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1 鑑定の儀編

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 最終鑑定の儀の日がやってきた。

 兄とのことがあってから、気分が晴れない。それに応じるかのように、今日の天気も曇天だ。

 今日は大事な日だからと、メモリアは早朝から張り切っていた。とはいえ、いつもながらの無表情なので、ふだんとの違いは分かりにくい。
 メモリアが用意したのは、クリーム色のレースたっぷりのワンピースに、紅い石の飾りがついたペンダント。
 紅い石のペンダントは、幼いときに母が私にくれたものだそうだ。今日のような大事な日に身につけることにしている。

 準備を終えて外に出ると、すでに父と兄がいて、護衛の騎士たちが並んでいた。
 兄を目にすると、嫌でも手を弾かれたときのことを思い出してしまい、ビクッとする。

 あのとき、私は一人で行動していたため、ジンもメモリアも、私に何があったのかは知らない。
 兄との間に何かが起こったことも知らないはずだし、あまり、知られたくない。

 あのとき以来、私は『セルージュお兄さま』と口にしなくなった。だって、兄はセルージュお兄さまではなくなってしまっていたから。
 昔の優しいセルージュお兄さまを思い出すと、なぜだか、メモリアの紅茶やクッキーが塩辛くなる。あのときの兄を思い出しても塩辛くなる。

 塩辛いクッキーをボソボソとかじっていると、ジンが泣きそうな顔をしてくるので、セルージュお兄さまのことも、兄のことも、思い起こすのをやめた。
 私にとってジンは大切な存在だ。あんな兄より、いつもそばにいてくれるジンの方がよっぽど大切だ。ジンに悲しい顔をさせたくはない。

 正確には、ジンはグランフレイムの騎士だ。私専属の護衛騎士ではあるが、私の騎士ではない。ジンが忠誠を誓うのはグランフレイムであり、グランフレイムの当主だ。

 ジンに私が兄からされた仕打ちを話しても、反応を返すことはないかもしれない。
兄は次期当主なので、むしろ、兄を支持するかもしれない。他の騎士たちのように。

 ジンからそんな反応をされたら、兄のとき以上に、私は砕けてしまうと思う。
 ふだんからあれこれやらかしている私だけど、ジンには嫌われたくない。憎まれたくない。離れていってほしくない。
 だから、ジンには話せなかったし、知られたくもなかった。

 今日もジンは私の傍らにいてくれる。
 そのおかげで、兄に会っても大きく反応しなくて済んだ。
 これからの儀だって大丈夫。
 ジンがそばにいてくれるはずだ。

 これから先は?
 私がグランフレイムから独立したら?

 今は考えないでおこう。

 ジンを伴い、父の近くに行って挨拶しようとした矢先、父と私との間に兄が割り込んだ。
 立場的には兄の方がはるかに上なので、文句を言う訳にもいかない。

 兄が感情のない目で私を見据えたかと思ったら、私の隣に目線を移し、抑揚のない口調で言い捨てる。

「ドゥアン卿は館で待機しているように」

「えっ?」

 思わず、声が漏れた。

 ハッと短く息を飲む微かな音が、隣から聞こえてくる。どうやら、ジンも聞かされていなかったようだ。

 言い訳をするかのように、父が早口で兄の言葉を引き継いだ。

「私が途中で帰るため、セルージュも同行することになった。
 護衛班が二チームつく。命令系統が乱れても益にならない。今回、専属護衛は待機せよ」

 ジンは上司の命令には基本、忠実だ。命令系統が乱れることなんて、あるはずないのに。

「マリージュの専属も同様だ。館で帰りを待て」

「かしこまりました」

 兄の言には無言だったものの、父の指示にはすぐさま返事をするジン。

「お帰りをお待ちしております」

 父には即答したものの、ジンは複雑な表情で私に声をかけてくれたので、私もコクンと頷いた。

 ジンがいない。
 そのことが私の心に重くのしかかる。

「おはようございます」

 父に挨拶もできないまま、マリージュが館から出てきて、騎士たちがワラワラと回りを囲む。
 今回はマリージュの専属護衛も、命令通り館で待機のようだ。少し離れたところに控えている。これでは私だけワガママを言うわけにもいかない。

 マリージュは安定の天使ぶりで、兄からも他の騎士たちからも和やかな雰囲気が漂っている。
 私の扱いとは雲泥の差だ。
 家族といっしょに、家門の護衛に守られながら出かけるはずなのに、この疎外感。

 こんな中でもジンがいれば問題ないと思っていたので、ジンと離れて、大丈夫な気がぜんぜんしない。
 ジンの服の袖を握ってみても、安心とは程遠い。

「クッキーをご用意しておきます」

「メモリアの紅茶もお願い」

「かしこまりました」

 ジンが安心させるようにそっと微笑み、私は意を決して、袖を離した。
 掴まるものがなくなって少し心細い。そっと胸のペンダントに触れてみたが、心細さはなくならなかった。

 今回、移動に使う車は二台。
 輓獣は一般的には馬だけど、グランフレイムでは精霊獣になる。
 精霊術士でないと扱えないが、馬と比べて、意志疎通もできるし、速さもまるで違う。

 えー、でもこれってどうやって分乗するの?
 車に近づいたものの、誰も声をかけてくれないし、案内もしてくれない。困る。

 他の人が先に乗るのを待っていようかと思ったところに、天使の声が、

「お父さまといっしょがいいわ!」

と無情にも、胸に突き刺さった。

 待って待って待って?

 マリージュが父と乗ったら、あの兄と同乗になるんだけど!

 そりゃあ、マリージュと乗っても、なんか居たたまれないし。
 かといって、父と乗っても上司と部下的な感じになるだけだし。
 だからといって、兄なんて、私を呪われたあんなもの扱いするんだから、いちばん最悪なんだけど!
 ジンといっしょでないうえに、兄と同乗なんて無理無理無理!

 そうこうしているうちに、父とマリージュは颯爽と先頭の車に乗り込んでしまう。

 待って。本当に待ってほしい。

 唖然と見ているところ、

「さっさとしろ」

と兄のイライラした声が聞こえた。
 それに応じるように、騎士が後ろの車に私を乱暴に押し込む。

 そして、そのまま発進。

「???」

 私ひとりを乗せた車は、前の車を追って、滑らかに動き出す。
 心配をよそに、まさかの一人乗りだった。
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