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「スターリングラード」攻防戦
43 機雷敷設
しおりを挟む「カミル、ティル(ディートリヒの愛称)、行くよ! 」
2人の偵察兵がそれぞれ据え付けた大型のグラナトヴェルファーをほぼ水平に構え、
「いつでも! 」
と応えた。
「じゃあ、発射! 」
ズバッ、ズバシューンッ!
バズーカ仕様にした擲弾筒が前後して発射された。敵のいない、カスピの海の、敵船が来る方ではない、やや東の湖の雪のかなたへ。
2発のバズーカ仕様のグラナトヴェルファーの弾体はそれぞれロープを引いていて、その先に繋がれたブイのような浮きを物凄い勢いで引っ張り、湖面を飛んだ。
銃弾や砲弾のようにそれ自体に推進力が無ければそんな芸当はできないが、バズーカ仕様の弾頭は噴進弾である。言わば旧文明の軍隊で多用されたミサイルに近い。強力な推進力で細紐を牽引し、盛大に煙を吐き散らしながらブイをやや東の湖面遠くまで運んだ。
「あの野郎! いちお軍事作戦だぞ! なに勝手に命令してんだおい! 」
今まで「大将」とおだててきたくせに、シェンカーはこの際どうでもいいスジミチにうるさかった。
だが、ここに来るまでにアベルの設置した種々の「トラップ」はことごとく当たっていた。なので、シェンカーの抗議は形だけ、モゴモゴと呟いただけに終わっていた。
しかし、その横では可愛いくせにどこか怜悧なハンナが、
「でも、敵と反対側に撃って、どうするんですかね?」
不思議そうに首を傾げていた。
「そおねえ・・・。どうするのかしら」
ヤヨイにもサッパリ見当がつかなかった。
やがて推進薬を使い果たした弾頭は飛沫を上げて湖面に落ち、牽引されたブイも止まった。
「リーズル! 」
「大将」、今度は女性陣の「大御所」リーズルを呼び捨てした。
当然、反応は冷たく、怒り含みのものだった。
「あ”」
なんであんたなんかに呼び捨てされなきゃいけないのよ!
冷たい目をして、しかもライフルの初弾をジャキーンと送り込みながら館の外に出てきたのには、まず偵察兵の二人が真っ先にビビった。
しかし、アベルはいささかも動じずに、
「リーズル。あのブイが見える? 」
と、言った。
「・・・見える」
「あのブイの上につないであるアンカーを狙撃して水に落として欲しい。できる? 」
「ちょ! そうゆーのはさ、先に言ってくれないと・・・」
「できないんだ」
「できるわよ、あれぐらい! 」
歴戦のスナイパーは、すぐムキになった。
鉄などの金属がないのでアンカーは焼け残りの木材を組んで石を巻き付けた代用品だった。それをブイにコンテナの留め金を流用して留めてある。ナイナイ尽くしの苦心の作だった。その留め金を弾き飛ばせばアンカーは外れ、水中に沈む。
距離は優に500メートル以上はあった。
そこら辺の台を持ってきて銃身を置き、慎重に狙いを定めたが、
ズダーンッ!
外した。
第二射も同じ。
帝国陸軍標準歩兵銃二式アサルトライフルの射程ギリギリの上に雪が酷くなってきて視界が悪かった。
「なんだ。歴戦のスナイパーとか言うから・・・。実は大したことないんじゃね? 」
「何ですって! 」
やや年下になるアベルの軽口に、アラサーに差し掛かった金髪の美女はマジでキレていた。
「おいおい。ケンカするなよ」
シェンカーが間に入ったのが、ジミに可笑しかった。
「ビアンカ! 来て! 数撃ちゃ当たるわ! 」
「了解! 」
歴戦のスナイパーの愛弟子も笑いながら銃を構えた。さらに、
「あたしも撃ちます! 」
この第二次探索隊の中では射撃の上手い3人がダンダン、ズダーンッと総出で撃つと間もなく、
ガシャン、という音こそ聞こえなかったがやっと一発が留め金に命中、アンカーが外れ、水中に沈んだのが見えた。
「ふう・・・」
「さ、次はロープ引っ張る! 男衆! 出番だよ! 」
「大将」の指揮で見張りのアランを除く男手が集められ、ブイに繋がっているロープが引かれ始めた。なんだか、シェンカーよりはアベルの方が隊長みたいに見えてさらに可笑しかった。
櫓の上のアランを除くシェンカー、カミル、ディートリヒがロープに取りつき、曳き始めた。
すると、ジャガイモ島の岸壁に張り付いていた小さな無数の歯切れの浮きがひとつ、またひとつと沖へ向かって動き始めた。
「おい! 女衆も手が空いてる者は手伝ってくれ! 」
シェンカーが叫び、スナイパー3人衆と第一次探索隊の生き残り二人、そしてヤヨイがロープにつき、せーの、せーのと曳くと、小さな子ブイたちが一列になってスルスルと湖上に流れていった。
「ねえ! なんでアンタは手伝わないのよ! 」
黙って見ているアベルに、リーズルは当然ながら食ってかかった。
「いや、ぼくは頭脳労働だから。そっちは肉体労働。適材適所でしょ?」
真顔で言ってのけたから、
「なにお、こんの、くっそ!・・・ 」
リーズルだけでなく弟子で妹分のビアンカまでが鼻息を荒くした。
「まあまあ! もう終わるわ」
すぐにヤヨイが宥めた。生意気だけど、彼はうまくいっている。誰であれ、どんなものでも使えるものは使うのだ。
やれやれ。
そんな風にして、無数の子ブイが数珠つなぎになったロープの展張が終了した。
最後に、全ての子ブイを繋いだ太いロープと並行に張られた細いロープの先をアベルが曳いた。
「おい! 黙って見てないで手伝ってくれよ! 」
リーズルやビアンカが手伝うわけがない。察したカミルとディートリヒがアベルからロープの端を受け取って曳いた。この二人の偵察兵はよく気が利くし働いていた。
「これ、なんなんですか? 」
成り行きを見ていたリーズルがシェンカーに訊いた。
「敵の船団の肉薄を避けるための工夫だ。機雷だよ」
「キライ? 」ビアンカが首を傾げた。
「そうだ。今曳いてるのは各子ブイに付いている弾頭の安全装置だ。これで起発可能になったわけだ」
「出来るだけ、そっとな! 」
アベルはロープを曳く二人に呼びかけた。
全ての細いロープが巻き取られ、作業は終わった。アベルが説明した。
「一隻でも引っかかれば、周りの2、3艘は巻き添えになる。最初に犠牲が出れば、テキは機雷網を迂回しようとするだろう。すると、操船が難しい向かい風になる東側に集中してくるはずだよね。
擲弾筒の射出機は2丁しかない。これで180度全てをカヴァーするのは難しいけど、あの一角だけに集中できれば命中率も上がるだろ? 」
そう言ってアベルは一か所だけ口の空いた東側部分を指した。
「そういうことなんだ」
と、シェンカーも言った。
ヤヨイも含め、女衆6人はそれで大きく頷いた。
「わかっていただけましたか? Madam (奥様方)! 」
タイドは鼻につくものの、リーズルも歴戦の兵士だ。攻撃を集中できる利点は非常に大きいのだ。これで彼女も「大将」を認めないわけにはいかなくなった。
「なんとか間に合ったな! さあ! 今のうちに腹ごしらえしておこう! 」
そうして、約小一時間後。
「見えたぞ! 8時の方向! 白い帆を確認! 」
いよいよ降りしきる雪の向こう。アランの指す方向に、帆柱が1本、また1本と見えてきた。
「小隊! 戦闘配置! 」
シェンカーの声が響いた。
アサシン・ヤヨイシリーズ ひとくちメモ
47 機械水雷(機雷)について
ウィキペディアです
「機雷(きらい)とは、水中に設置され、艦船が接近または接触したとき、自動または遠隔操作により爆発する兵器をいう。機雷はもともとは機械水雷の略であるが、現在はそれが正式名称となっている。機雷に関する戦闘行動は機雷戦と呼ぶ。機雷に触れることを触雷(しょくらい)、機雷を設置した海域を機雷原(きらいげん)または機雷堰(きらいせき)、機雷を撤去することを掃海(そうかい)、その機能を有する艦艇を掃海艇という。機雷はその特性より、存在可能性のみで心理的に艦船の航行妨害の影響力を行使できる。」
第二次世界大戦までの戦闘艦は側面や上部には装甲を設けて防御されていましたが、艦底部は防御が薄く、そこを機雷によって破られて被害を受けるケースが多かったようです。
ウィキペディアによれば、「試験的にだが実戦で使われるようになったのはクリミア戦争で、1854年に参戦したイギリスがスウェーデンに参戦を確約させるためにオーランド諸島を攻撃した際に、ロシア帝国海軍バルチック艦隊がバルト海を封鎖するのに使用した。威力もさることながら当時はその正体が知れなかったことから心理的効果も大きかった。」
とあり、実際の被害の大きさでいえば、
「日露戦争では公海上で本格的な機雷戦が行われるようになり、日本海軍は敷設した機雷により、ロシア海軍第1太平洋艦隊の旗艦「ペトロパヴロフスク」を撃沈、司令官のマカロフ提督が戦死した。一方、日本もロシア側の敷設した機雷により戦艦「八島」と「初瀬」を一度に失った。この戦争では、日本海軍は敷設した機雷で戦艦1艦をはじめロシアの艦艇を計6隻沈め、ロシア海軍は係維機雷6,000発を敷設して日本の戦艦2隻をはじめ計10隻を沈めた。」
それより時代が下ると機雷自身が爆発する方式の他に、図のように機雷から魚雷を射出して潜水艦などを攻撃するタイプも登場するようになりました。
ロシア帝国の機雷
WerWil - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3236822による
機雷を敷設するロシア帝国海軍の駆逐艦「フィーン」
不明 - Архив фототографий кораблей русского и советского ВМФ., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3816370による
1988年4月に触雷し、艦底に破孔が開く被害を受けた米海軍のサミュエル・B・ロバーツ。
Camera Operator: PH2 RUDY D. PAHOYO - ID:DNSN9301450 Service Depicted: Navy, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=741640による
機雷の設置方法
Los688 - 投稿者自身による著作物, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=13290881による
一般的な係維機雷の敷設。1-艦上から投下。2-着水、重しの部分が沈み始める。3-重しが設定された長さまで伸びる。4-機雷に結ばれた係維索が伸びつつ、アンカーが沈み始める。5-重し部分が海底に着地し、係維索は伸ばすのを止める。6-アンカーが着地し、機雷は設定された水深に位置する。
Martin Meise - 投稿者自身による著作物, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=37921121による
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