ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

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「スターリングラード」攻防戦

47 ハンナの神

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 出がけに再び顔に迷彩を塗りたくり、髪もヤヨイに倣って冬季体温保温用の獣脂を使ってまるで悪魔のしもべみたいに逆立てたヤヨイたち4人の女。女子会みたいにキャッキャいいながら、たちまちに見るからにおどろおどろしい形相の鬼女たちが出来上がった。
 ただし、リーズルだけは例外で。
「髪が傷むから、あたしパス! 」
「えーっ?! なんでリーズル様だけズルい! 」
「あ、でもリーズル様はそれだけでコワいから大丈夫です! 」
 素直なハンナは素直過ぎる感想を述べた。
「・・・どういう意味? 」


 工兵隊出身バカロレア理学部物理学科助手のアベル特製「煙幕」の援けを借りて、馬と共に東の対岸に渡った。
 リーズルとビアンカは機銃と共に雑木林に潜み、ヤヨイとハンナは敵の左翼を大きく迂回してさらに北上、敵左翼の後方約1㎞の林の中、敵の宿営地に着いた。
 敵宿営地は全てカラ。持てる兵力の全てを投じてジャガイモ島に襲い掛かるものと思われた。
 積雪はまだ薄いし雪は収まりつつあり陽は高い。それでも、共にブルネットで迷彩を施したふたりの影はあまり目立たなかった。
 馬を降りたヤヨイは双眼鏡を構えた。
 南には整列しつつある敵の軍勢が見える。ここまで発見されずに来れた。奇襲は成功だ!
「大丈夫、ハンナ? 」
 ヤヨイはまだ年若い女戦士を気遣った。
「大丈夫です! 」
 声と吐く白い息とを忍んで、北の民族の娘は答えた
「じゃあ、襲撃準備! 」
「はいっ! 」
 ヤヨイとハンナは馬に括り付けてきた道具を降ろし、組み立てはじめた。
 大型のグラナトヴェルファーは2門しかない。それはジャガイモ島防衛には欠かせない貴重な兵器なので持参出来なかった。でも、
「要は、擲弾をバズーカ仕様で打ち出せればいいんだろ? 一回こっきりだったら代用で十分! 」
 アベルが簡易かつ使い捨ての射出機を作ってくれた。しかも、複数!
 要点だけ押さえて余分なことは一切やらない。目的のために最短、最小労力で最大の効果を発揮する。
 この「いかにも理系風な思考回路」のアベルのやり方に、ヤヨイだけでなくシェンカーまでが染まりつつあった。初対面では融通の利かない頑固者に見えた大尉は、意外にも柔軟な頭脳の持ち主だったのも大きな発見だった。
「確かに、大将の言うとおりだ! 敵を撹乱するだけならこれで十分に目的を達せる! 」 
 その指揮官のお墨付きの「簡易グラナトヴェルファー」は、なんと「木の樋」だった。
「要は、敵陣を混乱させて突入を掩護する目的だろう? だったら照準なんか要らない。これで十分! 」
 アベルは撃破した敵の舟の残骸がジャガイモ島の波止場に流されて寄せられてきていたのを拾い上げて束ね、言わば「簡易連装式グラナトヴェルファー」をデッチあげたのである。廃物利用も極まれり、だった。
 組み上げてはみたものの、ヤヨイもハンナも半信半疑だった。
 これ、本当にツカえるの? と。
 しかし、この期に及んでグダグダ言っても仕方がない。
 組み上げた「それ」を南に向け、基部に持参した擲弾を置いて行った。
 と。
 わああああああっ!
 南の方角から大軍勢の鬨の声が上がった。
「いよいよね。手筈はわかるわね? 」
「はい。ヤヨイ少尉が出て行って60数えたら発射、あたしはリーズル様たちのところへ! 」
「上出来よ! 」
 ハンナを抱きしめ、迷彩の頬にキスした。そして、ヤヨイを見つめる大きなエメラルドの瞳に、この北の部族長の愛娘の幸運を祈願した。
「神々の御加護を! じゃあ、行くわね! 」
「軍神と雷神の御加護を! 」
 ライフルを背負ったヤヨイは栗毛に打ち跨り、「はっ! 」馬の腹を蹴って、駆けだした。

 馬を駆って出撃したヤヨイ少尉の逞しい後姿を見送り、ハンナは両頬をパンパン! と叩いた。
 さあ! あたしの役目だ!
「アイン、ツバイ、ドライ・・・」
 数えながら、その辺りの樹木の根元に枯れ枝を探した。手ごろな長さと太さを備えた枝を見つけ、「簡易多連装擲弾筒」の傍に戻った。
 ハンナはきっかり60を数えた。
「・・・acht­und­fünfzig あふとんふふぃつぃひ、neun­und­fünfzigないのんふんふついぃひ、sechzigぜひつぃひ! 」
 持っていた枯れ枝を振りかぶり、島を出る前にアベルに教わった通り、1メートルの距離を確保して擲弾の側面のスイッチを叩いた。
 カチ。
 発射機がない分、高温の排出ガスが盛大に噴出された。
「うわわっ! 」
 シュバババババッ、シューンッ!・・・」
「発射の際、絶対に後ろに立たないように! 最低でも1メートルは離れてスイッチを押すこと! いいね? 」
 猛烈な煙を吐き熱いガスでハンナの顔を炙りながら、発射機を飛び出した擲弾は南の敵陣に向かって長い尾を引きつつ飛んで行った。アベルがしつこいくらいに注意したわけが、わかった。
 気をとりなおして第二弾、第三弾と次々に発射し、用意した10発全て発射した。
 これで、敵の左翼の半分ぐらいは大混乱に陥るはず!
「・・・ふう・・・」
 一息つき、馬に乗ってリーズルたちに合流しようとした時だった。
「いたぞ! ここだ! 」
「女だ! 逃がすな! 」
 2、3の男たちが北の部族の言葉を発しながら騎馬で近づいてきた。
「やっばい!・・・」
 ハンナは持っていた帝国陸軍純正支給品である呼子を取り出し、思いっきり、吹いた。
 ぴろろろろろろろろっ!
 そして、馬に跨り、
「ハイッ! 」
 気合をかけて腹を蹴った。
 しかし、全速力でやってくる騎馬隊のやつらはたちまちに追いついてきた! 
「待てッ、女! 止まらんと殺すぞ! 」
 誰が止まるか!
 部族同士の衝突、捕えられれば殺されて首を切られたり皮を剥がれたりするのは、北の部族の娘だけに子供のころから知っている。
 ハンナは逃げた。立ち並ぶ木立の間を抜け、薄く雪が積もった枝の下を掻い潜り、倒木の上の雪を吹き飛ばしながら必死に逃げた。
 だが、常日頃から馬を乗り回しているやつらに一日の長があった。疲れてきたハンナの馬が張り出した根に躓いて体勢を崩し、乗っていたハンナを放り出した。
 どうっ!
 雪の積もった倒木の脇に落ちたハンナはあっという間に取り囲まれた。
 もう、ダメ!
 思わず目を瞑った。
 が。
「ウッ! 」
「どわっ! 」
 どさどさっ!
 物音に薄目を開けると、首や背中にナイフを立てた男が二人、ハンナの前に斃れていた。
「え? 」
 もう一騎の兵が辺りを見回していたが、空から舞い降りた影が彼の首をドガッ、蹴り飛ばし、もんどりうって落馬した。仰向けに倒れた男の上にもう見慣れた姿が跨って手にした刃渡りの長いナイフで喉を掻き切り、トドメを刺していた。
「げはっ!」
「ヤヨイ少尉! 」
 ブルネットを逆立てて迷彩を塗りたくった顔が振り向き、笑った。
「危なかったね。大丈夫、ハンナ? 」
 顔に飛び散った返り血を拭きつつ、ハンナの許にやってきた少尉。度肝を抜かれ動けない北の娘の傍に腰を落とした。その神々しいまでの姿に、極度の緊張で張りつめていた心が緩んだ。おずおずと両手を差し伸べた。
「あ、あり、あり・・・ありがとごじゃ、ます・・・」
 目に涙を浮かべ、ひし、と少尉に抱き着いた。
「うふふ。泣かないの。馬は大丈夫よ。もう追手は来ないとおもうけど、心配だから途中まで一緒に行きましょ! 」
「はいっ! 」
「強いわね、ハンナ! 」
 微笑して立ち上がった少尉は、敵兵の屍にかがむと腰の剣を引き抜いて天に翳した。
「へえ、いい剣持っていたのね。ハンナのおかげでおもいがけない拾い物をしたわ。じゃあ、行くわよ! 」
 
 里で会ってからこれまでも帝国のめっちゃ強い「マルスの娘」を尊敬のまなざしで見てきたが、この出来事がきっかけでハンナにとってヤヨイ少尉は絶対的な崇拝の対象、神になった。
 薄く積もった雪を蹴散らしながら、前を行く頼もしい少尉の後姿を追いつつ、ハンナは心から思った。
 この人は、本当の神! 帝国の『軍神』だわ! と。
 
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