疫病神の誤算 -母親に殺されかけた少年が父親になろうとしてやりすぎて娘にベタベタされる話-

kei

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 あの悪夢のような祭の記憶も覚めやらないのに・・・。まさかとは思うが、この治夫の「ボー」に美奈が絡んでいるのだとしたら絶対に許せん。治夫はまだわざとらしく脛を擦り続けていた。念のために問い詰めてみた。
「ハルオ、もしかして、まさか、出張とかウソついて美奈と大阪で・・・」
「バカ野郎! あるわけないだろそんなの。アレか。祭の事まだ根に持ってるのか。アレはさ、美奈ちゃんと一緒にちょっとお前を揶揄っただけじゃないか」
「あの子に思わせぶりなことしちゃって。ウチ知らんでね、どうなっても。あの子、もしかすると一生結婚しないかも。そうなったら治夫のせいだでね。責任とってとか言われるでね」
 治夫の顔が気の毒なほどに蒼褪めたのが面白かった。それでちょっと溜飲が下がった。
「ウソウソ。冗談に決まってるじゃん。すぐ本気にするもんで」
 治夫はすぐに顔に出る。だから扱いやすい。
 これでどうやら美奈は関係ないことがわかった。ほっとして、父のビールグラスを奪い一気に飲んでみた。
「あ、このヤロウ! 未成年のくせに」
 グラスをドンとテーブルに置いてげっぷをした。
「前から思ってたけんさあ。治夫ってさあ、お母さんいなくなってからなんか・・・」
「なんだよ」
「やっぱ、いいや」
「おい。言い出しかけて止めるなよ。気になるじゃないか」
「いいよ別に。下んないこん・・・」
「あのな、由梨。俺も前からいつかは言おうと思っていたがな」
「げっぷ。あ?」
「お前は俺の何?」
「恋人お?」
 爪の甘皮をチェックしながら、つまらなそうに由梨は答えた。
「おい!」
「じゃあ、げっぷ。愛人?」
「お前なあ・・・」
「わかったよ。内縁の妻でいいよ。げっぷ」
 治夫はテーブルを叩いた。
「娘だろ、俺の!」
 治夫は吼えた。
「もう何万回も何億回も言ってる。お前は俺の娘。俺はお前の父親。それ以上でもそれ以下でもないの。ただそれだけなの!」
「秋刀魚、うまいねー。さすが旬。脂がのってるっつーの?」
「ごまかすな」
「はいはい」
「いいか、よく聞け。いつかお前にいい人が出来て、お前と一緒にバージンロード歩くんだ。そいで、一番遠くの席から高砂のお前を眺めるんだ。あちこちのテーブル回って、娘をよろしくお願いしますとか言っちゃうんだ。それでしこたま飲まされたりもするけど、全然酔えないんだ。そいでお前が今までありがとうお父さんとかいう長い長い手紙を読み聞かされて涙腺崩壊するんだ。そいで花婿のお父さんがまだ未熟な二人ですが暖かく見守ってなんちゃら言うの聞きながら目頭抑えるんだ。そいで、二次会に行くお前ら見送って幸せになるんだぞとか言っちゃうんだ。そいで折り詰めぶら下げて誰もいない暗い家に帰って来るんだ。そいでもって礼服のままレンジで熱燗チンしてアルバム見ながらチビチビやって。可愛かったな、あの男にゃ勿体なかったな、とか母さんの仏壇の前で言ってうるうるしながら寝ちゃうんだ。そういうのが、俺のささやかな望みなんだ」
「長っ。キモっ。チンケな望み。げっぷ」
「ちんこが望み? あのなあ、女子高生が大声でそんな言葉言うんじゃないよ。はしたない」
「ちんこじゃなくてチンケ! オヤジギャグつまんな過ぎ。イマドキ女子高生はそんなの平気だよ。ウチのクラスの女子なんかほとんど経験済みだもんで」
「・・・マジか」
「ウソだよ。げっぷ」
 治夫は深い溜息を付いた。
「いずれにしても、お前には関係のないこと。早く食って寝ろ。それからこの事、美奈ちゃん以外には言ってないだろうな。言ったら即叩き出すからな。美奈ちゃんにもしっかり口止めしとけ」
「この事って? ウチが治夫の内縁の妻だっつうこん?」
「だ、か、ら」
 父は苛立ってまたテーブルを叩いた。
「迂闊にそういうこと口に出すなってこと!」
 由梨は腕組みしてテーブルに身を乗り出した。
「ねえ・・・あのさ。父一人娘一人の家族じゃん。そんなにウチ、信用できない? 頼りない? 仕事で何かあっただ? 何か心配事あるなら話してや。今日の治夫、なんか変だに」
 治夫はズーッと音を立てて味噌汁を啜った。
「やっぱ、これだなあ。日本の味はいいなあ」
 再び脛を蹴ろうとしたが、それより先に気配を察した治夫が両足をテーブルの下から抜いた。おびえたように膝を抱えている。急にバカバカしくなった。
「なにやってんのいい歳して・・・ばっかじゃねえの」
 決して美男ではない。でも他人を構えさせない柔和な表情と穏やかな目。ちょっと鷲鼻気味の鼻とダンボのような大きめの耳。子供の頃、父のこの耳を触りながら寝に着くのが大好きだった。今でもはっきりと覚えているし、出来るなら今でもそうしたいと思う。
 母を喪ってもう三年になる。いつか勝負に出てやる。そう思うと少しは気が晴れた。
「・・・あ、それよりお前」
「何?」
「志望校の提出まだしてないって本当か。担任の、なんてったっけ?」
「ああ、ハゲ山?」
「春山先生!」
 治夫は教師を綽名で呼ぶ娘を窘め舌打ちをした。
「その春山先生から電話があったぞ。進学希望じゃないんですかって」
「うん」
 治夫はまたまたテーブルを叩いた。
「おいー。テーブル壊れちゃうにぃ」
「何でだ。何のために進学校入ったんだ。同じクラスの子で他にも出して無い子いるのか」
「ううん。多分、ウチだけだら」
「何で。大学行かないのか」
「ウチ、ここで就職する」
 何を言い出すかと思えば。思わず由梨! と怒鳴っていた。
「何? コワいに」
「あのな、由梨。今のままの成績ならいいとこ入れるんだ。もう今は昔とは違うんだぞ。女性でもキャリアを持ってどんどん世間に出て行くべきだ。お前にはその力が十分にある。お父さんはそう思ってる。それだけ人生の幅が広がる。
 もったいないじゃないか、こんな田舎で埋もれるなんて。金の心配ならするな。お前ひとりぐらい余裕で私立の大学にだって行かせられるぐらいはある。大学に行って、見聞を広めて、いろんな人と交わって、良い伴侶を見つけて、子供を作って、幸せな家庭を築いて、豊かな人生を送って欲しいんだ。そういうふうになってもらいたいんだ俺は!」
「クサいセリフ。余計なお世話」
 由梨はお茶を啜った。
「何だと!」
「自分の将来は自分で決めるよ」
「お前、もしかして誰か好きな人いるのか? その子と将来を考えてたりするのか。それなら話は別だぞ。それならそれでいい。でも大学だけは行っておけ。必ずお前のためになる。結婚するならその後でもいいじゃないか」
「何でそういう話になるかやあ。いないよ、そんなもん。マジありえんわ。気分悪い。寝るし」
「あのな、由梨。この際だからお前に言っておこうと思う。俺な」
「何」
「俺、二月から本社へ転勤になる」
 それまでの対決モードが一変した。
「うそ・・・。マジ?」
「マジ」と治夫は言った。
「俺ももう四十五だ。所長として十三年も同じ営業所に勤務して来た。今まで再三本社からの内示を断り続けてきたが、もう、無理だ。これ以上断り続けることは出来ない。そうなるとお前のことも色々考えなきゃならん」
「ウチ反対! 何で二月? 急すぎるに!」
「しょうがないだろ仕事なんだから」
「だったら就職は無し。東京の大学に行ってハルオと一緒に住む」
「なんだそれ」
「なんでそんな大事なこん急に言うだ!」
 由梨は自分の食器を荒々しく流しに放り込み、ドスドスとダイニングを出て行った。
 結局由梨と喧嘩になってしまった。昼間かつての息子と会ってからなんだか調子が狂いっぱなしだ。もう少し飲みたくなって冷蔵庫を開けて、ふと思い出した。
「あ。康夫に電話しなきゃ」
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