二番目の夏 ー愛妻と子供たちとの日々— 続「寝取り寝取られ家内円満」

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08 内助の功

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 俺達の最初の商品になったのは、簡単に言うと、自分がまだ知らない、見えない才能が発見できるソフトです。
 発端は、俺の子供のころの話でした。

 俺は、オリンピックの候補選手で、大学や社会人チームのコーチや監督をしていたオヤジに強制的にバレーボールをやらされ、その後、前に書いた経緯でオヤジに嫌気がさした俺は、じいちゃんに剣道を、やはり半ば強制的に仕込まれました。
 どちらもそこそこのところまでは行きましたが、結局、両方ともそこそこで終わっていました。
 俺には、オヤジの抜群の運動神経も、じいちゃんの強靭な精神力も遺伝していなかったんだなあ。モチベーションも低かったし・・・。
 そんなことを、単なる昔話としてマユに話して聞かせたことがあったのです。
「最初から、俺にはそういうの、あんまり備わってないよ、才能なんかないよってのがわからせられてれば、オヤジもじいちゃんもあんなにしつこく俺に勧めることはなかったんじゃないかなって思うんだよなあ・・・」
 まだ結婚したばかり。「子会社の社長をやれ!」そんなイカリ社長からの無謀ともいえる「無茶ブリ」業務命令を受ける前のことでした。
 マユミを授かり、マユと、生まれてくる子はどんな子供になるか、どんな育て方がいいかを話していた時のことでした。大きくなり出していたお腹を擦りながら俺の話を聞いていたマユはちょっとだけ怪訝そうな顔をしました。
「それはちょっと、違うんじゃないかな」
「何が」
「お義父さんや、たー君のおじいちゃんは、必ずしもたー君を選手にしようと思ってやらせたんじゃないと思うよ」
「そうかなあ・・・」
 その時はそれで話は終わっていたのです。

 その後、例の無茶苦茶な指令を受けて呆然自失していたとき、マユがその話を思い出して、
「あの話やってみようか。とりあえずニーズがあるかどうか、心当たり聞いてみる」
 マユは自分の母校に足を運んで卒論の指導教官を務めてくれた教授に会い感触をリサーチしてくれました。そして戻って来て開口一番、
「やるよ」
 そう言いました。

 その教授が言うには、
「素質、ということをいうなら、フィジカルな部分とエモーショナルな部分の、少なくともその二つの側面をカバーするものであってほしい。ただ、インターフェース如何によってはまったくのおもちゃになってしまう可能性はある。発想は以前からあるけれど、そこが難しくて実現できていない。
 それに、膨大なデータを処理しなくてはならない。例えば腕の筋肉の電位変化一つとっても万を超える単位で多くのサンプルを取り、その平均値なり偏差値を取るなりして定数を確立しなければ。実に数学の一公式を新たに発見するぐらいの困難がある。
 だがもし、それに成功すれば、画期的なものになるだろう」
 ということでした。

「やるしかないじゃん。いいじゃん、失敗してもいいなら。とにかくやってみようよ。ダメ元なんだし」
 マユのその一言で、俺の覚悟も決まりました。
 それから、俺たちの地獄の一年が始まりました。

 引き抜く人材はもうすでに決まっていました。
「姐さんがやるなら、何でもやります。ぜひ俺を使ってください」
 アイダは、俺達が何も言わないうちから、教授の話から書き出した、一般的に必要とされるデータの項目一覧を手にして、
「これでとりあえずダミーソフトを作ってみます。そうすればイメージしやすくなりますよね」
 そう言って勝手に部屋にこもってしまいました。
 
 マユを復職させ、アイダを出向させました。
 しかし、まだデータを集める仕事が残っていました。
 社長の言葉に嘘はありませんでしたが、俺を「完全に自由にする」という一件だけは空手形になりました。それまで抱え、関わって来た案件のうち、やむを得ない理由でどうしても継続して取り扱わなければならない仕事が残っていたからです。
 俺は本社の業務と掛け持ちでしたからIDSに全力を注ぐことができませんでした。
 それでもなんとか片手間的に何件かの大学を回ってデータを提供してもらえるところを探しましたが、行くたびに断られました。
 どこの馬の骨ともわからない、何の実績もない俺たちに、長年蓄積した大切な臨床データを「どうぞ」と使わせてくれる大学はどこにもなかったのです。
 悩んだ挙句、かつて俺の妻をレイプしようとして会社を辞めた男の所に行きました。
 タキガワは驚いていました。
「俺なんかに、いいんですか?」
「いいもなにも。もう、俺だけじゃ無理なんだ。頑固な扉をこじ開けてくれるような、強力な営業力を持ったヤツが欲しいんだ。とにかく、データが欲しい。監修をしてくれる先生も。とにかく時間がないんだ。俺、そういうの頼めるやつ、お前しか知らないしさ」
 タキガワは俺の目の前でぽろぽろ涙を流しました。男泣き、というのを初めて見ました。
「なんだってやります。国内がダメなら、海の向こうに行ってでも、地の果てだって行きます。是非やらせてください」
 タキガワの後ろで彼の糟糠の妻であるタカハシも額づいていました。
 タキガワに捨てられたと、俺に相談しに来た彼女も、彼が失意に陥るとすぐに駆け付け、押しかけ女房になっていました。彼の巨根に骨抜きにされたというよりは、一度でも自分と契った男の苦境を見過ごせなかったのだと思います。情の篤い女だなと思いました。
「こいつの気持ちにも応えてやりたいんです。むしろ俺のほうからお願いします。やらせてください。お願いします!」

 俺達の最初の根城はアイダの小汚いアパートの一室でした。
 適当な物件が見つからないまま業務をスタートせざるを得なかったので、既に大型サーバーやワークステーションがギッシリ詰まったアイダの部屋で仕事を始めました。
 全てアイダの私物ですが、汚い部屋に不似合いな、最新鋭のマシンが揃っていました。アイダは給料のほとんど全てをつぎ込んで、自分だけの王国を築いていたのです。
「よかったら、事務所が出来るまで使ってください」
「でも、いいのか」
「嬉しいんス。また姐さんと仕事できるだけで。オレ、なんでもやります」
 俺達はさらに機材を運び込んで既に完成していたデモソフトの実用版を急ピッチで仕上げました。アイダは不眠不休。マユは何度もダメ出しをし、アイダの頭を張りケツを蹴っていました。
「こんなんじゃダメ。使い物になんないよ」
「でも、ペンタブじゃこれが限界なんス」
「タッチパネルは。それでやってみよう」
 マユは何度もハードメーカーに足を運び、改良に改良を重ねました。
 タキガワは全国の大学のスポーツ科学や脳神経の研究室をを虱潰しに当たって、実験結果や臨床データ、まとまった数のモニターと監修を引き受けてくれる学者を獲得するために毎日必死に這いずり回っていました。
 それでも芳しくない状況が続きました。
 何とか仕事の隙間を縫ってタキガワに同行し感触を掴みました。やはりデモソフトだけでは訴求力がなく、先行きの不安に何度か暗い気持ちになりかけました。それでも彼は諦めませんでした。
「まだ予定の半分も回ってません。姐さんやアイダさんが必死になって頑張ってるんです。必ず目標の数、契約取ります。約束します」

 深夜、会社帰りにアイダのアパートに寄って状況を見る日々が続きました。
 マユのお腹の中ではマユミがすくすく大きくなってゆきました。
 体を無理したせいで何度か危ない場面がありましたが、病院とアイダのアパートを往復するようにして何とか持ちこたえました。その度に根を詰めるなと無理矢理家へ連れ帰ろうとするのですが、
「コイツね、あたしが側にいないとダメなんだよ」
 アイダの頭を撫でながら、マユはよく言っていたものでした。少し妬けるのを感じながらも、妻の体を案じつつ見守るしかありませんでした。
 バレーで鍛えた女です。強靭な体力のお蔭もあったのでしょうが、マユにすれば、せっかく始めた小さな会社を何とか軌道に乗せ、俺の株を上げてくれようとしたのでしょう。その思いの強さが大きかったのだと思います。
「姐さん、もうダメっス。限界っス」
 やっと作ったプログラムが思うように上手く走ってくれず、部屋の天井に閊えそうなほどの大男が疲れた顔に涙を浮かべて弱音を吐くこともありました。
「刺激が足りないんだな」
 マユは大きくなったお腹を擦りながら、蹲って小さくなり頭を抱えてべそをかいているアイダを見下ろしそう呟きました。そして意を決したように俺を振り向くと、
「たー君、ごめんね。許して」
 アイダの頭を抱えて胸に押し付け、力を振り絞って強烈なヘッドロックをかけました。アイダは途端に悶え苦痛を訴えました。
「どうだ!」
 息を切らしながらマユは言いました。妊娠中に筋肉を緊張させるという危険行為を敢えてしてまで。
 マユが離れ苦痛から解放されてしばらく恍惚としていたアイダは見る見る血色を取り戻し、ウーッと唸って俄然PCに取り付き集中し始めました。
 冗談みたいな、ホントの話です。

 その後、マユたちの努力が実り、俺たちの最初の作品である、
「スポーツ版 能力才能発見ソフト みえるちゃん バレーボール編」は完成しました。
 すぐにタキガワが契約を取って来たいくつかの大学に試験納入されました。
 苦労の甲斐あってか、その反響は大きく、タキガワが密かに画策したいくつかのタイアップの効果もあり、すぐにマスコミに取り上げられ俺たちは確実に追い風を捕まえたことを知りました。
 社長からも「よくやった」とお褒めの言葉を頂きました。約束の一年に、なんとかようやく間に合ったのです。

 それからは怖いぐらいに右肩上がりの展開が続きました。
本社からは毎年二三人の新人が研修を兼ねて出向してくるようになりました。
彼らにも自由にアイディアを出させ、分野を問わず他にも様々なソフトを開発してゆきました。発足時より多くのスタッフを抱えるようにもなりました。上司にしてからがTシャツにショートパンツにビーサン履きという環境です。窮屈な本社とは違い皆自由に伸び伸びと意見を出し合い、実績を積み、成長してゆきました。
「みえるちゃん」についても次々に他の競技分野を追加して行きました。
 スポーツだけでなく音楽や芸術の分野にも応用できると若手の一人が気付き、同じようにデータを集め改良を重ねました。そしてそれらを次々に本社へライセンス供与していきました。
 やがて、俺たちが当初予想した通り画期的なマン=マシンインターフェースを持つ、「スマートフォン」が登場すると、ソフトを改変しスマートフォン用アプリとして本社から発売しました。
 それまでは国内向けだけでしたが、新たに英語版中国語版フランス語版アラビア語版を追加し、アプリはネットを通じて全世界に波及していきました。
 普及版を簡易版とすれば、より高度な、大容量のデータをインプットしそれを処理できるグラフィックボード搭載ワークステーション用の「プロフェッショナル版みえるちゃん」をも開発し、大学はもとより、プロスポーツの世界、野球、サッカー、バレー、バスケットボール、などのフロントや、将来のオリンピック選手を発掘する国の機関、スポーツ用品を販売する企業、芸術大学、果ては医大など医療機関まで販図を広げて行きました。
 本社は瞬く間に莫大な利益を上げ、それまでの企業向けソリューション事業の年間総売上に匹敵する巨大な成果をあげました。
 俺達は、気絶しそうでした。
 業界のサイトやスマートフォンのアプリ専用誌はもちろん、一般紙にも紹介され、俺たちは揃ってその年の社長賞を受賞し、目の玉が飛び出るほどのベラボーな賞金を貰いました。優に高級外車が余裕で買えるほどの額でした。各々の家族を同伴してハワイで豪遊したのも忘れられない、いい思い出になりました。
 それから俺たちは本社から課長待遇の辞令を受け、タキガワは本社に復籍しました。
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