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1 鑑定の儀編

2-0 最終鑑定は人生の岐路

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 魔物討伐事件から一週間が過ぎた。

 第六師団の好意(?)で、表向き、魔物は第六師団が討伐したと処理してもらい、ちょっとホッとした。家門内にまた変な噂が立っても困る。

 ところが別の問題も発生した。

 本来なら、もうあと一週間ほどで、最終鑑定の儀を受けるはずだったんだけど。
 あそこの赤の樹林に魔物が出たからと、現在、赤の樹林全域、周辺街道も含め閉鎖中になってしまって。

「一ヶ月は閉鎖が解除されないそうです」

とは、ジンからの情報だ。

「えー」

「仕方ないですよね。魔物出現現場ですからね。再出現がないか、騎士団でもしばらく警戒しますよね」

「うっ」

 最近、いや、正確には魔物討伐後から、ジンの小言がさらに多くなった。
 確かに、魔物討伐は私のせいだけど。魔物出現は私のせいじゃなくない? むしろ、私、被害者なんだし。
 なんで、あなたのせいでしょみたいな顔して私を見るのさ。むー

「それに、赤の樹林に魔物が出たのは初めてだそうでして。それもあって、念入りに行うことになったようです」

「あー、今までは黒の樹林の方だったわね」

 本当にまったく、よりによってと言うかなんと言うか。あ、何も言えないわ。言葉がない。

「最終鑑定の儀も延期かなぁ。そうでなくても遅れてるのに」

「解除が早まればいいですね」

 期待のかけらもない口調でジンが返答をする。

「マリージュの儀まで待たなくても良かったのに」

「ネージュ様とマリージュ様は一歳違いですからね。別々に儀を行うより、同時にした方が楽でしょう。お互いに」

 もともとは、私も十五歳の誕生日前後で最終鑑定の儀を行う予定だった。
 なのに、去年の誕生日直前。妹のマリージュといっしょに儀を行うと、父から伝えられた。書面で。

 直前になって延期だなんて信じられないでしょ! しかも、書面て!
 けっこう大事なイベントだったのに、書面一つで、延期よ、延期!
 悲しいって思うより、神経がブチって切れた感じ?
 うむ、あの感覚は忘れないでいよう。

 延期の理由は、多忙だからと大神殿から要請があった、マリージュひとりで儀を受けさせるのが心配、といったもの。
 どうやら、私への配慮や心配はないらしい。

「十五歳の儀とされていますが、厳密に十五歳で、という決まりはありません。十七歳になるまでに行うのが一般的です。けして遅れてはいませんよ」

 ジンがなだめるように話を続ける。

「だから、そんな、眉間にしわを寄せて、むくれた顔をしないでください。子どもですか。しわが残りますよ」

「むくれてなんて、ないわよ」

 ちょっと虫の居所が悪いだけだ。

 いいタイミングで、メモリアが紅茶とクッキーを出してくれた。

 最終鑑定の儀は、いわば成人の儀。これが終われば、子どもではなく大人と見なされる。
 厳密には十五歳を過ぎて儀が終われば、なんだけれど。私はすでに十六歳だし。儀が終われば大人。
 ここにいても役立たず扱い。養子に出されるか、縁組されるか。
 先日も父から嫁入りの仕度だとか、家門を見繕ってとか言われたから、相手は家門に都合のいい他家か、理解のある傍系かな。

「養子や縁談の話はないの?」

「ありません。結婚したいんですか?」

「いや、別に」

 うん、その手の話がなければ、家を出て独立する。きっと引き止める人などいない。
 ジンやメモリアも、いずれ、私専属ではなくなるのだから。時期が早いか遅いかの違いだけ。

 独立資金はそれなりに貯まっている。実戦訓練で狩った魔獣、これがいいお金になるんだよね。
 先立つものがなければ、独立したって生活が成り立たない。魔獣狩りで生計を立てている人もいて、魔獣専門狩猟業という職種もあるそうだ。

「うん、魔獣狩りなんて良さそう」

「養子や縁談の話が、どうして魔獣狩りになるのか、お聞きしても?」

「ダメ」

 独立計画に夢中になっていて、そばにジンがいるのを忘れてた。
 この計画は知られないようにしないと、危ないとかなんとか言われて、邪魔されてしまう。

 ジンを横目にクッキーをかじる。甘くて美味しい。

 魔物に遭遇したショックで静養中、ということになっているので、一週間、一歩も外に出ていない。飽きる。

 しかし、私が静養中だというのに、誰からも何も言われない。

 というか、近況すら分からない。

 父とは一月に一回くらいは書面でやりとりするし、数ヶ月に一回は会って現状報告をする。先日、会ったばかり。
 あー、実戦訓練のこと、魔物云々のこと、言われたっけ。

 兄と妹とは顔を合わせていない。

 精霊魔法の技能がないことが公表された直後から、私への風当たりが強くなった。とくに、実力を評価されて地位を勝ち取った人たち=私設の精霊騎士団からは、目の敵のようにされた。
 すでに上級の精霊魔法が使えていた兄に続き、妹が全属性に適性ありとの鑑定が出ると、私への風当たりはさらに激化した。
 害される恐れもあり、私だけ生活空間を離されることになる。

 兄や妹といっしょに生活した思い出は、そこで途切れた。

 記憶の中の兄や妹は優しかった。

 兄は、事あるごとに、ちょっとした精霊魔法を見せてくれた。
 とくに小さな炎を操ってパチパチと弾けさせる様がとてもキレイで、何度も何度もせがんだ。兄は困った顔をしながらも、付き合ってくれた。

 妹とは歳が近く、いっしょに行動することが多かった。おやつを食べるのも散歩をするのも昼寝をするのも、いっしょだった。手をつないで楽しそうにする妹がかわいくて、よく頭を撫でてあげた。

 独立して家を出れば、この二人とのつながりがさらに薄れてしまいそうで、なんとも言えない気持ちになる。

 メモリアが静かに、お茶とクッキーのおかわりを出してくれた。
 またしても、いいタイミング。

「裏庭でも散歩します? 散歩くらいなら大丈夫ですよ」

 ジンがそう言ってくれるが、散歩の気分でもない。

「いや、止めとく」

 頭の中で独立後の職業が決まった。職業組合への登録も準備しておかないといけない。
 登録するのに住所が必要だよね。住むところはどうしよう。保証人なしで住居って借りられるのかな、それとも暮らしに慣れるまで、宿住まいがいいかな。
 自炊もやったことがないんだよね。いつまでも三食外食ではいられないから、これもどうにかしないといけない。
 着替えや身の回りのものも買い揃えるようだし。考えることも、用意するものも、必要なお金も、思いのほか多い。

「とりあえず、料理でも習おうかな」

 私のつぶやきは、ジンとメモリアに盛大に無視された。
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