精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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 車を少し走らせたところは、木々が開けており、見晴らしのよい場所だった。

 王都へと延びる道は崖の縁を通り、眼下の渓谷のあちこちから、水しぶきが上がっている。晴れていたら、水しぶきがキラキラと輝いていたことだろう。

「赤の樹林にこんな場所があったんだね」

 正直、こんな奥まで来たことない。
 深部に近づけば近づくほど、混沌は濃く溜まっているので、魔獣も多くなる。

 だから、ジンは私をこんな奥まで連れてこない。私の実戦訓練は訓練であって、実戦ではないからだ。
 おそらく、父からも許可は出ない。

「ふー」

 大きく息を吐いた。

 空は相変わらずの曇天で、今にも雨が降りそうだ。
 渓谷沿いなのに風一つない。木々の枝がしなる音、葉と葉が擦れ合う音も聞こえない。渓谷の水の流れるゴーーーーっという音が聞こえるだけ。

「あー、疲れる」

 車から降りてみれば、先行していた騎士たちが、すでに休憩場所も作っている。
 マリージュの希望通り、少し歩いて、少し休めそうだ。

「休憩なんてしていないで、早く帰ればいいのに」

 思わず本音がこぼれでた。慌ててまわりを窺うが聞いている人はいない。
 ホッと胸をなでおろし、大きく伸びをしてみる。

「早く、ジンのところに帰りたいな」

 ここに私の味方はひとりもいない。
 今ここにジンがいてくれたら、そう願わずにはいられない。

「あー、やっと外の空気を吸えたわ。生き返るわね、お姉さま」

 遅れてマリージュのが車から降りてきた。声が大きく聞こえた。

「気分はどう?」

「少し良くなったかしら。息がつまるようだったのよ?」

 マリージュが降りてきた車をふと見ると、道のど真ん中に止めてあった。
 私が降りたときはもっと木々が開けた場所にあったのに、休憩場所を作るため、車を移動させたんだ。
 しかし、凄いところに止めていて、唖然とする。
 まぁ、道の片側は混沌の木、もう片側は崖の縁。道自体も車一台通れる程度の狭さなので、他に止めようがないんだけどね。

「休憩場所もあるのね!」

 マリージュが騎士たちを労う。
 それに応える騎士の声と、朗らかに笑うマリージュの声が、ゴーーーーっという水の音に混じって聞こえる。

「素敵な休憩場所をありがとう。グランフレイムの騎士はさすがだわ!」

 馬や歩きで通るためのこの道、当然、車が擦れ違うことはできない。
 ところどころ、ここのように開けて広場っぽい場所があるのは、休憩場所のためではなく、車が擦れ違うため。

 こんなところを無理に通ったお偉い方々がトラブルを起こしたので、後から作られたらしい。
 その広場を騎士たちがキレイな休憩場所にしていた。仕事が無駄に早い、加えて細かい。ちょっとだけ関心した。

「どうだい、マリー」

「キラキラはしていないけど、素晴らしい眺めね!」

「そうだな、マリー」

「赤の樹林の中も見られたし、散歩もできて、良い記念になったわ! ありがとう、お兄さま」

 何の記念だろう? 最後の鑑定の儀記念?

 マリージュの求めていたのは『木洩れ日に満ちてキラキラ』だったっけ。
 その光景には程遠いし、とても幻想的とは言えないけれど、マリージュは満足したようで、嬉しそうにしていた。

「気分はどうだ?」

「だいぶ良くなったわ! 死に絶えた森の中を通っているようで、気持ち悪かったの」

 私は兄とマリージュから少し離れて、車のそばで休んでいた。こうやっていると、兄とマリージュは仲良し兄妹で、私は他人のように見える。

 死に絶えた森って…………。

 マリージュと話をして初めて知ったことだけど、もうちょっと、なんか、言い方ってものがないのかなぁ。
 ああ、ジンがいたら言われるな、ネージュ様も大差ありませんよって。

 私があれこれ考えている間も、兄とマリージュの話は続いていた。

「だって、精霊もいないし、鳥も動物もいないんだもの」

 ちょこんと首をかしげるマリージュ。

 確かに、樹林に入ってから、鳥も小動物も出てこなかった。
 隠れていれば気配くらいはあるだろうに、何も感じられない。

「ああ、そういえばそうだな」

 マリージュに同意して、兄も首をひねる。

「鳥も動物も見られないのは残念だけど、天気が悪いからかしらね!」

 違う。天気のせいじゃない。

 そうだ。そうだった。思い出した。なんで忘れていたんだろう。ついこの前のことなのに。

 あの魔物と遭遇したときと同じだ。

 雨が降ってきそうなほど暗く重苦しい曇天、風一つない。
 鳥も動物の声もない、虫の鳴き声もない、葉や枝の音もしない、静かすぎる樹林。

 そうだ。おかしい。いつもの樹林じゃない。樹林そのものが息を潜めているようだ。何かから身を隠すように。

 なぜか無性に帰りたくて仕方なかったのは、あのときの樹林と同じだったからだ。

 違うのは、渓谷を流れる水の音が聞こえることくらい。
 でも、ゴーーーーっという音が別の何かを隠しているようにも感じる。

 嫌な汗が出てくる。空気が重い。体にまとわりついてくる。

 いつもならジンがそばにいてくれるのに、今はジンがいない。ジンの代わりとばかりに、胸のペンダントを握りしめた。
 紅い石の飾りがカチャッと音を立てる。

「どうしたの、お姉さま?」

 離れたところにいる私に気付いて、マリージュが声をかけてきた。

「今度はお姉さまが、気分悪くなったのかしら?」

 マリージュに心配させるなという目で、兄ばかりでなく、騎士たちにジロッと睨まれる。なんでこっちが睨まれないといけないのよ。

 でも、ちょうどいい。
 うまーく持っていって、早く帰らせよう。(さっきまで全部失敗したけど)

 私の意見はほぼ否定されるけど、マリージュの意見ならほぼ肯定。これは学習した。

 マリージュに「早く帰りたい」と言わせれば、すべてが解決する!
 よし、これでいこう!

 さあ、なんて話しかけようか。

 遠くで、にゃーと鳴く声が聞こえたような気がした。
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