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1 鑑定の儀編

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「やぁ、クロスフィア。気分はどう?」

 目覚めてから二週間が過ぎて、私はようやく、自由に動き回れるようになった。少し前から問題なかったんだけどね。心配だからと許可が出なかったんだよね。
 力の使い方を教える名目で、テラが部屋にやってきては、お茶をしながら雑談をして帰る。いちおう、力の使い方のレクチャーもやってるけど。

「悪くはないけど、暇なんだよね」

「まぁ、仕方ないね。君、大変だったんだから」

 そう、いろいろと大変だった。
 まず身体が動かない。声が出ない。

 テラの話では、とくに悪いところはなく、魔力が尽きてずっと眠っていただけだった、とのこと。一週間も寝たきりだったせいで、身体が動かせなかったり、声が思うように出なかったらしい。

「それに、過保護すぎるんだよね」

 寝ている間、飲まず食わずだったせいで、水を飲むのも身体に負担になるからと、最初は人肌くらいのぬるーい水をスプーン一杯ずつ、ゆっくり時間をかけて、飲まされた。正直、美味しくない。

 一週間かけて、ぬるい水が、薄くて具のない野菜スープ→ドロドロに溶けた刻み野菜が入ったスープ→薄いクリームスープ→野菜や芋を柔らかく煮込んだ、ふつうに味のするスープにまで、進化した。

 硬さのある固形物や、脂っこいものはまだダメ。スープ以外のものは、蒸したり、茹でたり、煮たりして、柔らかくなって出てくる。
 パンは基本、柔らかい白パンがスライスされて出てくる。
 過保護過ぎて、歯が弱くなりそうだ。

 食事からしてこれなので、身体を動かす方も過保護だった。
 大神殿の周囲くらいは散策できるようになったけど、ラウが会いに来る日は歩かせてもらえない。
 ラウに抱き上げられての散策だ。それって散策って言わないような気もする。恥ずかしいけど、ちょっと嬉しい。

「まぁ、それも仕方ないね。君、サクッとと署名しちゃったから」

「うん、婚姻許可書だとは思わなくて」

 そう、気が付いたら、私は既婚者になっていた。
 夫はラウゼルト・ドラグニール。そうあの熊だ。ラウと呼んでほしいと言われて、そうしている。
 過保護の原因は、もちろんラウだ。
 私に何かあってはいけないからと、ラウが食事や運動のリハビリ計画にものすごく神経を尖らせたと聞いた。

「まぁ、いろいろ仕方ないね。君、最初から黒竜に狙われてたわけだから」

「うん、仕方ないね」

 ラウは竜種だそうだ。それも上位竜種の黒竜。今代の黒竜は物理最強と言われるほど、竜種としての力が強く、威圧感や殺気ももの凄いそうなんだけど。
 そう言われても、私は何も感じない。だから、話を盛り過ぎてるんじゃないかと思っている。

 ラウと初めて会ったのは、魔物の討伐確認の時。この時に、ラウから目を付けられたらしい。

「改めて聞いたことなかったけど、黒竜のこと、嫌じゃないの?」

「うん、それが嫌じゃないんだよね」

「へーーー、本当に大丈夫? ほぼほぼ初対面の相手がいきなり夫になって、抱きしめてきたり、べたべた触ってきたりするのって気持ち悪くない?」

 テラが不審な視線を私に向けて、訝しげに尋ねてくる。私、何かおかしなこと言ってるかなぁ。

「うん、それが気持ち悪くないんだよね。なんか、当たり前な感じ?」

「へーーー、受け入れちゃったんだ、あれを。まぁ、嫌がっても逃げられないだろうけど」

 最後の方はボソボソと小さな声だったので、よく聞き取れない。

「ん? よく聞こえなかったんだけど」

「あーーー、そういえば、今日も来るって言ってたよなって。忙しくて疲れてるくせに、毎日、よく来るよな」

 そうそう。意識が戻って最初の数日くらいは、仕事がぎっしりつまりすぎて、見舞いに来たくても来れなかったらしい。それで暴走しかけたという話を聞いた。
 最近は短時間であるとはいえ、毎日、顔を見に来てくれる。ちょっと嬉しい。

「竜種は人の温もりで疲れが取れるから、毎日でも会いたいんだって。竜種って繊細なんだよね」

 ゲホ

 お茶を飲んでいたテラが、突然、むせた。

「人の温もりって。いや、単に伴侶とくっつきたいだけじゃ……。あー、伴侶大好き人間だから、くっつけば疲れなんて取れるな。いや、でも、繊細? 繊細か、あれ」

 ラウは十分、繊細だと思うんだけどね。テラのラウに対する評価が低い。

「ラウって、包容力があるというか、頼りがいがあるというか、なんか、安心感があるというか」

「いや、包容力じゃなくて、包囲力だろ。頼りがいと安定感はありそうだけど。安心より、身の危険を感じた方がいい」

 そして、少々、ラウに対して辛辣だ。

「なんだかんだ言っても、今ではラウに会えて良かったなって思ってる。あそこで死ななくて本当に良かった」

「いや、君は赤種だから、そう簡単に死なないし。あれは竜種だから、そう簡単に伴侶を逃がさないし」

 コンコン

 部屋の扉を叩く音がした。メモリアが扉を開けるとラウが入室してくる。

「フィア、具合はどうだ?」

 ラウは小さな花束と小さな箱を持っていた。忙しいのに、こういった心遣いが嬉しい。

「クッキー、焼いて持ってきたんだが」

「ありがとう。わぁ、かわいい!」

 ラウが持ってきた小さな箱には、花型でかわいらしいサイズのクッキーが入っていた。甘い香りが漂う。

「一口サイズで、口どけの良いものを作ってみた。ほら」

 ラウがクッキーを一つつまんで、私の唇に押し当ててくる。そのまま、パクンと口にすると、クッキーは口の中でホロッと崩れて溶けてしまった。

「美味しい。ラウって何でもできるんだね。
 クッキー、自分で焼くと真っ黒になっちゃって、どうにも苦手で」

 うん、美味しい、最高、これが幸せの味ってやつだわ。
 私が幸せを味わっていると、必ずと言っていいほどテラが割り込んでくる。

「あのさー、新婚夫婦のイチャイチャ時間を邪魔すんなよ空気読めよ的な目で、僕を見るの、やめてくれない?」

 そんな目で見た覚えはないのに、ラウに絡むテラ。クッキーをもらえないから、ひがんでいるんだ。

「口で言えばいいのか? フィアを見るな、俺の癒やしの時間を邪魔するな。ほら、言ったぞ」

「はいはい、ごゆっくり」

 そう言って、テラは部屋から出ていった。
 常にそばに控えているメモリアも、気が付いたときには部屋からいなくなっていて、ラウと二人きり。
 いつの間にか、温かなお茶が二人分、用意されている。

 二人きりになると、ラウはさらに私にくっついてきた。

「フィアは柔らかくて温かいな」

 今日もラウは私を抱きしめると、何度も何度も顔を擦りつけて、幸せそうにして帰っていった。
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