精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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「待って! 助けて!」

 マリージュを車外に連れ出そうとする兄は、私の方を見向きもせずに言葉を続ける。

「これ以上は精霊獣が保たない! 撤退するぞ!」

 このまま、私を置いていくつもりだ。

 無理やりペンダントを引っ張ると、簡単に鎖が千切れ、紅い石の飾りがどこかに落ちる。
 亡き母からもらった大切なペンダント。だけど、探している場合じゃない。急がないとこのまま置き去りにされる。

 さらに動こうとすると、肩の他、足首にも痛みが走る。壁にぶつかったときにこっちも痛めたらしい。動けない。

「待って!」

 兄に向かって手を伸ばす。
 手を引いて引っ張り出してくれるだけでいい。
 天井に穴が開き、ぐちゃぐちゃになった車内。鑑定書もマリージュの帽子も落ちている。
 そんな中で必死に手を伸ばす。

「待ってよ!」

 伸ばされた私の手を、兄は一瞬、見つめ、そして私ににっこりと笑いかけた。
 突然の笑顔に、私は動きを止めてしまう。兄がこんな笑顔を私に向けてくれたのは、そう、六年ぶりだ。
 兄は笑顔のまま、私に言い放つ。

「最期にマリーを守れたんだ、良い働きをしたな」

 そうして、兄はマリージュを連れ出すと、躊躇することもなくバタンと扉を閉めた。

「待って! 助けて!」

「グルオオオオオオオオオ!」

 魔物の唸り声と重なって、私の声は外まで届かない。

「グルオオオオオオオオオ!」

「綱を切れ!」

 待って! 私はまだここにいるのに!

 扉の向こうから兄の声が聞こえる。
 動かないと。ここから出ないと。
 魔物三匹が爪を立てる車体は、ギシギシ音を立てている。

「グルオオオオオオオオオ!」

「急げ!」

 痛みに歯を食いしばりながら、扉まで這うようにしてジリジリ動く。
 動けた。ここから出ないと。

 扉に手がかかる、まさにその時。

 ブツンブツン。

 引きちぎれるような音が外から響き、すぐさま、車体がグワッと大きく傾いた。身体をぶつけないよう手すりにしがみつく。無くなった天井部分から、渓谷が見えた。

「グルオオオオオオオオオ!」

 魔物の唸り声が、今までよりすぐそばで響く。三匹の魔物もまだ車体に爪を立てたまま。
 魔物と精霊獣で車体を引っ張り合っていたんだろう。
 精霊獣と車体を繋いでいた綱を切り離したとたん、魔物が引っ張る勢いで、車体が魔物ごと放り出されたんだ。
 頭の中が真っ白になる。

「魔物が落ちたぞ!」

「マリージュ様はご無事だ!」

「良かった!」

 喜び安堵するような騎士たちの声が頭上から聞こえる。
 マリージュは無事なようだ。当然だけど、私を心配する声はない。

「被害確認!」

「撤収準備!」

 緊張が解けたのか、どこか軽やかな騎士たちの声が徐々に遠くなる。

「館まですぐに帰るぞ」

 これは兄の声だ。

「マリーが心配だ。安全を確保して、すぐに移動」

 兄の声が遠い。

 車体は放り出された勢いで、グルンと回っているようだ。振り回されていて、何が何だか分からない。
 頭の中はまっ白なまま。
 不思議なことに、兄や騎士たちの声は遠いながら、よく聞こえる。

「騎士団と大神殿に遭遇報告!」

 指示を出す兄の声が、まだ私の耳に届く。

 マリージュの安全を確保してから、遭遇報告するつもりだったんだ。
 ああ、身の安全を確保してから、遭遇報告だって、ジンから習ったっけ。

 持ちこたえたとしても、助けは来なかったんだ。
 頑張っても、助けてくれる人はいなかったんだ。

「トカゲ型の魔物三体に遭遇。襲撃され、車体一台大破して渓谷に転落、乗車していたネージュ・グランフレイムが共に転落して死亡」

 死亡という言葉を聞いて、頭の中が徐々にはっきりしてくる。

 私は死んだの?

 彼らにとっては、いてもいなくても同じか。
 むしろ、死んでいなくなった方がいいんだ。

 崖の上から渓谷へ、真っ逆さまに落ちているはずなのに、落ちている感覚がまるでない。
 自分がどこにいるのかも分からない。
 さっきまで聞こえていた魔物の唸り声も、いつの間にか聞こえなくなった。

 目の前が暗くなる。
 頭の中ははっきりしているのに。

 ジンのところに帰りたい。

 ジン、私の専属護衛だっていうのに、なんで、肝心なときにそばにいてくれなかったんだろう。
 ジン、護衛班がいるっていったって、私を護衛してくれる人は誰もいなかったよ。

 目の前がどんどん暗くなる。
 外の渓谷も、車の中の様子も、もう何も見えない。

 ジンに会いたい。

 ジンが私の好きなクッキーを用意しておいてくれている。
 今頃は帰って、部屋でお茶を飲みながらクッキーを食べて、ジンとメモリアに今日の話をしていた。
 一番目の赤種に会ったんだよって、ジンに自慢していたのに。
 目の前は真っ暗だ。

 その暗闇の中で、にゃーと鳴く声が聞こえたような気がした。


 私の目の前に白い猫がいる。

 さっきまで、魔物といっしょに崖下の渓谷へ真っ逆さまだったのに。
 気が付いたら、私は広い空間にいた。
 薄暗くてガランとしていて、ところどころに大きな姿見が浮かんでいる。

 その一つには、精霊獣に乗ってマリージュを運ぶ兄が映っていた。騎士も見える。
 何か会話をしているが、声は聞こえない。みんな、楽しそうな顔をしている。

 それに比べて私はなんなの。

 私だけなんでこんな目に合わないといけないの?

 精霊魔法の技能がないだけで。

 どうしてこんなに嫌われて、見捨てられて、死なないといけないの?

 なんで? どうして?

 こんな目に合っても、ずっと我慢していないといけないの?

 楽しそうな顔を見るのが、辛くて悲しくて悔しくて虚しくて、握り拳で姿見を叩いたら、パリンと割れた。

 白い猫が私を見ている。赤い目で。

 ああ、私は死んだんだったわ。
 もう、家門に縛られなくていいんだわ。
 もう、我慢しなくてもいいんだわ。

 こんな世界、壊してしまえばいいのね。
 この姿見のように。

 目の前が紅く染まる。

 白い猫がにゃーと鳴いた。
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