精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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「それは大変だ」

 開口一番、兄はそう言った。真剣な顔で。

 マリージュからお願いされた後、兄に話をしようと窓を叩いて、でも悲しいことに、私では無視されて。
 今度はマリージュに窓を叩かせて、輓獣を操作する騎士の注意を引き、車を止めてもらった。

 何事かと窓に近寄ってくる兄。

 マリージュに兄との会話を聞かれると、きっと割り込んでくると思い、車を降りて、事の顛末を説明した。
 マリージュが関係することだからか、私の話す内容だというのに、兄はきちんと聞いてくれた。
 そして、その返事がこれだ。

「道がデコボコしているせいかもしれない。マリージュはこういう道は通らないでしょ」

 まだ、ここは赤の樹林の中央付近、やや王都寄りという地点だ。

「だから、急いで帰って治療を受けるか、身体を休ませる方がいいと思って」

 道は、馬や人が通れるくらいには整備されているけど、樹林の最奥部なので鬱蒼としている。静かだ。
 鳥のさえずりや羽ばたく音、虫の声はもちろんのこと、葉が擦れ合う音も一切ない。樹林そのものが息を潜めているようだ。

「なるほど。マリーはふだん、こんな酷い道は通らないからな」

 私だって好んで通らないわ。

 騎士や精霊獣が動く音が聞こえる中、私たちの会話が中断した。
 何事か考え込んだ兄が押し黙ったからだ。そして辺りを見回し始める。

「そっちはどうだ?」

 兄が先行していた騎士に声をかけた。
 兄の声が辺りに大きく響く。

「この先に開けたところがあり、渓谷が見渡せます」

「魔獣、魔物の気配はありません」

 騎士が返事をする。
 距離があるにも関わらず、私のところまでよく声が聞こえた。

「では、そこでマリーの休憩をとろう」

「「ハ!」」

 騎士たちが兄の指示に返事をする。

「え?」

 開いた口が塞がらない。
 兄のことだから、てっきり急いで帰ると思ったのに。

 正気なの? ここは赤の樹林なのに?

 思わず口から出そうになった言葉はうまく飲み込んだ。呆れた顔をしていたんじゃないかと思う。

「先行と後行は先に行って該当する場所を確保、護衛はこのまま車を警護。先行後行の準備が整い次第、こちらも合流する」

 私が呆けている間に、兄はどんどん指示を飛ばす。直立不動で指示を聞く騎士。

「総員、開始!」

「「ハ!」」

 兄の指示で、一斉に騎士が動き出す。テキパキとして訓練慣れした動きだ。無駄もない。
 え、ちょっと待って。騎士の動きに見とれている場合じゃない。
 ここは赤の樹林なのに。休憩して、のんびりするようなところじゃないわ。

「まぬけな顔をしていないで、車に戻り、マリーの様子を見ておけ」

「急いで帰らないの?」

「はあ? なぜ、急いで帰る必要が?」

 額にしわを寄せて嫌そうな顔をする兄。

「マリーが休憩したがっているんだろう?」

 そうだけど、そうじゃない。

「いや、だって、マリージュの調子が悪いんだし」

 私は慌てて、兄の行動を引き留めようとした。

「だから、休憩するのだろう?」

 えー、どうしてそうなる?

「マリーは優秀な全属性の精霊術士なんだ。気分が落ち着けば、自分で自分を回復できる。だから休憩するんだ。
 技能なしのお前といっしょにするな。お前の理屈で物事を判断するな。愚か者」

 あー、そうなの? そういう理屈?

「でも、道がこっちに決まるまでは、あれほどこっちを警戒していたのに」

「今も常に警戒中だ。だが、樹林の様子にとくだん変わりはない」

「いや、それでも場所が場所だし……」

「お前は、マリーのささやかな願いを、叶えてやろうとは思わないのか?! なんて冷たいやつだ」

 兄の大きい声が、辺りに嫌に響く。

「技能なしのくせに、マリーにまで冷たい態度をとるとは、何様のつもりだ」

 何様ってねぇ、私も妹なんだけどねぇ。
 でもここで、兄と言い合っても仕方ない。ここでは決める権利は兄にある。

「いや、私だってマリージュのお願いは叶えてあげたいけど……」

「マリーが願っている。騎士もそろっている。警戒していて場所は安全確認済み。
 いったい、どこに問題があると言うんだ?」

 そう言われてしまえば、問題はなさそうに思える。でも、安全を考えたら帰った方がいい。

「でも、体調と安全を考えたら……」

「マリーの体調と安全を考えて休憩するんだ。分からんやつだな。それとも、マリーに嫌がらせするつもりか?」

「大事な妹なんだから、そんなわけないでしょう。何かあったら心配なだけよ」

 そうだ。自分の身ももちろん大事だけど、マリージュに何かあるのももちろん嫌だ。心配なのに。だがら、帰った方がいいのに。

「ならば、万が一のことでもあったら、お前がマリーを守ればいいだろう」

「そんなこと、当然でしょう!」

 マリージュを守る。そんなの妹なんだから当たり前だ。でも、そんな状況にならないようにした方がいい。

「ふん、技能なしのお前でマリーを守れるのか?」

 兄がバカにしたように言うが、私だってジンに鍛えられているんだし、それなりに出来るはず。
 ただ単に精霊魔法が使えない(&精霊が見えない&精霊力を感じない)だけ。

「まあ、そうだな。万が一のときは命に代えてマリーの盾となれ。万が一があればの話だがな」

 凄くバカにされているような気がするけど、いやいや、そうじゃない。兄とあれこれ言い合っている場合じゃない。
 とにかく、早く帰らないと。

「セルージュ様、準備が整いました」

 騎士が報告に来た。
 グランフレイムの騎士たち、無駄に優秀というか、やたら行動が早い。

「乗れ。マリーを待たせる気か? 出発するぞ」

 けっきょく、兄の賛同により、マリージュの途中休憩は阻止することができなかった。

 本当に早く帰った方がいいのに。
 私の意見に耳を貸してくれる人は、ここには誰ひとりいない。

 かすかに、にゃーと鳴く声が聞こえたような気がした。
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