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第一章 浅井小子
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序
我は阿修羅の体を四つに引き裂き、四つの壺に納めた。十二神将に命じ、阿修羅の塚を四方に築かせた。首塚、胴塚、手塚、足塚。長き歳月を経てその封印が解かれようとしている。
第一章 浅井小子
「狐祓いの儀式は終わりました。」
若い女が淡泊に言った。
「これで終わりですか?」
呆気なく終わったので中年の女が心配そうに尋ねた。
「はい。」
若い女はまた淡泊に答えた。表情もなく、愛想というものが感じられなかった。この女は駆け出しの陰陽師で、名前を浅井小子と言った。中年の女は依頼人で、庭の畑が夜な夜な荒らされることに悩まされていた。柵を作って獣除けを試みたが、翌朝には柵は壊されていた。そこで町役場に相談したところ、近くの山で山狩りが行われた。男衆十人が山に入り、一人が行方不明になった。誰もが熊に襲われたか、崖から滑り落ちたのだろうと言ったが、数日後に男は山から戻って来た。泥で汚れて擦り傷も作っていたが、無事だった。
ただ男は山から下りてきた直後、朦朧とした意識の中で『狐が狐が…』と繰り返し力なく叫んでいたと言う。下りてきた男を発見した者がそう証言した。当の本人は病院で目覚めた時には何も覚えていなかったが。依頼人の女は知人の勧めで陰陽師を頼った。抵抗がないと言えば嘘になるが、山から漂う異様な気配に日々不安が募り、ただの獣の仕業ではないと思うようになっていった。
「盛塩を忘れないように。」
浅井小子はか細い声でそう言った。
「はあ。」
陰陽師というものは皆こんなものなのだろうかと思いながら女は頷いた。
「では、私はこれで。」
浅井小子はテキパキと片づけを済ませるとサッサと女の家から立ち去った。
次にその足が向かった先は目の前に聳える山だった。雲空の下、瘴気が煙のように立ち込めていた。
登り始めて小一時間、高くはない山だからすでに中腹辺りを歩いていた。浅井小子は先にこの山に入った先輩陰陽師の後を追いかけているはずだった。だが、未だに姿が見えず、山道を外れた方角に先輩陰陽師の物と思われる鞄が落ちていた。何かあったことは明白だった。
浅井小子は山道を外れて山の奥に入って行った。先輩陰陽師はすぐに見つかった。地面に転がり、虫の息だった。
「柿山さん!」
浅井小子が駆け寄って声をかけた。柿山の意識は戻らなかった。男一人を担いで下山するのは無理があった。
「柿山さん、助けを呼んできます。どうかそれまで持ち堪えて下さい。」
浅井小子は柿山に言うというよりも、姿の見えない何か祈るように言った。
その場を後にしようと浅井小子は駆け出した。だがすぐにその道を阻まれた。森の木々の間から無数の野狐たちが現れ、浅井小子をグルグルと取り囲むと、襲いかかった。一匹の野狐が首を狙って飛びかかり、振り払おうと掲げた腕に噛みついた。すかさず二匹目が飛びかかり、肩に噛みついた。三匹目が足に噛みついたところで、浅井小子はその場に崩れ落ちた。
我は阿修羅の体を四つに引き裂き、四つの壺に納めた。十二神将に命じ、阿修羅の塚を四方に築かせた。首塚、胴塚、手塚、足塚。長き歳月を経てその封印が解かれようとしている。
第一章 浅井小子
「狐祓いの儀式は終わりました。」
若い女が淡泊に言った。
「これで終わりですか?」
呆気なく終わったので中年の女が心配そうに尋ねた。
「はい。」
若い女はまた淡泊に答えた。表情もなく、愛想というものが感じられなかった。この女は駆け出しの陰陽師で、名前を浅井小子と言った。中年の女は依頼人で、庭の畑が夜な夜な荒らされることに悩まされていた。柵を作って獣除けを試みたが、翌朝には柵は壊されていた。そこで町役場に相談したところ、近くの山で山狩りが行われた。男衆十人が山に入り、一人が行方不明になった。誰もが熊に襲われたか、崖から滑り落ちたのだろうと言ったが、数日後に男は山から戻って来た。泥で汚れて擦り傷も作っていたが、無事だった。
ただ男は山から下りてきた直後、朦朧とした意識の中で『狐が狐が…』と繰り返し力なく叫んでいたと言う。下りてきた男を発見した者がそう証言した。当の本人は病院で目覚めた時には何も覚えていなかったが。依頼人の女は知人の勧めで陰陽師を頼った。抵抗がないと言えば嘘になるが、山から漂う異様な気配に日々不安が募り、ただの獣の仕業ではないと思うようになっていった。
「盛塩を忘れないように。」
浅井小子はか細い声でそう言った。
「はあ。」
陰陽師というものは皆こんなものなのだろうかと思いながら女は頷いた。
「では、私はこれで。」
浅井小子はテキパキと片づけを済ませるとサッサと女の家から立ち去った。
次にその足が向かった先は目の前に聳える山だった。雲空の下、瘴気が煙のように立ち込めていた。
登り始めて小一時間、高くはない山だからすでに中腹辺りを歩いていた。浅井小子は先にこの山に入った先輩陰陽師の後を追いかけているはずだった。だが、未だに姿が見えず、山道を外れた方角に先輩陰陽師の物と思われる鞄が落ちていた。何かあったことは明白だった。
浅井小子は山道を外れて山の奥に入って行った。先輩陰陽師はすぐに見つかった。地面に転がり、虫の息だった。
「柿山さん!」
浅井小子が駆け寄って声をかけた。柿山の意識は戻らなかった。男一人を担いで下山するのは無理があった。
「柿山さん、助けを呼んできます。どうかそれまで持ち堪えて下さい。」
浅井小子は柿山に言うというよりも、姿の見えない何か祈るように言った。
その場を後にしようと浅井小子は駆け出した。だがすぐにその道を阻まれた。森の木々の間から無数の野狐たちが現れ、浅井小子をグルグルと取り囲むと、襲いかかった。一匹の野狐が首を狙って飛びかかり、振り払おうと掲げた腕に噛みついた。すかさず二匹目が飛びかかり、肩に噛みついた。三匹目が足に噛みついたところで、浅井小子はその場に崩れ落ちた。
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