二番目の夏 ー愛妻と子供たちとの日々— 続「寝取り寝取られ家内円満」

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05 まいったな。今度はマコかよ

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 家にいるときは努めて俺が朝飯を作ります。これは新婚時代からずっと続いているハセガワ家のシキタリみたいになもんです。
 家の事、5人の子供の世話、会社の経営、社員の管理・・・。
 全部マユにまかせっ放しにしてるわけですから、このぐらいは当然と思っています。

 朝、まだ眠っている妻と娘をそのままに、ベッドを抜け出しました。着替えて顔を洗い朝食の準備をしました。
 子供たちがぽつぽつと降りてきて身支度をし朝飯をパクつきだしたころ、漸くセーラー服のマユミが降りてきました。心なしか頬がほんのり赤くなっていて、俺と目が合うと恥ずかしそうに微笑みました。
「お父ちゃん、おはよ・・・」
 なんという可愛い笑顔でしょうか。 わが娘ながら、またも萌えます。
「おはよう。早く飯食っちゃえ」
「お父ちゃん、あのね、ちょっとだけギュってして」
 マユミが抱きついてきました。
 ますます、萌えます。
「なんだ、マユミは。おい、おまえら見てみろ。ねえね、赤ちゃんになっちゃったぞ」
 笑いながら抱きしめてやりました。
 コウジとマイは「ユミねえねばっかずるい~」と言いながらわらわらと寄ってきたので俺とマユミで抱っこしてやりました。
 テーブルで先に納豆ご飯を掻きこんでいたマコは、
「・・・なに? オエッ、キモッ!」
 マコのこういう反応はいつものことですが、コウタロウが無言でマユミを睨み、それから俺に鋭い一瞥を投げて席を立ったのだけはちょっと気になりました。


 子供達に続き、マユも出かけて行きました。
 IDSの会計責任者として本社の総務に報告するための月に一度の恒例行事です。もちろんTシャツにショートパンツではなく、舌打ちしてブツブツ言いながらもちゃんとストッキングを穿いてスーツに着替えてました。
 マユはこのストッキングが大嫌いなのです。
「たー君にはわかんないかも知れないけどさあ、この締め付ける感じ? あとムレムレするのがどうにもイヤなんだよね」
 まあ、月に一度のことですからガマンしてもらうしかありません。
「じゃ、行ってくるわ。マイ。センセーの言うことよく聞いてね」
「うん!」
「気を付けてな」
 出かけるマユをバードキスで見送りました。園児バッグをたすきにかけて黄色い帽子をかぶったマイがニコニコしながら俺を見上げています。
「お父ちゃんとお母ちゃん、らぶらぶーぅ!」
「・・・だろ?」
 次はこのおませなマイを幼稚園に連れてゆきます。家から10分ほどの道のりを手を繋いで歩きます。
 忙しくてたまにしかできませんが、マユミ、コウタロウ、マコ、コウジ。上の4人もこんな風にして送り迎えをしました。そして、マイも。夏の朝。心地よい風に吹かれながら小さな娘といろんな話をしつつ歩く道はいいものです。
 園が近づくにつれ、同じ送り迎えの親御さんたちがちらほら増えてゆきます。
「お早うございます!」
「お早うございます。あら、今日はパパなんですね。よかったねー、マイちゃん」
 マユミを送り迎えしたころは辛うじて20代でしたが、今はもう40を過ぎました。送り迎えの親御さんたちはいつも20代から30代前半のお母さんたちです。次第に大きくなるジェネレーションギャップに感じることもありますが、さすがに5人も育てていると顔を覚えられてお母さんたちの方から声を掛けられることが増えました。一回り以上も若いお母さんたちとさりげない会話を交わすのもまた、いいもんです。
 園に着きました。すでに登園している子供たちが園庭で元気に遊ぶ声が飛び交っています。門のところに立っている先生に挨拶し、娘をお願いします。
「お早うございます。じゃ、マイ。たくさん遊んでおいで」
「うん! じゃあね、お父ちゃん!」
 マユミから数えると足掛け12年間幼稚園児の親を務めていることになります。ですが、それも今年度いっぱいで卒業です。ホッとする反面、もうこれで幼い娘の手を引いて気持ちのいい登園をすることもなくなると思うといささか寂しい気持ちにもなります。
 家に戻り、事務所に出ます。
 久しぶりの事務所の朝。社員たちはもうあらかた出社して仕事を始めていました。デスクに着き、溜まっていた書類仕事に取り掛かりました。

 昼近くなり、マユもいないし昼飯は何にしようかと思案し始めた時、デスクの上の電話が鳴りました。見ると家の回線が点滅しています。
「はい、もしもし。ハセガワですが・・・」
 電話は小学校からでした。
「ハセガワマコさんのお父さんですか? 担任のオオハラです」
 オオハラ先生は俺たちと同年代のベテランの女の先生です。
 五月の個人面談に行ったマユは、
「デキる女、って感じの人でさあ。あたし、ちょっと苦手」
 そう言っていたのを想い出しました。
「ああ。いつも娘がお世話になっております」
 と、俺は言いました。
「いいえ。あの、お忙しいところ恐れ入りますが、今日の午後、よろしければ学校までご足労頂けませんでしょうか」
 たちまちイヤな予感がしました。
「あの・・・、もしかしてまた娘が何かやらかしたんでしょうか」
 マコには過去いろいろと苦労させられ通しだったのです。またか・・・。そんな想いが胸に迫りました。
「ええとですね・・・、あの、電話ではちょっと。できましたら4時ごろにおいでいただきたいのですが、ご都合はいかがでしょうか」
 マユの帰りは6時を過ぎると聞いていました。2時半にマイを幼稚園に迎えに行きます。集団下校でコウタロウとマコとコウジが帰ってくるのは3時半ごろです。コウジとマイの世話をコウタロウに頼んで行けばいいか。先生に、わかりましたお伺いします、と返事をし電話を切りました。
 幼稚園にマイを迎えに行き、おやつを与え、相変わらずアイダの仕事の邪魔をしているマイを軽く窘めながらPCに向かっているとコウタロウとコウジがただいま、と帰ってきました。
「あれ? マコは」
「アイツ、集合に来なかったから置いてきた」
 コウタロウはぶっきら棒にそう言うとコウジと一緒に二階に上がってゆこうとするので、その背中に声を掛けました。
「お父ちゃん、これからちょっと小学校まで行ってくるから、コウジとマイ頼むぞ」
 コウタロウは何で? というように振り向きました。
「マコの先生に呼ばれたんだ」
 コウタロウは無言でまたあの目をして俺を睨みドアの向こうに消えました。
「そろそろ時間か」
 呼ばれた理由は恐らくマコの日頃の生活態度についてのクレームでしょう。遅刻してはいけないので、早めに出ることにしました。
 アイダに事務所の留守を頼み、車で小学校に向かいました。
 道すがら、下校してくるマコに行き会いました。
 あろうことか、自分の赤いランドセルを近所のケンヤという男の子に抱えさせ、もう一人のミチヨシという男の子は鍵盤ハーモニカのケースと習字の道具が入ったケースを二セット、両手に下げていました。夏休みが近いので学校においてある道具を持ち帰ってきたのでしょう。
 マコはその二人を従えるようにして口笛を吹きながら片手を体操着のショートパンツのポケットに入れ、エノコログサをくるくる回して得意げに歩いています。まるでチンピラみたいでした。その歩き方はまるで小さなマユでした。小マユです。

 長女のマユミも長男のコウタロウもどちらかというと俺に似ています。俺がオフクロ似ですから、おばあちゃんに似たのでしょう。オフクロは色白で、奥二重の綺麗な目をした和風の美人でした。
 マコは完全にマユ似です。と言うより、マユの小さいころに瓜二つです。
 マユの利かん気な大きな目、広い額、まるっちい鼻、分厚な唇。その完全なコピーです。まるでクローンです。
 マユの子供の頃のアルバムの中にたくさんマコがいました。性格まで一緒だとは思いませんでした。二人の男の子を従えている姿が、マユがアイダとタキガワを従えている姿と完全に重なって見えました。
 常日頃忙しくて子供たちの生活の実態に触れる機会が少なかったわけですが、これは問題です。先生に呼ばれた理由が、マコのこういう態度についてであることを確信しました。
 俺は車を停めました。
 俺に気付いたマコは驚いたように立ち止まっていました。まさかこんな時間に父親に出会わすとは夢にも思っていなかったのでしょう。
 車を降りてランドセルを抱えているケンヤという男の子にありがとうと礼を言い、マコの赤いのを受け取り、無言で娘に背負わせました。それからもう一人のミチヨシ君にも礼を言い、習字と鍵盤ハーモニカのケースを受け取ってこれもマコに突き出しました。
「自分の持ち物は自分で持ちなさい。寄り道しないで真っすぐ帰るんだぞ。車に気を付けてな。みんなもな」
 マコたちにそう言い、再び車に乗りました。
 バックミラーでマコを見ていました。マコはしばらく遠ざかる俺を見送っていましたが、再び二人に荷物を持たせているのを見て頭を抱えました。
 子供たちのことはマユに任せっきりでした。やはり父親としてもう少し毅然と接しなくてはならない。俺は強くそう思いました。

 小学校に来るのは去年の秋の運動会以来です。
 四年三組の教室の廊下で待っていると、Tシャツに青いジャージを羽織ったオオハラ先生が階段を昇ってやってきました。
「お待たせしました。お忙しいところ恐れ入ります」と先生は挨拶して下さいました。
 いいえ、と恐縮していると、どうぞと促され教室に入りました。
 がらんとした教室の中には昼間の子供たちの喧騒の余韻が残っていました。
 壁に貼られた絵や写真を眺めている間に、先生は窓際の机と椅子を動かして即席の面接の場を作ってくださいました。
「どうぞ、お掛け下さい」
 オオハラ先生は黒いセルフレームの眼鏡をかけたカチッとした感じの女性です。もしスーツを着ていれば女検察官とか女弁護士とか、そんなキャリアに見えそうな感じのひとです。穏やかな微笑を浮かべてはいましたが、先刻のマコの行状のこともあり、俺はドキドキしていました。もしかすると顔が引きつっていたかもしれません。
「改めまして、本日はお忙しいところ恐れ入ります。電話でも申し上げましたが、直接お会いしてお話を伺ったほうがいいと思いましてご足労頂きました」
 そう言って先生は丁寧にお辞儀をし話し始めました。
「さて、マコさんですけれど」
 先生は、んんっと軽く咳払いをし、ピン、と伸ばした指でセルフレームの眼鏡を直しました。
「普段から明るくハキハキして活発な、何事にも意欲的に取り組むお子さんです。成績もいいです。友達付き合いも、上手くできています」
 そこまで一気に喋った先生は一旦言葉を切り、うん、と一つ頷くと再び口元にぎこちない笑みを作って俺を見ました。どう見ても切り出しにくそうな様子であることは明らかで、思わず身構えてしまいました。
「昨日の夕方、クラスのある男の子のお家から電話を頂きました。そのお母さんのお話と、今日そのお子さんとマコさんとこれからお話しする中で出てくるもう二人の男子のお子さんに確認した話としてお含み置き下さい」
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