上 下
41 / 59
「スターリングラード」攻防戦

38 「キカイオタク」の次の手

しおりを挟む
 たいていの北の野蛮人の部落は、特に帝国との国境に近い土地に棲む部落ほど、万が一のために避難用の砦を持っている。
 そこには部落の者全員が一冬越せるほどの糧食を蓄えているのが普通であり、先にヘルマンが襲い糧食を供出させたヴォルゴグラ族の砦もそうした備えの一つだった。
 千以上の騎馬隊に取り巻かれ、かつ周囲の柵に火をかけられては逃げ込んだ住民たちに選択の余地はない。まだ雪は降って来ない。今のうちに山の木の実や獣を取りに行ったほうが、そのほうが、騎馬隊に抵抗するよりも利口だ、と。
 その砦に、またもやヘルマンの騎馬隊がやってきた。食い物を奪いに来た時よりはだいぶ少なかったが、それでも軽く300騎はいた。
 当然、住民たちは身構えた。
 騎馬隊が砦の周りをぐるり取り囲んだとき、
 砦の村長(むらおさ)、族長が、砦の周囲をこれ見よがしに動き回り、例の帝国から奪った銃をバン、バン、と撃ち、威嚇して来るのにたまらず声をあげたのは当然だった。
 北の民族の風習に忠実に伸ばした髪を束ね、髭だけは時折刈るらしく顔下半分を不精髭で覆った村長は叫んだ。
「もう食い物はない! 若い衆が森に探しに行っているほどなのだ! 」
 すると。
「食い物ではない。お頭の命で貴殿に、族長に話をしに来た」
 率いていたのはいつもお頭の傍にいるセバスチャンとかいう肌の白い側近だった。
「オレに? 」
 砦を巡る胸壁越しに問うと、セバスチャンはさらにこう言った。
「村の港島に居た者は全員来て欲しい、と。今帝国の奴らが立て籠もっているので、攻略するために知恵を借りたいと」
「知恵を? 」
「共に来て欲しい。そして、帝国の奴らをやっつける手立てを講じたいのだ」
 なんだかわからないが、逆らうと危険なヤツらだ。
「わかった」
 村長は、渋々従った。







「太陽が真上から沈むまでの間の半分に来た時」とは北の民族の時刻の言い習わし方で、ハンナによれば午後3時ごろのことだという。

 テオドール・ユンゲ伍長の偵察機からの続報は、補給物資の投下から30分ほど経って届いた。
―― 小舟の総数はおよそ150隻。ただし、東風を受けた向かい風のために速度は遅い。しかも衝突を避けるためなのか、フォーメーションではなく五月雨式に、三々五々、およそ数キロ四方に散らばった状態で航行中。先頭の現在位置はマルスの位置から西南におよそ200キロ地点 ――
「帆の形は? 」
 ハンドセットを取ったシェンカーが問いただすと、
―― 帆は四角。それとは別に舳先に小さな三角帆が付いている ――
「なるほど・・・。雛鷲8、ありがとう! 」
―― ではこれより帰投します。神々の御加護を! ――
 さらに、カスピの対岸にいるはずのマーキュリーからの通信も入った。
―― 道が悪すぎて後れを取っている。カスピの海に浮かべられるのは恐らく明日の夕刻か明後日になるだろう ――
「ええっ?! 」
「マジかー・・・ 」
 例によってこうしたボヤキは「ヴァルキリー」のふたり。リーズルとビアンカだ。
 ただし、ふたりとも経験値は高い。しかも、この「第二次探索隊」の作戦行動でさらにハクが付き、もう半分ピクニック気分でヨユー綽々(しゃくしゃく)である。
 なので、マイナス発言というよりは、敵騎兵の大部隊に包囲されしかも救援が遅れて多少ビビリが入っているカミルやディートリヒを怖がらせて愉しんでいる風さえ感じられるのだった。あまりいいシュミとは言えないけれども。
「小舟の船団はいつごろ到着するでしょうか」
 純粋に軍事的な懸念をヤヨイはシェンカーに質した。
「そうだなあ。単船とは違い、船団、しかも風帆船の場合は船同士の衝突を避けるため密集はしないし夜間の航行もしないだろう。それに騎兵部隊が乗っていないからオールを漕ぐこともできない。まるっきりの帆掛け船で来るなら、そう、平均して時速数キロほどじゃないだろうか」
「でも、帆掛け船なら追い風じゃないと前に進まないんでしょう? 」
 珍しくリーズルが話に入ってきた。陸軍兵だから海とか船にはシロートである。
「例えばこんなカンジの舟ならば今リーズルが言った通りだ。向かい風では前に進めないから帆を畳んで漕ぐしかない」
 シェンカーはその辺りの細い枝を取り上げ地面に絵を描いた。なかなかにうまい絵で、カンシンした。


        ラグセイル

「だが、さっきの偵察機の報告では舳先に三角帆が付いているという。なら、少人数でも、遅いにしても向かい風でも前進は可能だ」
「どうやって? 」
「こんな風に」


        ラテンセイル




 四角い帆の舟の隣に三角の帆の舟を描いた。なるほど。これなら風向きが変わっても帆の先を左右に振るだけでラクに風を受けられる。それにジグザグに進めば逆風でも前進できる。
「これなら、三角帆の端を操ればいいだけだから一艘に2人か3人もいれば十分に操船できる。舟と一緒に船乗りもレンタルしたわけだ。ドンの西の豪族たちは優秀な船乗りでもあるんだな。
 ふ~む・・・。
 だとすれば、今東風だから、ここに到着するのは、・・・3日後か、4日後か・・・。風向きが変われば、それより早いかもだが」
「大尉ってなんでも知ってるんですね」
 いつの間にか輪の中に入ってきたビアンカが感心して唸った。
「近接戦闘とゲリラ戦術に関する知識だけな。陸軍はもっとこうした戦術に力を入れるべきだと思っているのだ。西と北に注力するなら、特にな」
「もし大尉が第一次探索隊を率いていたら、あんな惨めな最後を迎えることもなかったかもですね」
 予備役に退いた歴戦のスナイパーだけに、リーズルはおべっかとは無縁の女だ。その彼女をしてこれだけ言わせるとは。シェンカーの眼はホンモノだと思った。
 そこへ。
「あの、大尉殿・・・」
 黒髪のゲルダ・ハインミュラー伍長と短い金髪のイルマ・ローレンツ上等兵が館から出て来て輪の外から声をかけてきた。
 ヤヨイは立って彼女たちの肩に手を置いた。
「もう、いいの? 」
 余計なことは言わなかった。同じ女だから、2人の心の内はなんとなく察せられた。
「いろいろ、ご心配を・・・。でも、みなさんが働いているのに、じっとしてるわけには行きません。私たちにもなにか手伝わせてください」
 まだ俯いているイルマの横で、いかにもデキそうなカンジのゲルダがキリリと目尻を決した。
 そうだ。彼女たちも何かをしている方が気が紛れるに違いない。
「おお、そうか。そうだな・・・」
 立ち上がったシェンカーは、一段低くなった海縁でカミルとディートリヒたちと一緒に何やら奇怪なものをこしらえているアベルを見下ろし、声をかけた。
「おい、大将! もっと人手が必要か? 」
 ネクラの「キカイオタク」はウザそうにシェンカーを見上げ、言った。
「じゃあ、これぐらいの木切れを見つけてきてください。出来るだけ、多めに」
 と、椅子の座面ほどもある焼け残りの木材を掲げた。
「それはいいが、いったい何に使うんだ」
「細工は流々仕上げを御覧じろ、ですよ。ひょっとするとあんたがたの武器よりもたよりになるかも、です」
と、アベルは言った。














ラグセイル
コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、Yosemite~commonswikiだと推定されます(著作権の主張に基づく) - コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、投稿者自身による著作物だと推定されます(著作権の主張に基づく), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=520253による



ラテンセイル
コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、Yosemite~commonswikiだと推定されます(著作権の主張に基づく) - コンピュータが読み取れる情報は提供されていませんが、投稿者自身による著作物だと推定されます(著作権の主張に基づく), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=520250による


B&G財団 小松一憲のヨット講座
https://www.bgf.or.jp/lesson/yacht/060428y_01.html



帆船、2種の写真。うしろがトールシップ(海王丸II世)。手前がセーリングクルーザー(個人所有のもの)。
663highland - 投稿者自身による著作物, CC 表示 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3263140による
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

真田幸村の女たち

沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。 なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

帝国夜襲艦隊

ypaaaaaaa
歴史・時代
1921年。すべての始まりはこの会議だった。伏見宮博恭王軍事参議官が将来の日本海軍は夜襲を基本戦術とすべきであるという結論を出したのだ。ここを起点に日本海軍は徐々に変革していく…。 今回もいつものようにこんなことがあれば良いなぁと思いながら書いています。皆さまに楽しくお読みいただければ幸いです!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

【完結】雇われ見届け人 婿入り騒動

盤坂万
歴史・時代
チャンバラで解決しないお侍さんのお話。 武士がサラリーマン化した時代の武士の生き方のひとつを綴ります。 正解も間違いもない、今の世の中と似た雰囲気の漂う江戸中期。新三郎の特性は「興味本位」、武器は「情報収集能力」だけ。 平穏系武士の新境地を、新三郎が持ち前の特性と武器を活かして切り開きます。 ※表紙絵は、cocoanco様のフリー素材を使用して作成しました

覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~

海土竜
歴史・時代
毛利元就・尼子経久と並び、三大謀聖に数えられた、その男の名は宇喜多直家。 強大な敵のひしめく中、生き残るために陰謀を巡らせ、守るために人を欺き、目的のためには手段を択ばず、力だけが覇を唱える戦国の世を、知略で生き抜いた彼の夢見た天下はどこにあったのか。

処理中です...