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16 蛇 セックスの虜
しおりを挟む首都高速も渋滞でしたが、その状況下ではむしろ好都合でした。時間を稼がなくてはならなかったからです。
一人で家に帰れと言うのが一番いいのですが、ちょっと心配でした。
あんなことをするようでは。タカハシの精神状態ではこれ以上の同行はさせられませんでしたし、かといって顧客を放り出して会社に帰るわけにもいきません。
さて。どうしたものか。
こういう時、社内のことがわかっていて、かつヒマそうにしているヤツがいればいいのに・・・。
思案していると、なんだ、いるじゃないかと気づきました。
助手席で落ち込んでいるタカハシを尻目にさっそく電話しました。
「どしたの?」
マユはすこぶる眠そうでした。
「昼寝中、悪いね。ちょっと頼まれてくれないかな」
「何を?」
「すぐ街まで出てきて。ちゃんとした格好でくるんだぞ。車で駅まで行けば一時間くらいで着くだろ?」
「・・・何があったの?」
「後から話す」
電話の向こうが沈黙しました。何かを引きずるような、くぐもった唸りのような・・・。
「おい。どうした」
「あたし、嬉しくって・・・」
「はあ?」
「たー君があたしを頼ってくれたのが、嬉しかったの!」
「おいおい・・・」
「あたし、頑張るから!」
何をするのか内容も言ってないのに。
こいつも追い詰められていたのかな。追い詰めたのは、俺なんだろうなきっと、と思いました。
「・・・気を付けてな」
電話の向こうのいじらしい風情が想像できました。夫婦として再出発をしたばかりです。本当は他人の揉め事なんかを解決してる場合じゃないのですが。
電話を切り、助手席で俯いているタカハシに質しました。
「君は実家? それとも独り?」
「アパートで独り暮らしです」
「じゃあ、こうする。今からタケダ課長に電話するから途中で代わって、気分が悪くなったので今日は帰らせてください、そう言いな」
「・・・はい」
「君、疲れてるんじゃないか? 精神的に。寝てないだろ」
「・・・実は、そうなんです。ここ一週間ぐらい・・・」
「やっぱりな・・・」
俺はため息を呑み込んで言いました。
「これから俺の嫁が来るから、話を聞いてもらえ。それから、良かったらだけど、今日は俺の家に泊まりな。独りでいるより、誰かと一緒にいたほうがいい。ウチの嫁は君の先輩だから、何かと力になってくれるよ。良ければ、そうしな」
「先輩はどうするんですか」
「君を嫁にバトンタッチして、もう一社回って会社に帰る。タケダさんにはうまく言っておくよ」
真夏の駅前の雑踏の車寄せに入り人波に目を凝らすとマユはすぐ見つかりました。着替えて来いといったのに、いつものTシャツにショートパンツにビーチサンダルの軽装、しかも長身のマユは人ごみの中でもとても目立っていました。
「お前なー。着替えて来いって言ったろ? なんだ、そんな恰好で」
「着替えたよ。洗濯したてのTシャツに短パンだよ、これ」
ちょっと頭痛がしてきましたが、何とか堪えました。
「・・・まあ、いい。会社のタカハシ君だ」
そうして手短に事情を話し、後をマユに委ねました。
「タカハシ。後はウチの嫁に任せるといいよ。ゆっくり休みな」
「・・・ごめんなさい先輩。申し訳ありませんでした」
真夏の雑踏の中で、彼女は深々と頭を下げました。
マユとタカハシが改札の中に消えるのを見届け、残った訪問を済ませて会社に戻りました。
二課のタケダ課長に報告して自分の席に着くとタキガワと目が合いました。険悪な表情の彼は何故かすぐ目を反らし、端末に向かいました。異様な空気を感じました。
俺はメモ用紙に「何か、あったの?」と書き、隣の席にいた後輩の女性社員に渡しながら首を傾げました。彼女はメモを裏返して何やら書き込んで俺にくれました。
「彼、今日六件も失注して課長に叱られたみたいです」と書いてありました。
課長の「アイツは早晩躓く」という言葉が現実のものになったのでしょう。でもそれが、俺に何の関係があるんだ?
考えても仕方ありません。報告書を書き上げ、残業せずに家に帰りました。
マユはリビングで多肉植物と格闘していました。最近彼女はこれに凝っていたのです。
俺が目で「?」と聞くと、上を指さしてから合わせた両手を傾けて頬を載せました。
「結構疲れてたみたい」
「そのようだな。ありゃ、まいったよ」
俺はラブホテルに拉致されかけた経緯を話しました。
「挑発してきたり、急に涙ぐんだりさ。情緒不安定ってやつだな、あれは」
マユの目が猜疑心丸出しで俺を見ていました。目が糸のように細くなってました。
「・・・ヤッてないでしょうね」
「ヤってねーよ! ヤレるわけないだろッ、あの状況で」
「シーッ。冗談に決まってるでしょ、バカ」
マユが冷蔵庫から缶ビールを出してきてくれて、それで一息入れました。
「で?」
と、何かわかったか尋ねたのです。すると、
「タキガワ!」
汚いものでも吐き出すようにマユは言いました。
「あいつか」
あのフレームレスの眼鏡の奥の冷酷な目が脳裏に浮かびました。アイツが新入社員に手当たり次第にコナをかけて袖にしてきた犯人だったのか、と。
「アイツさ、あたしにもチョッカイかけてきたことあるんだよ。知ってた?」
「え、そうなの?」
「それがシツッコクてさあ。他にもいろいろ。しかも、広範囲。同期で何人か口説かれたって言ってたコいたもん。なんつうの? 手あたり次第? そんな感じ。引っかかってたコもいたなあ。辞めちゃったけど」
「マジか」
「マジマジ」
「タカハシも同じようなコト言ってたなあ」
マユは俺のビールを横取りしてグビグビ飲んでから額を寄せて来ました。
「で、どうすんの」
「どうするって?」
「だって何とかしなきゃ。どんどん被害を受けるコ増えるよ、このままじゃ」
「と、言ってもなあ。タカハシもそうだけど、トリコになっちゃったらしいんだ、アイツの。キッカケはともかく、自由恋愛なら、違法性は無いしなあ。レイプされた、なんて訴えるコがいれば話は別だけど」
「何で? だって捨てられて辞めちゃったコがいるんでしょ? 現にあの子もそうなっちゃいそうなんでしょ?」
マユはそう言って天井をつつきました。
「だからさ、まず本人がそれをおおっぴらに出来なきゃ、手も足も出せないよ。人妻に手出してるわけじゃないしさ」
マユはソファーにふんぞり返って胡坐をかき腕組みして天井を仰ぎました。
「納得できない」
「まあ、折を見てミヤモトさんにでも話してみるよ、内々に」
「納得できない」
次の日、課長を非常階段に誘いこの件を伝えましたが、やっぱり結論は同じでした。
「過去にアイツにヤリ捨てられたコ達が団結してプラカード持って社内練り歩いて抗議活動でもすれば話は別なんだろうけどなあ。それで、タカハシは?」
「これから嫁が起こして会社に連絡させることになってます。それから、必要であれば病院にも。でも、その場合はタカハシの実家に連絡しなきゃならんですよね」
「まあ、待て。それをするとコトがデカくなる。本人が復帰しにくくなってしまうぞ。コタニには悪いが、もう一日お前の家で静養させて様子を見よう。それからでも遅くないだろう」
「そうですね。じゃ、嫁に連絡しときます」
その日の夕方、タカハシは目を覚まし、自分の部屋に帰りました。次の日に元気な顔で出社してきたので、一応安心しましたが、課長も俺もその元凶であるタキガワをどうすることも出来ず、歯噛みする思いでした。
「何でアイツがそんなにモテるんだ? 俺よりチンコデカイのかな」
「課長に敵うヤツなんかいないですよ」と追従を言ったら、ニヤニヤ笑っていました。
それから一週間ほどしたある日。
前の晩に終電に間に合わず、会社に泊まり込んだ翌朝に、今日もひょっとすると泊まりかな、と思ったので、一度家に帰って着替えやらなにやら持ってこようと、課長に許可を取り十時ごろに家に帰りました。一度家とマユのケータイに電話しましたが、どちらも出ませんでした。家に着き、マユの軽自動車があるのを見て玄関に向かいました。引き戸ににカギがかかっていないことに気が付きました。不用心だなと思いつつも、マユに着替えの支度を頼んでシャワーでも浴びようかと、キッチンに向かった時です。押し殺したようなうめき声がしました。
「まさかっ?」
一瞬、そう疑いました。
またオヤジかっ?!。
あれほどのやりとりを経てなお、俺を・・・。一瞬そう疑ってキレそうになりました。今度こそ本当に殺してやろう。そこまで思いつめました。
でもそれは、大きな勘違いでした。
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