精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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1 鑑定の儀編

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 今日の実戦訓練もいつも通り始まった。

 始まったものの、赤の樹林の様子がいつもと違う。うまく言葉にできないけど、何かが違う。

 どんよりして今にも雨が降ってきそうな天候なのは仕方ないとして、赤の樹林が静かだ。気持ち悪いほどの静かさだ。どことなく違和感がある。

 ふと、ジンが立ち止まった。

「今日は奥まで行くのはやめましょう」

「通路の確認はしないってこと?」

「そうです」

 赤の樹林の奥、深部に目を向けたまま、ジンが返事する。

「今日が最後なのに?」

 ジンが言葉に詰まった。

「ジンも聞いているんでしょ。今回で最後にするように、って」

 ジンも何も言わなかったので、ついつい忘れていたけど。父から今回で実戦訓練は最後にするよう、専属に話がいっているはず。

「今日が最後でもなんでも、樹林が静かすぎます」

「樹林が静か。ジンもそう思うんだ」

「はい、こんなに静かなのは初めてです」

 気持ち悪いですね、と続けるジン。

 鳥のさえずりや羽ばたく音、虫の声はもちろんのこと、葉が擦れ合う音も一切ない。
 樹林そのものが息を潜めているようだ。

「ここでは精霊から情報が得られません。自分の五感に頼るしかないのですが……」

 ジンが言葉を濁す。

「ジンの五感も樹林の様子が変だと言ってるのね?」

「少なくとも、いつも通りではありませんね」

 なるほど。

 ジンはそれなりに場数を踏んでいる。そのジンの直感が、この状況を気持ち悪いと感じている。

 今日が最後の実戦訓練だとはいえ、違和感の正体が分からない以上、私も無理をするつもりはない。残念だけど。

「今日で最後になるので、いつも通りのことができないのは残念ですが。
 通路は確認せず、異変がないか周りだけ確認しましょう」

 赤の樹林という名がついている場所は、王国内に数カ所ある。
 その中でもここ、大神殿に隣接する赤の樹林は、黒の樹林を含めても最大規模を誇る。

 単純に平地が森となっているのではない。
 山に挟まれた渓谷を中心として広がって、起伏に富む地形をしている。

 赤の樹林を挟んで王都と反対側には、能力鑑定の儀をおこなう大神殿がある。

 大神殿へ行くには、赤の樹林を囲むように敷かれている街道を使って遠回りをするか、赤の樹林を突っ切る通路で近道をするかの二者択一だ。

 赤の樹林を囲む街道は、それ自体が魔法陣になっている。
 赤の樹林が街道を越えて広がらないよう、大神殿が結界を張って管理しているらしい。

 樹林を突っ切る通路の方は、大神殿で管理していない。
 そのため、実戦訓練で通路の状況確認や補修も行っている。
 今日も状況確認をする予定だった。

「私は混沌の放出量に異常がないか、確認します。
 ネージュ様は辺りに生き物がいるか、何か異常がないか、確認しながら移動してください」

「分かったわ」

「何か見つけたら報告をお願いします。単独行動はしないこと。移動はしていいですが、目の届く範囲でお願いしますね。
 えーっと、それから……」

「いや、もういいから」

 またジンの話が長くなりそうなので、途中で遮り、行動に移る。私の担当は外縁部周囲の確認ということで。

「じゃ、確認作業に入るわね」

「くれぐれも慎重にお願いしますよ」

 私はジンに声をかけ、確認作業に入った。
 とは言っても基本は探索なので、うろうろするだけ。慎重にうろうろしよう。




 しばらくの間、赤の樹林の外縁部を探索したが、小動物一匹、現れない。
 樹林の深部より外縁部の方が生き物の類が少ないとはいえ、まったく姿を見かけないのは違和感バリバリである。

「とはいえ、目に見えて異常はないんだよね」

 うーん、絶対に何かおかしいんだけど、おかしい原因やら正体やらが見つからない。

 地面や植物の状況を見ながら歩いていたら、いつの間にか、ジンと離れてしまった。

 ジンもこっちには注意を払っていない。短剣で木の表面を削っては何かやっている。
 おそらく、混沌の放出量の確認をしているのだろう。

「こういうときこそ、注意深くいかないとね」

 そうそう、慎重に慎重に。

 垣間見える空は、相変わらずどんよりしていて、何時なのか見当もつかない。

 樹林の深部を見やると、こっちより重苦しい気が漂っている。混沌だ。なんだか嫌な感じがする。
 寒気がするわけでもないのに、無意識に自分の腕をさすりながら歩いていた。

 気を取り直し、深部から視線を外そうとした瞬間、

「あれ?」

 遠くの木々の隙間から、何か見えたような気がした。よく目を凝らす。でもよく分からない。 

 何か見えたのか、見えたような気がしただけで何もなかったのか。確認しようかどうしようか、一瞬、迷う。

 気になることをそのままにするのも、ちょっと気持ち悪い。スッキリしない。

 何かが見えた方=深部の方へちょっとだけ行ってみようか。ジンの目の届く範囲から出ないようにすれば大丈夫だろう。

 ジンの方も集中して作業をしているようだったので、声はかけずに移動を始める。

 辺りにも注意を払いながら、何か見えた方にゆっくりソロソロと向かった。
 突然、何か起きても対処できるよう、慎重に慎重に。

 そして、もう少し深部に踏み入っても大丈夫かな、というところまで来たとき。

 何かが見えた!

 はっきりとは見えなかったけど。やっぱり何かいる。もぞもぞと動いている。

 もう少し行ってみよう。

 何かを見つけられたことに夢中になっていた私は、そのままソロソロと歩いていった。

「……………………ゥ」

 声だ、かすかに声が聞こえる。

 きっと、あの岩の向こう。
 あそこまで行けば、何がいるか確認できる。

 歩いていくにつれ、重苦しい気はどんどん濃くなる。ヤバい気配しかしない。でも、いまさら引き返す気もない。

「………………ルゥゥゥ」

 声が徐々にハッキリしてくる。
 あと、もう少し。

 重苦しい気をかき分けてジリジリと進む。いつの間にか、暑くもないのに汗がジットリしていた。

 そして、目当ての岩までたどり着いたときには、ジンのことなんて私の頭からスッポリ抜け落ちていて。

 その岩の陰から、あれを目にしたとき、ジンから言われた注意事項は欠片も残っていなかった。
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