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「スターリングラード」攻防戦
36 交渉 その1
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「ヴィ ボグ グロマイ イ ボグ ヴォイニ? Вы «Бог Грома и Бог Войны»? 」
先に背の高い、ひげ剃り跡の濃い、精悍な黒髪の男が言った。年齢は30代の中ごろくらいか。なかなかに逞しい面魂(つらだましい)をしている。
これが、北の民族を取りまとめている騎馬隊のボス、か・・・。
タイプがシェンカーに似てる。が、シェンカーよりははるかにワイルドでオオカミみたいな厳しさを漂わせている。残念ながら、ヤヨイの好みではないけれど。男クサそうなのは、あまり好きではない。
横にいる男は副官のようなものだろうか。北の部族には珍しく、肌の色が白い。目つきは険しいを通り越して陰険ですらあった。
ヤヨイもハンナも馬を降りた。
互いのグラナトヴェルファ―の射程には充分に入っている。だが、小銃の射程にはギリギリ届かない。そういう距離だ。シェンカーが指摘しヤヨイが確認した通り、2人の男は小銃はおろか剣さえ帯びていない。なかなかの豪胆な男だと見た。
ハンナに尋ねた。
「なんて言ってるの? 」
「あなたが『雷の神にして軍神』か、と」
ヤヨイは軍服の胸を大きく張った。そして、一歩進んで答えた。
「いかにも!」
と。
互いの距離は30メートルほどはある。声を張り上げねば届かないほどの距離。
だが。
「(あの、少尉。『いかにも』ってどういう意味ですか)」
ハンナが小声で訊いてきたから面食らった。
「(『その通り』って意味!)」
教えてやると、おお、という顔をした。
ハンナの訳を聞いたその騎馬隊のボスがフッ、と笑った。
そして、口を開いた。
ハンナの通訳で男の言葉を知った。
「ただの小娘ではないか。『雷と軍の神』だと? これが笑わずにいられようか」
首領らしき男の言葉に合わせ、後ろに控えた陰険な白い男も低い笑い声を漏らした。
いつもなら、こんな無礼な軽口を叩かれればさすがのヤヨイもこめかみがブチ切れたかもしれない。でも、ハンナの通訳が言わばクッションの役割を果たしてくれ、ブチ切れる前に自らの任務を思い出す余裕ができた。やらねばならないのは「時間稼ぎ」、だと。
「貴殿の名を聞かせてもらおうか」
ヤヨイは言った。が、
「女ごときに名乗る名はない。誰かより上位にある男を連れて来い。話はそれからだ」
こんの、くっそムカつく!
侮辱もここまでくると清々しくもある。だが今度はコッチが笑って見せねば、と思った。
「先ほどから小娘だとか女ごときと言われるが、笑止! その『たかが女ごとき』にいいように翻弄され、1000以上の兵を脱走させ死なせた者が言う言葉だろうか」
ハンナの通訳を聞いた男の顔が一瞬だが強張った。怒らせたらどういう反応を示すのかちょっと、興味が湧いた。ここは畳み込むところか。
「わたしの名はマルス! 階級は帝国陸軍少尉だ。そして、わたしがこの部隊を率いる指揮官である。なぜ貴殿が丸腰でやってきたのかは知らぬ。なにか話したいことがあるのだと察っしたのでこうして来てやった。だが、それにはまずお互いに名を名乗らねばな」
本名を名乗る必要はない。それに指揮官と言わねば相手は交渉する気にならないだろう。
果たして、彼は口を開いた。
「最初に血祭りにあげた帝国の部隊の指揮官は中佐だったと記憶する。少尉ごときが、しかも女が指揮官とは。しかも、女ごときが『軍神マルス』とは大げさな。ウソか、それとも女に指揮を託さねばならぬほど、帝国は見かけ倒しの腰抜けなのか」
怒る前に、この男が意外なほどの教養人であるのを知って驚いた。それに、思いのほか帝国軍の軍制に詳しい知識を持っているようだ。
それに、ばかに「女」に拘る。本心か? 北の民族の習性からして、女とまともに交渉をするのは恥ずべきことと考えているのか。もしくは、意図的にヤヨイを怒らそうとしているのか。そのいずれかだろう。
おそらくは「たかが小娘で女ごとき」のヤヨイに散々にやられたのは知っているのだろう。だからこれは背後にいる部下たちへの配慮なのかもしれない。士気を維持するための。あるいは、単なる腹いせか。
ふと見ると、小銃の射程にはまだ入ってはいないが、心なしか首領の男の背後の軍勢がやや前進してきているように見えた。確実にこの会話は彼の軍勢にも聞こえているに違いない。
とすれば、案外ヤヨイの推測は当たっているのかも。
まあ、いい。
万が一、この機に乗じて敵の軍勢が前進し突撃の気配を見せたらすぐに馬に飛び乗りこの場を去る。それを合図に、補給を受けて弾薬も潤沢豊富にあるグラナトヴェルファーをイヤというほど叩き込む手筈になっていた。
「正々堂々名も名乗らず、背後の軍勢を前進させて威勢を装い奸計を巡らそうとするか。それならば、貴殿の『男』も大したことはないようだ」
手を挙げて彼らの背後を指し、高らかに笑ってやった。
ヤヨイの言葉が通訳されると首領と白い男は後ろを振り向いた。白い方の男が背後に向かって両手を大きく広げ、何か言った。
「それ以上進むな。命に従わねば、首を斬る。そう言ってます」
ハンナが訳してくれた。
ほう。何かを話したいというのは、どうも本当らしい。それに意外に律儀な質でもあるようだ。
それでヤヨイも敵の首領の出方を待つ気になった。時間の経過はヤヨイたちに味方していて、何かの要求を持っている彼らにではなかった。
そうして。
首領の男はやっと口を開いた。ヤヨイの挑発には乗ってこなかった。その代わりに、フランクには程遠いが、心なしか胸襟を開いた口調に変わったような印象を受けた。
「わかった。貴殿を指揮官と認めよう」
男は言った。
「我が名はヘルマン。この騎馬部隊の頭(かしら)である」
まるで帝国人のような名前だな。北の民族には稀な名だと思うが・・・。
ヤヨイもそれに応えた。
「では、ヘルマン殿。貴殿の要求を聞こう」
先に背の高い、ひげ剃り跡の濃い、精悍な黒髪の男が言った。年齢は30代の中ごろくらいか。なかなかに逞しい面魂(つらだましい)をしている。
これが、北の民族を取りまとめている騎馬隊のボス、か・・・。
タイプがシェンカーに似てる。が、シェンカーよりははるかにワイルドでオオカミみたいな厳しさを漂わせている。残念ながら、ヤヨイの好みではないけれど。男クサそうなのは、あまり好きではない。
横にいる男は副官のようなものだろうか。北の部族には珍しく、肌の色が白い。目つきは険しいを通り越して陰険ですらあった。
ヤヨイもハンナも馬を降りた。
互いのグラナトヴェルファ―の射程には充分に入っている。だが、小銃の射程にはギリギリ届かない。そういう距離だ。シェンカーが指摘しヤヨイが確認した通り、2人の男は小銃はおろか剣さえ帯びていない。なかなかの豪胆な男だと見た。
ハンナに尋ねた。
「なんて言ってるの? 」
「あなたが『雷の神にして軍神』か、と」
ヤヨイは軍服の胸を大きく張った。そして、一歩進んで答えた。
「いかにも!」
と。
互いの距離は30メートルほどはある。声を張り上げねば届かないほどの距離。
だが。
「(あの、少尉。『いかにも』ってどういう意味ですか)」
ハンナが小声で訊いてきたから面食らった。
「(『その通り』って意味!)」
教えてやると、おお、という顔をした。
ハンナの訳を聞いたその騎馬隊のボスがフッ、と笑った。
そして、口を開いた。
ハンナの通訳で男の言葉を知った。
「ただの小娘ではないか。『雷と軍の神』だと? これが笑わずにいられようか」
首領らしき男の言葉に合わせ、後ろに控えた陰険な白い男も低い笑い声を漏らした。
いつもなら、こんな無礼な軽口を叩かれればさすがのヤヨイもこめかみがブチ切れたかもしれない。でも、ハンナの通訳が言わばクッションの役割を果たしてくれ、ブチ切れる前に自らの任務を思い出す余裕ができた。やらねばならないのは「時間稼ぎ」、だと。
「貴殿の名を聞かせてもらおうか」
ヤヨイは言った。が、
「女ごときに名乗る名はない。誰かより上位にある男を連れて来い。話はそれからだ」
こんの、くっそムカつく!
侮辱もここまでくると清々しくもある。だが今度はコッチが笑って見せねば、と思った。
「先ほどから小娘だとか女ごときと言われるが、笑止! その『たかが女ごとき』にいいように翻弄され、1000以上の兵を脱走させ死なせた者が言う言葉だろうか」
ハンナの通訳を聞いた男の顔が一瞬だが強張った。怒らせたらどういう反応を示すのかちょっと、興味が湧いた。ここは畳み込むところか。
「わたしの名はマルス! 階級は帝国陸軍少尉だ。そして、わたしがこの部隊を率いる指揮官である。なぜ貴殿が丸腰でやってきたのかは知らぬ。なにか話したいことがあるのだと察っしたのでこうして来てやった。だが、それにはまずお互いに名を名乗らねばな」
本名を名乗る必要はない。それに指揮官と言わねば相手は交渉する気にならないだろう。
果たして、彼は口を開いた。
「最初に血祭りにあげた帝国の部隊の指揮官は中佐だったと記憶する。少尉ごときが、しかも女が指揮官とは。しかも、女ごときが『軍神マルス』とは大げさな。ウソか、それとも女に指揮を託さねばならぬほど、帝国は見かけ倒しの腰抜けなのか」
怒る前に、この男が意外なほどの教養人であるのを知って驚いた。それに、思いのほか帝国軍の軍制に詳しい知識を持っているようだ。
それに、ばかに「女」に拘る。本心か? 北の民族の習性からして、女とまともに交渉をするのは恥ずべきことと考えているのか。もしくは、意図的にヤヨイを怒らそうとしているのか。そのいずれかだろう。
おそらくは「たかが小娘で女ごとき」のヤヨイに散々にやられたのは知っているのだろう。だからこれは背後にいる部下たちへの配慮なのかもしれない。士気を維持するための。あるいは、単なる腹いせか。
ふと見ると、小銃の射程にはまだ入ってはいないが、心なしか首領の男の背後の軍勢がやや前進してきているように見えた。確実にこの会話は彼の軍勢にも聞こえているに違いない。
とすれば、案外ヤヨイの推測は当たっているのかも。
まあ、いい。
万が一、この機に乗じて敵の軍勢が前進し突撃の気配を見せたらすぐに馬に飛び乗りこの場を去る。それを合図に、補給を受けて弾薬も潤沢豊富にあるグラナトヴェルファーをイヤというほど叩き込む手筈になっていた。
「正々堂々名も名乗らず、背後の軍勢を前進させて威勢を装い奸計を巡らそうとするか。それならば、貴殿の『男』も大したことはないようだ」
手を挙げて彼らの背後を指し、高らかに笑ってやった。
ヤヨイの言葉が通訳されると首領と白い男は後ろを振り向いた。白い方の男が背後に向かって両手を大きく広げ、何か言った。
「それ以上進むな。命に従わねば、首を斬る。そう言ってます」
ハンナが訳してくれた。
ほう。何かを話したいというのは、どうも本当らしい。それに意外に律儀な質でもあるようだ。
それでヤヨイも敵の首領の出方を待つ気になった。時間の経過はヤヨイたちに味方していて、何かの要求を持っている彼らにではなかった。
そうして。
首領の男はやっと口を開いた。ヤヨイの挑発には乗ってこなかった。その代わりに、フランクには程遠いが、心なしか胸襟を開いた口調に変わったような印象を受けた。
「わかった。貴殿を指揮官と認めよう」
男は言った。
「我が名はヘルマン。この騎馬部隊の頭(かしら)である」
まるで帝国人のような名前だな。北の民族には稀な名だと思うが・・・。
ヤヨイもそれに応えた。
「では、ヘルマン殿。貴殿の要求を聞こう」
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