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「スターリングラード」攻防戦

51 ステンカ・ラージン最後の戦(いくさ) 1

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 対岸のヴォルゴグラの村の西をカスピに注ぐ河も凍り、その河のすぐ東側の水溜りも完全に凍っているらしいのがわかった。ヘルマンの直衛部隊先頭集団が水溜りの上を大挙して向かってきたからである。




 グラナトヴェルファーの攻撃が止んだ直後、それは来た。
 チナ戦役でナイグンの丘を守備していた折も感じた、砂塵を巻き上げて猛速で襲って来る騎馬部隊の恐怖。それが何倍にも増幅されていた。
 真っ白な雪を舞いあげつつ、騎兵の全てが剣を抜いて一団となって向かってくる! さながら巨大なハリネズミの怪獣を思わせる、異様で恐ろしい姿。
「これがホンモノの騎兵部隊なんだ・・・」
 ビアンカの呟きが聞こえた。
 だが、勢いのまま全部隊がやって来るのかと、グラナトヴェルファーを指向させたが、どうも敵はその手には乗らなかった。
 約1個中隊100ほどがほぼ密集状態でやってきて、散開せずに対岸沿いを西から東に猛スピードで駆け抜けようとしていた。
「狙え! 」
 当然、シェンカーの命が飛んだ。みな銃を構えた。
 しかし、敵の先手は弓を射かけるでもなく対岸を西から東に通り過ぎ、その代わりに銃を持った兵10名ほどをバラまいた。
「騎兵は放っておけ! 銃を持ったヤツを確実に仕留めろ! 」
 思った通り、先頭集団が駆け去るや、歩兵となった敵兵は、撃ってきた。
「擲弾の攻撃が止んだな。おそらくは弾を使い果たしたんだろう。加えてコイツらを潰せばもう銃を持った敵はいなくなる! 是が非でも討ち取れ! 」
 第一次探索隊から奪われた小銃は約50丁。先にその大部分を撃破した水軍部隊も銃を持っていたし、そして先手が銃を備えていた敵左翼、東の部隊も粉砕したから、シェンカーの見立ては正しいだろう。銃さえなければ、迎撃はかなりラクになる。
 しかも、敵の歩兵は散兵の基礎である防御、つまり敵弾を躱すために身を伏せるなどまったくせず、立ったまま目くらめっぽう乱射してきたので逆に狙いやすかった。
 ジャガイモ島から対岸まではもっとも狭いところで100メートルもない。
 でも、帝国から銃を分捕ったばかりの敵兵は「習熟」という域には到底達しておらず、おまけに立ったまま撃っているので狙いも定まらない。道具というものは常に手入れし扱いを訓練して初めて有用になるといういい見本だった。
 歴戦のスナイパーであるリーズルやその愛弟子のビアンカ、そして北の部族の娘ハンナはたちどころにそれら銃のシロート敵兵を屠った。
 しかし、敵の主攻勢はもちろん、貧弱な銃撃隊ではなかった。
「二番目が来るぞ! 橇を曳いてるのがいる! 」
 櫓の上のアベルが叫んだ。
 第二陣は第一陣に倍するほどの兵力で、やはり凍った西の川沿いに南下してきていて、こちらが歩兵を狙撃するのに集中しているうちにいつの間にか近くまで迫っていた。
「ティル! 」
 シェンカーが叫んだ。
 バシュバシュッ!
 ディートリヒとアランが射出した擲弾が敵勢を掻き乱すべく空を飛んで騎馬隊の上空で炸裂する。
 大爆発!
 直下の敵勢は人も馬も吹き飛ばされたが、6個小隊以上の突撃態勢全てを壊乱するには至らず、その勢いは止まらずに岸まで到達した。
 今度の部隊は弓を持っていた。
 水路の幅はさほど広くない。最も狭いところでは風帆船を横に4隻も並べれば塞がれてしまうほどだった。敵はまさにその狭隘部にピンポイントで仕掛けてきた。
 先頭集団がほぼ一列になって殺到し、岸まで来ると90度東へターンし弓を射かけてきた。矢の多くがジャガイモ島まで達せず水に落ちたが、中には島の岸を保護する板壁に突き刺さる矢もあり、2、3本が塹壕を覆う掩体代わりの廃材に突き立った。
 当然に反撃、応射したが、
「橇の上に石や土とか載ってる! 」
 弓隊のすぐ後に2頭の馬で一台を曳く橇隊が続いていた。岸まで来て急ターンのパターンは同じだが、勢いで横滑りする橇ごと運河に投げ入れ、ロープが伸び切る直前に騎手が剣で切ってリリースした。
「運河を埋める気だ! させるな! 橇を曳く馬を狙え! 」
 先刻の柔和な貌は消え、鬼気迫るシェンカーの怒号が飛んだ。
 もちろん、みな応戦した。
 射程は150メートルもなかったので比較的命中したが、数が多過ぎた。第二陣だけで約60頭30台ほどの橇が石や土を詰めた土嚢代わりの布袋を乗せたまま運河に投げ込まれた。浅い運河である。20ほどは水没したが、最後のほうになると投げ込まれた橇は沈まずに水の上にとどまった。
「させるかあっ! 」
「落ち着け! 冷静に狙うのよ、ハンナ! 」
 リーズルはいつもクールに、ハンナが3騎やるところを倍の6騎、7騎と屠ってゆく。ゲルダとイルマも死に物狂いに撃った。
 だが、数が多すぎた。
 もちろん、カミルとビアンカの機銃も火を噴いた。ヤヨイも「L」の刻印の銃が焼けるほどに猛射するのだが、なかなかに当たらない。
「射撃、一時止め! グラナトヴェルファー水平発射! 用意出来次第、撃て! 」
 バズーカ仕様の擲弾が撃ち出され、2匹の白い龍が迫る騎馬隊に向かって猛速で突進し、迫りくる騎馬の群れを一挙に5、6騎吹き飛ばして大爆発したが、その爆発煙の向こうから、
「第三陣! 」
 アベルの絶叫が聞こえるや、第二陣を上回る数の騎馬隊がやって来た。
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