精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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 室内は一瞬で静かになった。

「そんな、バカな……」

 グランフレイム卿の絞り出すような声が、静かな室内に響く。
 誰も何も喋らない。

 ネージュ・グランフレイムは俺の伴侶(予定)の名だ。
 彼女が死んだ? 全然、実感がないぞ。

 彼女が死んだなら、伴侶の俺は正気を保てないはずだし。
 それに、死んでいるどころか、溢れるくらい彼女の力が強くなっているのを感じる。

 彼女に何かがあった、これは確かだ。
 そして何かおかしい。

 この場で、俺と彼女の事情を知っているのは、金竜、銀竜、そしてカーシェイの三人で、三人ともに心配そうに俺を窺っている。
 無言で首を傾げてみせると、三人も不思議そうな顔をした。だよな。

 静寂を破ったのは、入口の扉を叩く音だった。

「そろっているな?」

 総師団長、第一塔長、大神殿の神官長が入室する。総師団長は補佐を、神官長は付き人を伴っていた。
 全師団のトップ、情報管理のトップ、神殿組織のトップと、公的な場で三トップが勢揃いするのも珍しい。

 総師団長も第一塔長も見習い時代からの付き合いで、よく顔を合わせたり、飲みに行ったりしているが、大神殿の神官長とはあまり面識がない。

 三トップの入室と入れ代わるように、第八師団が退室した。にもかかわらず、顧問のグランフレイム卿だけは出ていかない。

「事は急を要する」

 総師団長がグランフレイム卿に退出を促すが、動かない。
 第一塔長が総師団長の言葉を引き継いだ。

「戸籍管理局、大神殿、ともに、ネージュ・グランフレイム嬢の死亡届を受理した」

「なっ!」

 グランフレイム卿が絶句する。
 話を聞いている俺たちまでびっくりした。そんなに急いで死亡届を出すか? そして受理するか?

「まだ、死んだと決まったわけでは! もしかしたら、どこかで助かって生きて……」

「死亡確認は大神殿で行いました」

 追いすがるグランフレイム卿に、今度は神官長が無情にも告げる。

「なんですと!」

「セルージュ殿の報告を受けてすぐ、赤の樹林の生存探索を行いました。
 生存者がいれば樹林の完全閉鎖はできません。まずは生存者の救助をしないと」

「そ、それは確かにその通りだとは思いますが」

 グランフレイム卿は自分の娘の死亡が受け入れないようだし、国や大神殿の動きにも納得していない様子だ。

 まぁ、俺も彼女が死んだなんて、まったく信じてはいないが、俺と彼女の事情を教えてやる筋合いもない。

「そのときに、ネージュ・グランフレイム嬢の生存が確認できませんでした」

「そんな、バカな!」

 グランフレイム卿が食ってかかる。

「あの子は先ほど最後の鑑定の儀が終わったばかりなんですよ!
 ようやく成人して。大事にしてくれる相手に嫁がせて、幸せな家庭をと……思っていたのに! なぜ! こんな!」

 大事にしてくれる相手、幸せな家庭……

 うん、俺だな。俺のことだな。何の心配もないぞ、グランフレイム卿。あとは本契約するだけだからな。
 この場面でにやつくと、ただの不謹慎な男になるので、頑張って耐える。

「大神殿としても残念でなりません。先ほど儀を終えて、見送ったばかりだというのに」

「こんなこと、あるわけがない! だいたい、我が家門の人間や騎士が、赤の樹林の中を通って帰館するなどありえないだろう」

「そうですか? 帰るときにマリージュ様が中を通りたいと言っておりましたが」

「そんなバカな話が」

「まぁ、その点はこちらも疑問を感じていたので、セルージュ殿を呼んである。その報告のみ同席を認めよう」

 あらかじめ控えさせていたのだろう。総師団長が補佐に声をかけると、補佐がセルージュ卿を連れてきた。

 セルージュ卿の報告は先ほどの話と変わりなかった。自分の妹が死んだというのに、父親とは違って興味なさげに話す。
 樹林の中を通った経緯については、

「マリーがそう希望しましたから。それに、全域探索や浄化も終わったばかりでしたし」

 これには俺もカチンときた。魔物が出たのは探索や浄化が甘かったからだと? 言うじゃないか。
 身を乗り出した俺を隣の銀竜が制して、ニコッと笑う。あー、銀竜、切れてるな。

「全域探索しようが全域浄化しようが、赤の樹林は安全な場所ではないよね。子どもでも知っている常識だから、説明するまでもないだろうけど」

 お前たちの常識は子ども以下だと、銀竜がぶったぎる。
 これにはセルージュ卿も黙り込んだ。

「セルージュ、ネージュはどうしたんだ!」

「報告の通りです。そんなことより、マリーが混乱して大変で」

「そんなことだと! 妹だろう!」

「あんな技能なし、妹でもなんでもない」

「セルージュ!」

「どちらかしか助けられなかった。だから精霊術士として優秀なマリーを助けた」

 セルージュ卿が見捨てたことを堂々と告げ、愕然とするグランフレイム卿。

「我がグランフレイムにとってどちらが大切かは明白でしょう。技能なしではなく、全属性持ちです。ただ、それだけのことですよ、父上」

「セルージュ!」

 いい加減、帰ってやってもらいたいもんだな。げっそりしながら、俺は父親と息子の言い合いを聞く。
 げっそりしながら聞いていたのは俺だけではなかったようで、

「卿の気持ちも分かるが。生き残ったマリージュ・グランフレイム嬢を落ち着かせるのが、先ではないか」

と、総師団長が苦い顔をして声をかけた。

「まぁ、目の前で姉が亡くなったのだ。混乱するのも仕方ないだろう」

「ですが…………」と返す父親と「マリーは優しい子なので」と受ける息子。

 この息子はバカか?
 優しい子なら、姉を犠牲にしないよな。
 そもそも常識人なら、樹林を通るなんて言わないよな。

「妹のために犠牲になったんだ。ネージュ・グランフレイム嬢を手厚く弔ってやれ」

 総師団長の言葉を合図に、グランフレイム卿とその息子は退室させられた。後は家でやってくれ。

 これでようやく本題に入れるなと思った矢先、神官長の付き人がチョコチョコと前に出た。付き人のチビにさっと席を譲る神官長。

「さて、茶番はこのくらいにして」

 チビが偉そうに話し出す。

「まずは取引だ、ラウゼルト・ドラグニール」

 チビが赤い目を細めながら、ニタリと笑った。
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