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「スターリングラード」攻防戦

48 ヘルマンの後継者、逝く

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「突撃せよ! 」
 ユージンは配下の5百余騎に命を下した。
 どの馬も雪が積もる前に腹いっぱい草も食べ休養たっぷり。兵たちも腹ごしらえはもとより、雪辱戦を前にして闘志を漲らせていた。気温は低かったが馬も兵も穿く息は濃く、命が下るのを今か今かと心待ちにしていた。
 そして、命令一下。
 左翼ユージンの騎馬集団は、全騎薄く降り積もった雪と乾いた土埃を上げ、一斉に前進を開始した。
 前回嵌ってしまった水壕はすでに硬く凍り付き、迂回の必要もなくなっていた。右手を見れば、最大兵力である中央のお頭の隊も、そのかなたのイーゴリの隊も動き始めたのが分かった。
「港島から上がった煙が気になる、なにか策を巡らしている可能性があるから十分用心するように、との命令です! 」
 お頭からの伝令も受けたが、この期に及んでどうということはないと思った。敵がどのような策を巡らそうが無意味なほどに、一挙に接近してしまえばいいのだ!
 最先頭の数十騎たちには、全軍から集めた帝国のテッポーを持たせてある。ユージンの隊がやや先行し、十分に接近し、敵を上回る数のテッポーで制圧しているうちに後続の部隊に曳かせた橇(そり)に積んである雑木や岩を水路に投げ込み、道を作ってしまえばいい! お頭とイーゴリと自分の部隊で一斉にそれをやれば、敵にももうどうすることもできまい!
 そして、ユージンの本隊も前進を開始した、その時だった。
 シュワーッ! 
 白い尾を引く竜の頭が、背後から高速で彼の部隊のど真ん中を駆け抜け、最先頭の鼻づら直前で大爆発を起こした。
「うわーっ! 」
「何事だ! 」
 兵たちも驚いたが、何よりも馬が一斉に前脚を上げて立ち止まり、陣形が乱れた。
 さらに、白い尾の竜は何発も立て続けに襲って来た。ユージンの隊は突撃どころではなくなり、大混乱に陥った。
「怯むなっ! 単なるこけおどしだ! 迷わず島を目指せ! 伝令を出せ!」
 ユージンは声を限りに叫んだ。しかし、一度混乱し、しかも爆発の煙に巻かれている間は下知も容易には行き届かない。手元から10騎ほどの伝令を四方に飛ばし、まず全隊をまとめ落ち着かせるだけで精一杯だった。
 そこへ。
「来たあっ! 」
 後方から複数の叫び声が上がった。
「どうした! 何事か! 何が来たのだ! 」
「雷神です! また雷の神が現れた! 」
「アキームとルキヤンがやられた! 」
「オレークとヴァシリーも! 」
「敵はどこにいるんだ! 」
「わからない、あ、いた! うわああああっ! 」
「落ち着け! 皆のもの! 落ち着くのだ! 」
 駆け巡った竜が噴き出す煙、そして爆発煙で辺りが見えないまま、次々と兵たちが殺られている! 
 このままでは、マズい!
 さすがのユージンも、浮足立ち、脂汗を流した。
 帝国であれ、北の民族であれ。海の戦いであれ、陸のそれであれ。
 軍勢と軍勢が戦うにはまず統率が最も重要な要素になる。
 どのような強兵であろうと、統率が行き届かなければ兵は分断され、全くの無力になる。一方、たとえ弱兵であろうと、統率が行き届いた軍勢は少々の攻撃にも耐え、遮二無二敵に向かってゆく。
 一時この戦場から離脱し、兵をまとめなくては!
 背後はダメだ。どのくらいの敵が回り込んだのか、今はわからない。真後ろよりは左右どちらか。右にはお頭の本隊がいる。向かうとすれば・・・。
「左だ! 左に転じよ! 者ども! 左に向かって移動するのだ! 」
 そうこうしているうちに、おりからの西風で煙が晴れていった。
 左方、東の雑木林の針葉樹の緑が見えかけたとき。
 ダダダダダダダッ!
 雑木林の中に銃器の発射光が見えたと思いきや、向かう先の最左翼の一陣から叫び声が上がった。
「左翼に敵多数! 多数の銃弾を受けて30騎ほどが殺られた! 」
「なんだと! 東もか! 」
 包囲された! 
 当然、ユージンは悟った。そこへ、
「うわああっ! 」
 無意識に叫び声のする方を見た。
 ユージンのすぐそばで、血のしぶきが上がった!
「雷神だあっ! 」
 それは、鬼だった。
 乱れた髪を逆立てて血刀を振りかざした、この世のものとも思えぬ形相の鬼が騎馬で突撃して来たのだ!
「騙されるな! あれは帝国兵だ! 雷神などではない! 」
 指揮官として、当然叫んだ。
 彼の言葉に我を取り戻した数騎が、勇敢にも我こそが鬼神を仕留めんと突撃していった。しかし、
「ぐわああああっ! 」
「ぎゃあああっ! 」
 たちまちのうちに次々に血潮が噴き上がり、みな斃されていった。
「者ども、どけっ! 下がれっ! オレが直々に成敗してやる! 」
 堪忍袋の緒を引きちぎったユージンが剣を抜き、次々に血潮の上がる辺りに突進した。
 そこに、「雷神」はいた。
 それはユージンを見て不敵にほほ笑むと、シュッ! 姿を消した。
 そんなことがあるのか! 目の前から姿を消すなど!
「どこだ! どこに消えた! 」
 馬を止めて辺りを見回すユージンが、突然袈裟懸けに切られた。
一瞬、戦場に静けさが舞い降りた。
「ぐわあああっ! 」
 その、この世のものとも思えぬ悪鬼は主を失って彷徨う馬に飛び乗り、ニヤリと笑ってその場を去った。
 余りの恐怖の故だろうか。
 ユージンの傍にいて手も出せず、全てを目の当たりにした兵たちはその場に固まったままだった。
 その直後、馬上のユージンの首筋から高く血潮が噴き上がり、ヘルマンの後継者の巨体は、どう、と地に落ちた。
「ユージンさまが! 」
「ユージンさまが、殺られた! 」
「なんだと? 」
「こ、殺される! 」
「逃げろォーっ! 」
 ユージンの隊は完全に総崩れとなり、東から追い立てるように連続した銃撃音が響くと皆一斉に背後の北や中央のヘルマンの本隊を目指し、潰走した。

 ヘルマンの総攻撃態勢は、まず左翼から崩れた。
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