精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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 疑問は秒で吹き飛んだ。

 俺の目の前に、何やら、かわいい生き物がいる。フードを目深にかぶっているせいで、かわいいのが少ししか見えない。とても残念だ。

 だが、小さな口をまんまるにし、キラキラした紅い目で、俺を見ている。ヤバい。かわいい。

 俺を見上げた拍子にフードが後ろにずり落ちた。長い銀髪に紅い目。ヤバい、かわいすぎる。

 しっかりしろ、俺。
 緩みそうになる顔を引き締めないと、気持ち悪がられてしまう。
 彼女は慌ててフードをかぶり直した。かわいいのが少ししか見えない。でも、それでもいい。シルエットも雰囲気も、すべてかわいい。

「ジン、熊がいる」

「ちょっと黙っててもらえませんか?」

 声もかわいい。もっと聞いていたい。なのに隣の護衛がかわいいを黙らせる。
 なんだ、こいつは。ムッとして護衛を睨みつける。
 護衛の顔が思いっきり引きつっているが、そんなの知ったことか。かわいいを俺から隠そうとするのが悪い。

「お待ちしていました。ジン・ドゥアンです。よろしくお願いします」

 ムッとする俺とぎこちない笑みを浮かべる護衛。手を出してくるので無視しようと思ったが、かわいいがニコニコしながら俺と護衛を見てる。
 ここは礼儀正しいところを見せないと。俺はしぶしぶ、護衛と触れる程度の握手をする。
 こんな護衛なんかじゃなくて、かわいいと握手したい。かわいいを触りたい。

「ああ。ドラグニールだ」

 本当はフルネームを名乗って、かわいいに覚えてもらいたいが、我慢した。
 金竜が言っていた、初対面のときはガツガツ行くなと。

 カーシェイが俺にしか聞こえない小さな声で囁いてきた。

「あのお嬢さん、何者ですかね。師団長の威圧をものともせず、熊って言いましたよ」

「ああ、かわいいな。熊か。それもいいな」

 熊って呼ばれるのもいいな。名前を呼んでもらいたいが、まだ初対面だ。悪い印象さえ与えなければそれでいい。

「ええ? ちょっと仕事を忘れないでくださいよ」

「師団長、一目惚れ?!」

「師団長にも、ついに春が」

 騎士二人も小声で騒ぐ。
 かわいいを見るのに忙しい俺に代わって、カーシェイが場を仕切り始めた。

「師団長に代わりまして、副官のヴィッツ・カーシェイです」

 カーシェイがテキパキとこちらの人員を紹介する。

「こっちはマリティナ・エルヴェス副官と第六師団の騎士二人、他部署ですが、鑑定のためフィールズ特級補佐官にも同行してもらいました。討伐、浄化済みという報告でしたので」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

「いえ、こちらこそ」

 護衛がカーシェイと握手する動きをしながら、俺の視線からかわいいを遮ろうとした。さっきから、なんなんだこいつは。

「ァア?」

 低い声を出し、思わず殺気もはなってしまった。マズい。
 俺の一言で、護衛はもちろん、カーシェイも騎士もピクリとも動けなくなった。マズい。
 かわいいは大丈夫か? かわいいに怖がられてしまう。

「で、いつになったら始めるの?」

 かわいいが首をコテンと傾げて、俺を見た。その仕草もかわいい。

 じゃなくて!

 かわいいは俺の威圧も殺気もなんともないのか? そんな奇跡、あるのか?

 見ると、カーシェイもエルヴェスも騎士二人も驚愕している。

「あのお嬢さん、本当に何者ですか?! 後でフィールズ補佐官に鑑定してもらわないと」

 握手もそこそこに、カーシェイが開始を宣言した。

「では、現場検証を始めます!」

 魔物の鑑定はフィールズ特級補佐官の担当だ。俺らは見守るだけ。
 鑑定魔法や現場検証が珍しいのか、かわいいもヒョコヒョコとついてきた。死骸に顔をしかめながらも、遠巻きに眺めている。やっぱりかわいい。

「《鑑定》」

 そして肝心の魔物は恐ろしいほどキレイに討伐されていた。ありえない。
 見たところ、貫通痕と首の切断面の他は外傷がひとつもない。こんなにキレイな死骸は初めて見る。

 死骸がキレイすぎるおかげで、回収はあっさりと、しかも騎士二人だけで終わった。これもありえない。

 現場検証と事情聴取は、護衛がひとりで話すだけだった。かわいい声が聞けない。
 魔物を発見した際のこと、魔物の声や動き、魔物を倒した後のこと、順を追って護衛が説明していく。
 どうやって倒したかについての部分は、

「家門の機密です」

と盛大に誤魔化された。仕方ない。

「機密なら仕方ありませんね」

 カーシェイもあえて触れず、サラッと終了させる。それでいい。

 残るは現場の後始末のみ。

 後始末も珍しいのか、かわいいがヒョコヒョコついて回ろうとした。カーシェイに目配せして、かわいいを危ないところから遠ざける。

「危ないので近づかないでくださいね」

 倒れた木も鑑定用に運ばせ、地面を均し、後始末もあっという間に終わってしまった。
 もう、かわいいを眺められない。

 最後に挨拶をして終わりだが、どうにもこの護衛は気にくわない。自然と睨みつけてしまう。護衛も俺に睨まれて固まっている。

 そこへ何を思ったか、かわいいがヒョコヒョコっとやってきて、護衛の代わりに俺と握手をした。

 ギュムッ。

 かわいい。手が小さい。柔らかい。いい匂いがする。離したくない。

 あ、素手と素手なら伴侶の仮契約をしてしまえるな。と思ったときには遅かった。
 すでに俺は魔力をかわいいに流し込んで、伴侶の仮契約を終えていた。無意識にできるなんて、今、知った。
 凄いぞ、俺。そしてやったぞ、俺。これでかわいいはいずれ俺のものだ。

 かわいいの手の感触が心地良いので、いつまでも手を握っていたら、

「あのー」と声をかけられた。

 ヤバい。気持ち悪いやつだと思われる前に手を離した。
 でも、我慢できなくて、つい頭を撫でてしまった。頭を撫でられて、かわいいはキョトンとしている。

 ヤバい。かわいい。連れて帰りたい。
 本契約に向けて、早く手を打とう。
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