15 / 384
1 鑑定の儀編
2-3
しおりを挟む
最終鑑定の儀の日がやってきた。
兄とのことがあってから、気分が晴れない。それに応じるかのように、今日の天気も曇天だ。
今日は大事な日だからと、メモリアは早朝から張り切っていた。とはいえ、いつもながらの無表情なので、ふだんとの違いは分かりにくい。
メモリアが用意したのは、クリーム色のレースたっぷりのワンピースに、紅い石の飾りがついたペンダント。
紅い石のペンダントは、幼いときに母が私にくれたものだそうだ。今日のような大事な日に身につけることにしている。
準備を終えて外に出ると、すでに父と兄がいて、護衛の騎士たちが並んでいた。
兄を目にすると、嫌でも手を弾かれたときのことを思い出してしまい、ビクッとする。
あのとき、私は一人で行動していたため、ジンもメモリアも、私に何があったのかは知らない。
兄との間に何かが起こったことも知らないはずだし、あまり、知られたくない。
あのとき以来、私は『セルージュお兄さま』と口にしなくなった。だって、兄はセルージュお兄さまではなくなってしまっていたから。
昔の優しいセルージュお兄さまを思い出すと、なぜだか、メモリアの紅茶やクッキーが塩辛くなる。あのときの兄を思い出しても塩辛くなる。
塩辛いクッキーをボソボソとかじっていると、ジンが泣きそうな顔をしてくるので、セルージュお兄さまのことも、兄のことも、思い起こすのをやめた。
私にとってジンは大切な存在だ。あんな兄より、いつもそばにいてくれるジンの方がよっぽど大切だ。ジンに悲しい顔をさせたくはない。
正確には、ジンはグランフレイムの騎士だ。私専属の護衛騎士ではあるが、私の騎士ではない。ジンが忠誠を誓うのはグランフレイムであり、グランフレイムの当主だ。
ジンに私が兄からされた仕打ちを話しても、反応を返すことはないかもしれない。
兄は次期当主なので、むしろ、兄を支持するかもしれない。他の騎士たちのように。
ジンからそんな反応をされたら、兄のとき以上に、私は砕けてしまうと思う。
ふだんからあれこれやらかしている私だけど、ジンには嫌われたくない。憎まれたくない。離れていってほしくない。
だから、ジンには話せなかったし、知られたくもなかった。
今日もジンは私の傍らにいてくれる。
そのおかげで、兄に会っても大きく反応しなくて済んだ。
これからの儀だって大丈夫。
ジンがそばにいてくれるはずだ。
これから先は?
私がグランフレイムから独立したら?
今は考えないでおこう。
ジンを伴い、父の近くに行って挨拶しようとした矢先、父と私との間に兄が割り込んだ。
立場的には兄の方がはるかに上なので、文句を言う訳にもいかない。
兄が感情のない目で私を見据えたかと思ったら、私の隣に目線を移し、抑揚のない口調で言い捨てる。
「ドゥアン卿は館で待機しているように」
「えっ?」
思わず、声が漏れた。
ハッと短く息を飲む微かな音が、隣から聞こえてくる。どうやら、ジンも聞かされていなかったようだ。
言い訳をするかのように、父が早口で兄の言葉を引き継いだ。
「私が途中で帰るため、セルージュも同行することになった。
護衛班が二チームつく。命令系統が乱れても益にならない。今回、専属護衛は待機せよ」
ジンは上司の命令には基本、忠実だ。命令系統が乱れることなんて、あるはずないのに。
「マリージュの専属も同様だ。館で帰りを待て」
「かしこまりました」
兄の言には無言だったものの、父の指示にはすぐさま返事をするジン。
「お帰りをお待ちしております」
父には即答したものの、ジンは複雑な表情で私に声をかけてくれたので、私もコクンと頷いた。
ジンがいない。
そのことが私の心に重くのしかかる。
「おはようございます」
父に挨拶もできないまま、マリージュが館から出てきて、騎士たちがワラワラと回りを囲む。
今回はマリージュの専属護衛も、命令通り館で待機のようだ。少し離れたところに控えている。これでは私だけワガママを言うわけにもいかない。
マリージュは安定の天使ぶりで、兄からも他の騎士たちからも和やかな雰囲気が漂っている。
私の扱いとは雲泥の差だ。
家族といっしょに、家門の護衛に守られながら出かけるはずなのに、この疎外感。
こんな中でもジンがいれば問題ないと思っていたので、ジンと離れて、大丈夫な気がぜんぜんしない。
ジンの服の袖を握ってみても、安心とは程遠い。
「クッキーをご用意しておきます」
「メモリアの紅茶もお願い」
「かしこまりました」
ジンが安心させるようにそっと微笑み、私は意を決して、袖を離した。
掴まるものがなくなって少し心細い。そっと胸のペンダントに触れてみたが、心細さはなくならなかった。
今回、移動に使う車は二台。
輓獣は一般的には馬だけど、グランフレイムでは精霊獣になる。
精霊術士でないと扱えないが、馬と比べて、意志疎通もできるし、速さもまるで違う。
えー、でもこれってどうやって分乗するの?
車に近づいたものの、誰も声をかけてくれないし、案内もしてくれない。困る。
他の人が先に乗るのを待っていようかと思ったところに、天使の声が、
「お父さまといっしょがいいわ!」
と無情にも、胸に突き刺さった。
待って待って待って?
マリージュが父と乗ったら、あの兄と同乗になるんだけど!
そりゃあ、マリージュと乗っても、なんか居たたまれないし。
かといって、父と乗っても上司と部下的な感じになるだけだし。
だからといって、兄なんて、私を呪われたあんなもの扱いするんだから、いちばん最悪なんだけど!
ジンといっしょでないうえに、兄と同乗なんて無理無理無理!
そうこうしているうちに、父とマリージュは颯爽と先頭の車に乗り込んでしまう。
待って。本当に待ってほしい。
唖然と見ているところ、
「さっさとしろ」
と兄のイライラした声が聞こえた。
それに応じるように、騎士が後ろの車に私を乱暴に押し込む。
そして、そのまま発進。
「???」
私ひとりを乗せた車は、前の車を追って、滑らかに動き出す。
心配をよそに、まさかの一人乗りだった。
兄とのことがあってから、気分が晴れない。それに応じるかのように、今日の天気も曇天だ。
今日は大事な日だからと、メモリアは早朝から張り切っていた。とはいえ、いつもながらの無表情なので、ふだんとの違いは分かりにくい。
メモリアが用意したのは、クリーム色のレースたっぷりのワンピースに、紅い石の飾りがついたペンダント。
紅い石のペンダントは、幼いときに母が私にくれたものだそうだ。今日のような大事な日に身につけることにしている。
準備を終えて外に出ると、すでに父と兄がいて、護衛の騎士たちが並んでいた。
兄を目にすると、嫌でも手を弾かれたときのことを思い出してしまい、ビクッとする。
あのとき、私は一人で行動していたため、ジンもメモリアも、私に何があったのかは知らない。
兄との間に何かが起こったことも知らないはずだし、あまり、知られたくない。
あのとき以来、私は『セルージュお兄さま』と口にしなくなった。だって、兄はセルージュお兄さまではなくなってしまっていたから。
昔の優しいセルージュお兄さまを思い出すと、なぜだか、メモリアの紅茶やクッキーが塩辛くなる。あのときの兄を思い出しても塩辛くなる。
塩辛いクッキーをボソボソとかじっていると、ジンが泣きそうな顔をしてくるので、セルージュお兄さまのことも、兄のことも、思い起こすのをやめた。
私にとってジンは大切な存在だ。あんな兄より、いつもそばにいてくれるジンの方がよっぽど大切だ。ジンに悲しい顔をさせたくはない。
正確には、ジンはグランフレイムの騎士だ。私専属の護衛騎士ではあるが、私の騎士ではない。ジンが忠誠を誓うのはグランフレイムであり、グランフレイムの当主だ。
ジンに私が兄からされた仕打ちを話しても、反応を返すことはないかもしれない。
兄は次期当主なので、むしろ、兄を支持するかもしれない。他の騎士たちのように。
ジンからそんな反応をされたら、兄のとき以上に、私は砕けてしまうと思う。
ふだんからあれこれやらかしている私だけど、ジンには嫌われたくない。憎まれたくない。離れていってほしくない。
だから、ジンには話せなかったし、知られたくもなかった。
今日もジンは私の傍らにいてくれる。
そのおかげで、兄に会っても大きく反応しなくて済んだ。
これからの儀だって大丈夫。
ジンがそばにいてくれるはずだ。
これから先は?
私がグランフレイムから独立したら?
今は考えないでおこう。
ジンを伴い、父の近くに行って挨拶しようとした矢先、父と私との間に兄が割り込んだ。
立場的には兄の方がはるかに上なので、文句を言う訳にもいかない。
兄が感情のない目で私を見据えたかと思ったら、私の隣に目線を移し、抑揚のない口調で言い捨てる。
「ドゥアン卿は館で待機しているように」
「えっ?」
思わず、声が漏れた。
ハッと短く息を飲む微かな音が、隣から聞こえてくる。どうやら、ジンも聞かされていなかったようだ。
言い訳をするかのように、父が早口で兄の言葉を引き継いだ。
「私が途中で帰るため、セルージュも同行することになった。
護衛班が二チームつく。命令系統が乱れても益にならない。今回、専属護衛は待機せよ」
ジンは上司の命令には基本、忠実だ。命令系統が乱れることなんて、あるはずないのに。
「マリージュの専属も同様だ。館で帰りを待て」
「かしこまりました」
兄の言には無言だったものの、父の指示にはすぐさま返事をするジン。
「お帰りをお待ちしております」
父には即答したものの、ジンは複雑な表情で私に声をかけてくれたので、私もコクンと頷いた。
ジンがいない。
そのことが私の心に重くのしかかる。
「おはようございます」
父に挨拶もできないまま、マリージュが館から出てきて、騎士たちがワラワラと回りを囲む。
今回はマリージュの専属護衛も、命令通り館で待機のようだ。少し離れたところに控えている。これでは私だけワガママを言うわけにもいかない。
マリージュは安定の天使ぶりで、兄からも他の騎士たちからも和やかな雰囲気が漂っている。
私の扱いとは雲泥の差だ。
家族といっしょに、家門の護衛に守られながら出かけるはずなのに、この疎外感。
こんな中でもジンがいれば問題ないと思っていたので、ジンと離れて、大丈夫な気がぜんぜんしない。
ジンの服の袖を握ってみても、安心とは程遠い。
「クッキーをご用意しておきます」
「メモリアの紅茶もお願い」
「かしこまりました」
ジンが安心させるようにそっと微笑み、私は意を決して、袖を離した。
掴まるものがなくなって少し心細い。そっと胸のペンダントに触れてみたが、心細さはなくならなかった。
今回、移動に使う車は二台。
輓獣は一般的には馬だけど、グランフレイムでは精霊獣になる。
精霊術士でないと扱えないが、馬と比べて、意志疎通もできるし、速さもまるで違う。
えー、でもこれってどうやって分乗するの?
車に近づいたものの、誰も声をかけてくれないし、案内もしてくれない。困る。
他の人が先に乗るのを待っていようかと思ったところに、天使の声が、
「お父さまといっしょがいいわ!」
と無情にも、胸に突き刺さった。
待って待って待って?
マリージュが父と乗ったら、あの兄と同乗になるんだけど!
そりゃあ、マリージュと乗っても、なんか居たたまれないし。
かといって、父と乗っても上司と部下的な感じになるだけだし。
だからといって、兄なんて、私を呪われたあんなもの扱いするんだから、いちばん最悪なんだけど!
ジンといっしょでないうえに、兄と同乗なんて無理無理無理!
そうこうしているうちに、父とマリージュは颯爽と先頭の車に乗り込んでしまう。
待って。本当に待ってほしい。
唖然と見ているところ、
「さっさとしろ」
と兄のイライラした声が聞こえた。
それに応じるように、騎士が後ろの車に私を乱暴に押し込む。
そして、そのまま発進。
「???」
私ひとりを乗せた車は、前の車を追って、滑らかに動き出す。
心配をよそに、まさかの一人乗りだった。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
221
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる