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1 鑑定の儀編

4-0 第六師団長の多忙なる日々

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 俺、ラウゼルト・ドラグニールは第六師団の師団長に就任して、早、三年。
 今日も今日とて、朝の訓練が終わってからずっと、この師団長専用の執務室に籠もりきり。書類処理に追われている。

 竜種は十で師団入りし、十五で役付きとなる。さらに上位竜種は十六でトップに就任するのがごく一般的な流れ。
 俺は上位竜種のひとり、黒竜なので、平均的な速さだ。可もなく不可もなくといったところだろう。
 比べて、第四師団長の紫竜なんて十四で師団長就任した出世株だ。

 上位竜種はあと二人。第五師団長の銀竜と第七師団長の金竜で、三十代と四十代。十九の俺とは少し歳が離れている。
 二人とも立派な既婚者なので、独り身としては少し羨ましい。

 俺の場合、体もデカく見た目も厳つく、とりわけ、威圧や殺気がヤバいらしい。
 副官のエルヴェスが言うには『殺気で魔獣も気絶する、威圧で高位騎士も泣きをみる、平常でも一般人は硬直する』だと。

 デカくて厳つい金竜だって結婚しているし、希望はなくはないが。威圧や殺気はふとした拍子にでるので、どうにもならない。
 まずは、竜種の殺気に気絶しない相手を見つけるところから始めないと。そんな相手いるのか? 条件が厳しくないか?
 そのうえ、訓練と書類処理と残務作業に追われる毎日。
 優しげで好青年な風貌の紫竜に、結婚でも先を越されそうだ。

 今日は捌く書類も少ないし、想定より早く終わるな。

 そう思っている日に限って緊急案件はやってくる。お約束だな。

「師団長、本部より第六師団へ、内密の出動要請です」

 俺直属の副官カーシェイが風魔法で飛んできた伝達文を読み上げた。
 緊急案件なら伝達音が飛んでくるが、伝達文なら、緊急度は少し落ちる。
 俺は目で続きを促した。

「赤の樹林で魔物の討伐報告がありました。要請内容は討伐確認と死骸回収です。特級補佐官が同行します」

 ちょっと待て。魔物の遭遇報告ではなく、討伐報告だと?

「ァア? 討伐済みってことか?」

「そのようです」

「ハッ!」

 魔物に遭遇した場合、身の安全を確保して騎士団に遭遇報告をするのが鉄則。応戦しないで、とっとと逃げて助けを呼べ。
 これには理由がある。
 まず、普通の騎士でも魔物は簡単に倒せない。下手に攻撃すれば被害を広げるだけ。
 だから、一般人にも鉄則は周知されている。

 最近は黒の樹林での魔物出現が多い。
 王国広報誌でも、巷の情報記事でも、魔物の話題で賑わっているほど。

 そんなときに、赤の樹林で魔物出現? しかも討伐済みだと?
 鉄則を知らない一般人なんているか? 名を挙げようと息巻いたお調子者か? それともただのバカか?

「で、真偽は?」

「報告者は、グランフレイムの精霊騎士ジン・ドゥアン。内容に疑問はあるものの討伐報告に虚偽はないと、本部が判断したようです」

 グランフレイムの精霊騎士か。
 ならば、少なくとも報告内容は真実だろう。
 ただのバカやお調子者ではなさそうだ。

「それで、その疑問を解消してこいと」

 未報告内容があるかもしれない。

「そのようですね」

 カーシェイも同じ意見のようだ。

「こちらで、人員を選出して向かわせます」

「いや、俺が行く」

 書類処理が遅れるのは痛いが、こんな面白そうな案件、他に任せるわけにはいかない。

「……分かりました。同行は俺とエルヴェス、掃討部隊から二名。第一塔からはフィールズ特級補佐官が同行するとのことです。以上でよろしいですね」

 ん? 人選がおかしくないか?

「待て」

「なんでしょう?」

「お前と掃討部隊はいいとして、エルヴェス、連れてくのか? あの変態を?
 それに赤の樹林ならフィールズ補佐官より、ナルフェブル補佐官だろ?」

 エルヴェスは美少年と美少女が三度の飯より大好きな変態で、いちおう他人の目は気にしているようだが、あちこち連れていくには実害がある。ありすぎる。

 それと赤の樹林なら、精霊魔法が使えず詠唱魔法が得意なナルフェブル補佐官の担当範囲だ。

「ドゥアン卿の同行者が、ネージュ・グランフレイム嬢ですので。
 師団長が行くのであれば、女性騎士も連れていった方がよろしいかと。おそらく、第一塔もグランフレイム嬢への配慮でしょう」

「女連れか。面倒だな」

 チッ。お嬢様と二人仲良く、赤の樹林でデートかよ。くそ羨ましい。
 じゃなかった、不謹慎なやつだな。

「エルヴェスの報告では、グランフレイム嬢は精霊魔法技能を所持しておらず、詠唱魔法が使えるようです。
 定期的に赤の樹林で実戦訓練を行っており、今日も実戦訓練の日だったとのこと。
 ドゥアン卿はグランフレイム嬢専属の護衛騎士で、実戦訓練など外出時は必ず同行しています」

 どうやって収集しているかは謎だが、エルヴェスの情報網は幅広い。
 この短時間でグランフレイムの情報まで拾ってくるとは。有能なんだけどな。変態なんだよな。

 でもまぁ、そういう事情か。

 だよな、赤の樹林なんかでデートしないよな。デートにまったく縁のない俺でも分かる。

 そして、グランフレイム嬢。
 実戦訓練をするほどだから、そこそこは使えるんだろうが、俺の威圧や殺気で簡単に気絶するだろうしな。
 エルヴェスのやつ、中身は変態だが、黙っていればふつうの女性騎士。いた方がいいだろう。

「んで、実戦訓練中に魔物に遭遇して。お嬢様の前で張り切った護衛が討伐したか」

 いるんだよな。お嬢様の前で格好付けたがる護衛。チッ。
 でも精霊騎士が赤の樹林でそんなに戦えるか?

「あり得なくはないですよね」

「だが、赤の樹林だよな」

「はい」

「なんか、引っかかるな」

「はい」

 カーシェイも引っかかるものがあるようだ。とにかく、未報告内容が重要なのは確か。

「まあ、いい。行って確かめればいいだけだ」

「赤の樹林で魔物を仕留められるほどの精霊騎士ならば、こちらに引き抜きたいですね」

「だな」

「はい」

 赤の樹林で魔物と戦えるような精霊騎士。ただの護衛にしておくなんて、もったいない。
 別に、お嬢様との間を邪魔してやろうだなんて、思っているわけではない。

「んじゃ、行くか」

 だが、事態は俺の想定のはるか上をいくものだった。
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