精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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1 鑑定の儀編

3-0 ピンチは一回だけとは限らない

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 さて、私の鑑定魔法の修得訓練は大神殿に通って行うこととなった。
 もともと、週一回の頻度で実戦訓練を行っていた。実戦訓練が禁止となった今は、それを鑑定魔法の修得訓練に変更すればいいのではないかと提案されたのだ。

「これなら、いつもの生活と大きく変わりはないはずです」

「なるほど」

 いつもの実戦訓練の場所が少し遠くなって、時間が数時間延びる程度だと思えば、今までと変わりはない。

 大神殿側の準備はとくにないので、突然来て修得訓練をしても問題ないとのこと。
 これなら通いやすい。
 スケジュールを組んで、ジンといっしょに通ってみよう。

「それでは、鑑定技能修得の方、よろしくお願いします」

「こちらこそ。すみやかに修得できるよう、こちらも尽力いたしますので」

 神官長に挨拶をして、話し合いはすんなり終わった。
 車の準備の方が時間がかかったので、結果として、私がマリージュを待たせることもなかった。
 ホッと息を吐く。私の方が遅かったら、兄からなんて言われていたか。

 行きは二台で来た車も、父が先に帰ったため帰りは一台。マリージュといっしょになる。さすがにマリージュだけ車に乗せて、ということはないだろう。ないと思いたい。
 短時間とはいえ、マリージュといっしょなのは少し気まずいが、仕方ない。

 さあ、車に乗ろうと思って近づくと、なんだか、兄とマリージュが揉めている。
 残りの護衛班も困った顔で二人を囲んでいる。
 まだ、車の準備が終わらないんだろうか。

「ねえ、お兄さま! いいでしょう?」

 行きと同じく、マリージュのお願いが炸裂していた。
 周りの反応からすると、お願い自体はいつものことみたいだけど。私抜きで何のお願いをしていたのかなぁ。

「ねえ、お姉さまも! いいでしょう?」

「いいも何も。何の話なの?」

 いきなり私に話を振られた。
 マリージュには甘い兄が、珍しく渋い顔をしている。

「赤の樹林を見てみたいの!」

 えーっと?
 マリージュがいきなり変なことを言ってきた。

「ここに来るときも赤の樹林は見たよね?」

 マリージュだって大神殿へ来るときに赤の樹林を見たはずだ。
 赤の樹林を囲む街道を通ってきたのだから、車窓から飽きるほど樹林が見える。
 勢いで返事しちゃったけど、珍しく、兄が注意しない。

「マリー、ここへ来るときに街道から見たのが赤の樹林だよ」

 そして、珍しく兄が同意する。

「違うわ! 中を見てみたいの!」

 えーっと?
 マリージュがさらに変なことを言ってきた。

 帰りも街道を通って安全第一で帰ると思っていたのに、マリージュがとんでもないことを言い出していたのだ。
 なるほど、これは揉めるはずだわ。

「ちょっと中を通るだけよ。いいでしょう?」

 街道からも見れるよね。見れたよね。中からなんて無理しないで。お願い。

「お兄さまからもらった本に書いてあったのよ?」

 はぁあ?

「赤の樹林の中は、木々の木洩れ日に満ちてキラキラしていて、とても幻想的だったって!」

 なんて本、渡してるのよ、兄!
 木洩れ日って天候に左右される自然現象だし。
 幻想的って完全に個人的な意見てやつじゃないの。

「晴れた日じゃないと、木洩れ日はできないし、キラキラしないと思うけど」

 これ、兄のせいだよね、とチラッと兄を見た。苦い顔でこちらを睨む兄。なぜ睨む。そっちのせいでしょ。

「そうだよ、マリー。今日は曇天だから、晴れた日にまた来よう」

「行ってみないと分からないわ!」

 分からないのは、マリージュの頭の中身なんだけど。

 お前も何か言えと、さらに兄が私を睨む。援護してほしいなら、せめて睨むのはやめてほしい。

「樹林の中を通る道は一本道なのよ」

 仕方なく、ワクワクしているマリージュに説明してみる。

「帰り道の街道に入るには、樹林の出口までそのまま進むか、途中で折り返して入り口まで戻るか」

「それで?」

「だから『ちょっと中を通る』はできないのよ」

「そうなのね!」

 お、説得成功?

「中を通った方が近道なのでしょう? それなら、出口まで『ちょっと』じゃないの!」

 ダメだった。失敗だった。
 中を通る前提で考えている。

 マリージュの説得もできないのか、使えないやつだ、と睨まれたって。こっちだって困るわ。そっちが説得してほしい。

「赤の樹林の中は、精霊魔法が使えないのよ」

 苦し紛れに脅してみた。

「それにこの前、魔物も出たばかりだし」

 危ないでしょう?と、今度は優しく脅してみた。

「でも、お兄さまが言ってたわ!」

 マリージュはしつこかった。引き下がらなかった。諦めなかった。この押しの強さは見習いたい。

「グランフレイムの騎士は優秀だから、どんな場所でも安心だって。赤の樹林だって大丈夫よ!」

「えー」

 余計なことを言わないでよ、兄!
 真に受けてるでしょ。
 だいたい精霊騎士はね、赤の樹林で仕事しないから。訓練もしたことないから。

「それに点検したばかりって聞いたわ! それなら安全でしょう?」

 うん、第五師団と第六師団が頑張ったそうだからね。大神殿も結界を強化したからね。
 でも、けっきょくのところ、安全になるのは中じゃなくて、外だからね。
 魔物はいなくても、魔獣は日々新たに発生するんだし。今、中が大丈夫かは誰も保証してくれないんだからね。

「それに、お兄さまがいれば、世界で一番、安全で安心よ!」

 限度があるわ!

「ね、お兄さま?」

「ああ、そうだな!」

 さっきまで苦い顔をしていた兄が喜色満面ってどういうことよ?
 え? 嘘でしょ、冗談でしょ?
 うちのお兄さまは世界一発言で、兄はあっさり折れたってこと?
 しかも、すんごく喜んでるし。信じられないわ、兄。バカだろ、兄。

「嬉しい! ありがとう、お兄さま!」

「いや、マリーのためなら、赤の樹林などまったく問題ないさ」

 テンション高く喜ぶ妹と、テンション高く喜ぶ兄。

 精霊術士や精霊騎士が赤の樹林に入るだなんて、問題だろう。問題しかないだろう。

 ああ、もう、どうでもいいや。私がなんか言ったって無視されるんだ。
 ああ、もう、早く帰りたい。早く帰ってジンに会いたい。ジンにたくさん、話を聞いてもらうんだ。

 この時の私は、帰ってジンに会うことしか考えていなかった。
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