何も説明されてないので、危機と決まったわけではない。
 とはいえ、あの熊がいる第六師団が、簡単な問題で誰かに助けを求めるとは思えない。

 私が役に立つことなのかな?
 難しい問題なら、私じゃどうにもならないよね?

「あのー、第六師団の危機なら、もっと役に立ちそうな人に助力をした方が」

「お相手様でないとダメなんです!」

 お、お相手様? 何その単語?

「私、昨日、意識が戻ったばかりで、ろくに動けないし」

「難しいことではありません! 利き手が動けば大丈夫です!」

 え? それなら私じゃなくても、良くない?

「そんなに簡単なことなら、私じゃなくても。テラとかメモリアとか」

「お相手様だということが、最重要なんです!」

 だから、お相手様って何?
 頭の中で疑問が飛び交う。

「お願いします! 助けてください! 俺たちを見捨てないでください!」

 いやいや、見捨てるなんて、人聞きの悪い。

 視線をテラとメモリアに向けると、相変わらず、テラはドン引きしてるし、メモリアは安定の無表情。

 二人とも私に助言をする気はなさそうだ。

「お願いします! 助けてください! 俺たち、まだ死にたくないんです!」

 カーシェイ副官の叫び声で、意識がこっちに戻る。

 ええ? 私が助けないと第六師団の人たち、死んじゃうの? それって絶体絶命の危機じゃないの。

「えーーっと、分かった。分かったから。私でできることなら」

「お相手様にしか、できないことです!」

 私の『分かった』を聞くや否や、ガバッと立ち上がるカーシェイ副官。

 あ、そーなの?

「こことここの二ヶ所に署名をお願いします!」

 どこからか、サッと二枚の紙を取り出し、テーブルに置く。

 え? それだけ?

「こことここにお相手様の署名をいただけないと、師団長が暴走します! みんなで抑えつけているんですが、もう限界なんです!」

 署名用のペンも添えてある。ずいぶんと用意がいい。

 そんな署名二つで? 暴走?

「ちなみに、熊、じゃなかった、師団長が暴走したら、どうなるの?」

「大変なことになります!」

 テラとメモリアに視線で訴えてみる。

 メモリアは無言でコクリと頷き、テラは苦いものを飲み込んだような顔で同意した。

「うん、まぁ、大変なことになるだろうね」

「本当に?」

「だから、第六師団長直属の副官が直々に泣きついてるんだろ」

「あー」

 視線をカーシェイ副官に戻す。
 うん、泣いてる。マジ泣きしてる。いい大人がぐしゃぐしゃに泣いてる。

 何がどう大変なのかはよく分からないが、いい大人が土下座して泣き出すくらい大変、というところまでは分かった。

 目が覚めてから、分からないことだらけ。初めて耳にする言葉、意味の分からない話、知り得ない事情と経緯。

 そのすべてを教えてもらえるわけではないだろうけど、明日からの説明が怖い。

「えーーっと、分かったってば。そのくらいなら書けそうだし。私の署名で良ければ」

「ありがとうございます!」

 今度はホッとして泣き出した。

「本当に私の署名でいいのね?」

 念を押してみる。

「本当に本当にお相手様の署名が必要なんです!」

 念を押しかえされた。

「で、こことここに署名すればいいのね」

「はい!!!」

 完全に涙がひっこんだカーシェイ副官。ニコニコ顔だ。
 あの涙、どこいった? 嘘泣き? 嘘泣きだったの?

 まぁ、いいや。ペンを持って署名しようとして、ふと考える。

「ところで、なんて署名すればいいの?」

 ネージュ・グランフレイムで良いのかな。首を傾げる。

「クロスフィア・クロエルだよ」

 横からテラが教えてくれた。
 ここにも書いてあるでしょ、と。
 ため息をつきながら、相変わらず苦い顔をしている。

「はいはい、クロ、ス、フィ、ア、クロ、エル、と」

 一枚、書き終わる。
 初めて書いた新しい名前だけど、しっくりくる。

「ところで、クロエルって?」

「赤種の家名みたいなやつ」

「なるほど。家名ないと不便だものね」

「クロスフィアはデュク様が付けた名前だから、大事に使うんだよ」

「はーい」

 もう一枚にも署名をして、と。

「できた」

「ありがとうございます!」

 シュッ

 消えた?!

 目にも留まらない速さで、紙が二枚、回収された。

 インクの乾き具合を確かめ、当て紙をして、大事に大事に書類入れにしまっていく。
 さらに、その書類入れを大型の硬質鞄に入れ、しっかりと鍵をかけた。

「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! それでは!」

 大急ぎでカーシェイ副官は帰っていった。まるで逃げるように。
 泣いたり微笑んだり、慌ただしい人だなぁ。

「あ、なんの書類だったか、見なかったわ」

 サッと出てきた割に、持ち帰るときの管理が厳重過ぎではなかっただろうか。

「まぁ、今日いちばんの驚きは、自分の正体が破壊の赤種だと分かったことかな。
 それ以上に驚いたり大変なことなんて、あるわけないよね」

 さっきのカーシェイ副官を真似て、サッと切り替える。

「うん、そーだね。そうかもしれないね。まぁ、クロスフィアはもう少し楽天的に生きてもいいと思うよ。肩の力を抜いてさ」

 今まで大変だったろう、とテラが私の言葉に応じてくれた。
 表情はまだ苦いままだったけれど、テラにもいろいろ考えることがあるんだろう。

「君よりヤバい存在なんて、終焉の赤種だけだしね」
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