精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

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1 鑑定の儀編

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「そうそう! そうだわ!」

 思い出したかのように、手を叩くマリージュ。変な事じゃないといいなぁ。

「テオ様にも、赤の樹林の話をしてさしあげなくちゃ」

 樹林の見え方の話があらかた終わった後、マリージュから知らない名前が飛び出した。
 お友だちのいるマリージュとは違って、私が知っている名前は、家族、ジンやメモリア、その他は使用人くらいだけ。
 そのどこからも、テオなんて名前は出たことがない。

「その方はどなたなの?」

 おそるおそる聞いてみる。

 前に使用人の間で、マリージュの婚約パーティーが話題になっていた。もしかして、婚約候補者か予定者の名前なのかも。

「テオドリクス・グランスプリタス様よ。テオ様ってお呼びしているの」

 嬉しそうに頬を染めながら、マリージュが語り出す。

「自分で言うのは恥ずかしいけれど、わたくしの婚約者候補のおひとりなのよ」

 おひとりってことは、まだ他にもいるんだ、婚約者候補。
 まぁ、技能なしの私にも『いくつかある』って父が言っていたくらいだからね。
 全属性の精霊魔法に適性のあるマリージュなら、婚約も引く手あまただろうね。

「確か、お姉さまと同じ年齢だったはずだわ」

 にしても、マリージュは本当に嬉しそうに話す。マリージュもその相手のこと、気に入ってるみたいだ。

「まだお若いのに第四師団(=精霊騎士団)の師団長様なんですって」

 ええっ! 私と同じ年齢で師団長?
 こっちはようやく今日、成人したっていうのに。あまりの差に愕然とする。

 そして師団長っていうと、熊が思い浮かんでしまう。
 熊は第六師団の師団長で、ジンも知っていたくらいの有名人らしい。
 熊は、熊みたいな大男で、肩幅も胸板も背中も大きくて、腕や脚も太くて、全体的にガッシリしていて、まさに熊。まさしく熊。

 おそるおそる聞いてみる。

「師団長っていうと、若くてもやっぱり熊……じゃなくて、がっしりした大男って感じの人?」

「嫌だ、お姉さまったら。テオ様は師団長様なんだから、スラッとしていて素敵な方に決まっているじゃないの」

「え、ああ、そうよね」

「テオ様は騎士様なのよ。がっしりなんてしているわけないでしょ!」

 師団長という単語とスラッとして素敵という単語が、私の中でイコールでつながらない。
 私の知ってる師団長は、まんま熊なんだもの。ゴツゴツ感はあったけど。スラッと感あったかなぁ。なかったよなぁ。
 熊も師団長様で騎士様だよなぁ。おかしいなぁ。

「テオ様は第四師団、つまり精霊騎士団の団長様だから精霊魔法の技も素晴らしいし、精霊術士としての力も凄いらしいのよ」

「凄いわね」

 熊と第四師団長の見てくれの違いを想像しながら、私は相づちを打つ。

「騎士としても優秀だと評判なの。騎士団長だけの闘技大会でも、いつも上位の成績だと聞いたわ」

「そうなの」

 熊はどうなんだろう。この前の感じだと、熊もそうとう凄そうだ。

「わたくしも次の大会はテオ様の応援に行こうかと思って。だって、テオ様の素敵でカッコいいところを目の前で見られるでしょ」

「それはいいわね」

 大会、私も見に行ってみたいな。そういうところに行ったことないし。ジンに頼んでみようかな。

「それに、細身で背が高くて所作が美しくて。騎士さまっていうより王子さまって感じ。本当に素敵よね」

「ふーん」

「紫紺の髪に金色の瞳で顔立ちも素敵。穏やかで優しくて温かくて、顔だけでなく、中身も素敵なんだから」

「いい人なのね」

「それでね、テオ様は大神殿のお話にも出てきた竜種なの。上位竜種四人のうちのひとりだから、とても偉い人なのよ」

「へー」

 何かと『素敵』ばかりなんだけど!

 うう、妹とはいえ、他人の好きな人の話を聞くのがこんなに疲れるとは。
 まさかこんな話を延々と聞かされる日がくるとは思ってもいなかったけど。
 話を聞いてるだけで疲れるなんてレベルじゃない。疲労困憊だわ。

 しかし竜種か。それも上位竜種。希少価値からすると、テオ様>マリージュっぽい…………。

「ねぇ、マリージュ。ちょっと確認したいのだけれど」

「なあに? お姉さま」

「婚約者候補って、グランスプリタス様が? それともマリージュが?」

「テオ様がわたくしの婚約者候補なんだから、わたくしはテオ様の婚約者候補でしょ?」

「でも、候補のひとりなのでしょう?」

 どっちがどっちの候補のひとりかは分からないけど。

「大丈夫よ、お姉さま。婚約者はテオ様がいいって、お父さまにお願いしたんだから」

 このマリージュの笑顔を見ていると、今まで、思い通りにならないことはなかったんだろうな。私と違って。

 手を伸ばしても届かない、頑張っても報われない。同じ姉妹なのに。

 また、モヤッとしてしまった。
 妹相手にひがむなんて、姉失格だ。

「ところで、お姉さま!」

 何々? またテオ様の話?

「この中の空気、淀んでいますわ。わたくし、気分が悪くなりそう」

「え! マリージュ、大丈夫?」

 マリージュに何かあったら大変。私のせいにされる!
 あくまでも大事なのは身の保身。マリージュに危害を加えそうだからと、私を振り払ったあの兄だ。
 マリージュの自己管理のせいだとしても、私が注意を怠ったせいにされる。

「休憩したら治ると思うわ。少し散歩すれば大丈夫そうだもの」

 またこれか。このパターンか。
 要するに、ここで車を止めて、赤の樹林をちょっと散歩してみたいってことでしょ。

「気持ち悪いのなら、早く帰った方がいいわ!」

 私は説得を試みた。
 ここで気持ち悪いとか、散歩したいとか言ってないで、さっさと帰った方がいい。絶対。

「少し外の空気を吸うだけなら、危なくないし、心配いらないでしょう?」

 マリージュは自分でこうすると決めたら、その通りになるまで引き下がらないようだ。
 マリージュのやりたいことを叶えさせてあげたい。なぜだか、そういう気持ちになってしまうのは事実なんだけど。
 外は危ないんだって。帰った方がいい。

 もう! 兄に丸投げしてやれ!

「それなら、お兄さまに聞いてみたら?」

 投げやりになったこの判断が、あとで最悪の事態を招くことになるとは。
 このときの私は思いもしなかった。
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