精霊魔法は使えないけど、私の火力は最強だった

SA

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1 鑑定の儀編

1-0 ピンチは突然やってくる

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 今日は私の誕生日だ。今日で十六歳になる。

 このエルメンティア王国では、十五歳を過ぎて、ある条件を満たせば立派な大人。成人だ。

 私もあとは条件を満たすだけ。立派かどうかは自分では分からないが、大人の仲間入りができるのだ。
 そうすれば、親や家族の同意不要で、できることが広がる、はず。

 私はその日が来るのをとても楽しみにしている。最近、心待ちにしているのは、それくらいだ。

 十六歳の誕生日とはいっても、何かあるわけでもない。何かあったのは九歳の誕生日まで。
 何もない、いつもの生活となんら変わらない誕生日を過ごすのには、すっかり慣れた。

 ただし、今日は父との面談の予定が入っている。
 父との面談は数カ月に一度のペースで行っているが、今回は誕生日に当たってしまった。
 よりによって今日に当たるなんて。慣れてはいるといっても、気分は完全に灰色だ。

 面談は、ふだんの生活の様子を報告し、勉学や訓練の進捗を確認するだけ。
 わざわざ今日にしなくてもいいのに。それとも、私の誕生日を覚えていないからこその日程設定なんだろうか。
 後者だったら、余計にムカつく。

 私は頭の中をまとめながら、指定された時間ピッタリに父の執務室を訪ねた。

「ネージュです」

「入れ」

「失礼します」

 入室すると、分厚い本がぎっしり詰まった本棚に囲まれる。

 父の執務室はいつも、本とインクとお茶の匂いしかしない。
 花でも飾ってあればいいのにと思う。

 だからといって、私が父のために飾り花を用意する気はまったくない。

 父から無言で着席を促され、父の前のソファに座る。
 しっとりした革の感触がなんとも言えない。年代もののようだが、さすが父の執務室、手入れが行き届いている。

 この部屋での会話はいつも息がつまりそうになるが、このソファの座り心地は私の心を癒してくれるほど心地よい。

 今日もソファの座り心地に満足していると、父から最近の進捗を質問される。そして、いつもの報告が始まった。

「最近、黒の樹林で魔物の出現が増えているそうだ」

 次の実戦訓練の話になったとき、父がそう切り出した。

 それは私も知っている。

 最新の王室広報誌にも、魔物出現に対する注意喚起が載っていた。日刊の報道記事や週刊の情報記事も、魔物の話題に事欠かない。

 外出を制限されているし、友達どころか知り合いもまったくいないので、私が知り得る情報は、こういったものか、私の専属から聞く話くらいだ。

「第八師団も新人の精霊術士に被害が出ている。怪我だけならまだ良いが。第二師団の警備部隊も、先日の討伐で死者が出たそうだ」

 魔物討伐で死者が出るのは珍しくない。
 訓練された騎士や衛士にだって、討伐のたびに被害が出るくらいだ。
 一般人が遭遇したらひとたまりもない。

「ところで、こんな時期に赤の樹林で実戦訓練をする必要はあるのか?」

 こんな時期ってどういう意味だろう。

「赤の樹林では遭遇報告はないと聞いています。王国騎士団からの情報でも、問題ないということです」

 私はあらかじめ聞かされていた情報を、父に伝える。

「お前は別に、家門を背負って何かする必要はない。期待もしていない。
 魔物の出現で騒がしいときに実戦訓練などしなくてもよかろう」

 期待されていないのは分かっているけどね。いちおう父親なんだし、もう少し言い方を何とかしてくれないかなぁ。

 言われるたびに、役立たずだと責められているようで、苦しくなる。

 それに、実戦訓練の話は書類提出前に、必ず、父に報告している。書類提出したことも、受理されたことも同様だ。

 なのに、いまさら、予定を変更しろと?

「実戦訓練の書類はすで提出して、受理されていますので」

 数カ月に一回くらいしか会わない人に、ふだんは何もかも使用人たちに任せきりの人に、あれこれ口を出されたくないわ。

 父による実戦訓練中止の提案を私はやんわり却下した。
 私が頑として意見を変えないのを見て、父は大きく息を吐いて、こう告げる。

「分かった。だが、今回が最後だ。
 とくに何か成果を期待されているわけでもないんだ。今回で実戦訓練は終わりにして、嫁入りの仕度でもすればよい」

 父は、お前は技能なしだから嫁ぎ先が見つかりにくいと言うわりに、去年くらいからか、嫁入り云々言うようになった。余計なお世話だ。

 でも、縁談の話があって父が受けたら、私はそこに嫁いでいかなくてはならない。
 たとえ、見ず知らずの相手だとしても。

 だって、そのくらいしか、家門の役に立たないのだから。

「それなりの家門を見繕って、嫁げばいいだけだ。勉学も訓練もほどほどでいい」

 私の気持ちを知ってか、父は無遠慮にそう話す。そして、取って付けたように訊いてきた。

「それと。必要なものや欲しいものはあるか?」

 期待してないって言わない家族。
 と言いたいところだけど、頑張って言葉を飲み込む。

 日用品や身の回りのものは足りている。欲しいものがあれば使用人に伝えている。

 とくにない旨、返答した。
 父は「そうか」と小さく答えたのみだった。

「お前の専属と教育係には伝えておく。今日はもう下がっていい」

 こうして父との面談は終わった。

 念を押しておく。家族との団欒ではない。
 父親という上司との面談だ。業務報告だ。ああ、疲れた。

 九歳までは、誕生日は一年で一番特別な日、待ち遠しいものだったのにな。

「今年も、誕生日おめでとう、の言葉もなかったな」

 誰ともなしにつぶやいてみた。

「いちおう、誕生日おめでとうのカードくらいは、私も贈ってるんだけどな」

 技能なしと鑑定されてからは、誕生日カードは誰からも届かない。

 私は自分の部屋に帰り、自分の誕生日をひとりで堪能することにした。
 これも毎年のことだ。
 専属の侍女と専属の護衛騎士、この二人がひっそりと寄り添ってくれるだけの、静かな誕生日。

 来年こそは少し賑やかな誕生日であることを祈りながら、今年も一日が過ぎた。




 誕生日から一週間、最後の実戦訓練の日。
 これで最後になるかと思ったら、寂しいというより、最後だから頑張らないとという気持ちの方が強くなる。

 期待してない、ほどほどでいい。

 父には悪いが、やれるだけやってみたい、頑張れるだけ頑張ってみたい。

 先天技能は努力でどうにもならないけれど。それ以外は、努力すればなんとかなるものだ。
 この六年間そうやって頑張ってきたし、これからも頑張り続けたい。

 努力していれば、父だって他の人だって、きっといつかは認めてくれる。
 私はそう信じながら、護衛騎士を伴い、実戦訓練へと出かけていった。
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