阿修羅の墓

相模兎吟

文字の大きさ
上 下
3 / 9

第三章 光輝

しおりを挟む
第三章 光輝こうき

 目を覚ますと温かい布団の中にいた。かたわらには見知らぬ男がいた。じっとこちらを見下ろすその目は獣のように光っていた。男は人間ではなかった。そのことに気づくと、恐怖で声を出すこともできなかった。

 「気が付いたか。」
 男が言った。
 「お前のために居を整えたんだが、まだ手狭てぜまかな。」
 男が続けて言った。話が見えなかった。
 「どうした?まだ傷が痛むのか?全部治してやったはずだが。どれ、見せてみろ。」
 横たわる私に男が手を伸ばして来た。とっさに手を振り払った。
 
 「怖いか?」
 男が尋ねた。新米陰陽師しんまいおんみょうじの私でも分かった。この男はこれまで対峙たいじしたどんなあやかしよりも強い。まと妖気ようきが濃く、むせ返りそうだった。

 「俺は光輝こうき。皆、銀狐ぎんこと呼ぶが、お前はこの名で呼ぶといい。安心しろ。取って喰いやしない。小子、お前は俺の妻だ。」
 「は?」
 「ここは俺の根城。幽世にある。知っているだろう?人間の世界の裏にある、現世ではない妖の世界。それが幽世だ。私と一緒でなければここを出ることも帰ることもできない。現世に用がある時は言え。連れて行ってやろう。」
 光輝はそう言った。

 「私・・・私は戻らないと。怪我人が・・・」
 精一杯勇気を振り絞ってもそれだけしか話せなかった。
 「ああ、あの倒れていた男のことなら、心配いらぬ。お前の知り合いだろうと思って、助けてやった。」
 光輝はそう言って意味ありげに私を見た。

 「これでもう現世うつしよに心残りはなかろう?お前は陰陽師おんみょうじと言っても弱く、いずれあやかしえさとなるのが落ちだ。幽世かくりよでもここにいれば安全だ。外に行く時は俺が守ってやろう。」

 『ここで暮らす』の一択しかないような言い方だった。だが流れに呑まれて一度承諾してしまえば二度と帰れないことは分かっていた。彼らあやかしとの約束は絶対なのだ。ただの口約束だと、安易に結べば一環の終わり。破れると思ったら大間違いだ。妖は約束という繋がりを糸のように手繰たぐり寄せ、必ず私たち人間を見つけ、約束を果たすように迫って来る。

 「私は戻らないと・・・」
 震える声でもう一度そう言った。
 「そうか。ならば現世うつしよへ連れて行こう。」
 意外ほど光輝こうきはあっさり引いた。てっきり三日三晩この状態で膠着こうちゃくすると思っていたから拍子抜けした。

 「どこへ送ってやればいい?」
 光輝こうきが尋ねた。
 「京都へ。」
 「分かった。」
 光輝こうきは快くそう言った。もしかしたらあやかしなのではないかとさえ思った。

 「小子、すぐに連れて行ってやる。目をつぶれ。人間が俺たちの道を使うと酔うからな。」
 光輝こうきに言われるがまま目を閉じた。
 目、鼻、耳、口。光輝こうきの唇が触れた。
 「俺の力を分けてやる。」
 耳元で光輝こうきが囁いた。
 目を開けると、私は桜の花が咲き乱れる京都の伏見稲荷大社ふしみいなりたいしゃにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

生贄少女は九尾の妖狐に愛されて

如月おとめ
恋愛
これはすべてを失った少女が _____を取り戻す物語。

処理中です...