上 下
33 / 59
「スターリングラード」攻防戦

30 「コサック」騎兵団現る!

しおりを挟む
 
 宿敵エリート部隊の出現にドゥ・ザンは、ノヴァルナとの会見という本来の目的はさておき、武人としての血が騒ぎだすのを感じた。そんな主君の心情を察したのか、傍らのドルグ=ホルタが、後ろに手を組んで確かめるような口調で問い掛ける。

「一戦交えるも、また一興ですな…」

 自分が率いて来ているのも、サイドゥ家第1艦隊…戦力もほぼ互角…総旗艦艦隊同士の一騎打ち…まさに武人の本懐、ここにありの状況だった。ドゥ・ザンの目が、獲物を狙う猛禽類を思わせる輝きを帯びる。

 だがそこに、背後で艦橋の中央扉が開く音がし、「ホホホホホ…」という女性のたおやかな笑い声が聞こえて来た。ドゥ・ザンの妻、オルミラである。

「殿方と申すものは、ほんに仕方のないものでございますなぁ」

 おっとりとした喋り方でそう言って、オルミラは紅茶のセットを持たせた三人の侍女を引き連れ、ドゥ・ザンの座る司令官席に歩み寄る。ドルグは頭を下げて、邪魔をしないように三歩、四歩とあとずさった。

「ふむ。茶の出前を頼んだ覚えは、ないのじゃがな…」

 オルミラの放つ、ゆるりとした空気に気勢を削がれたのか、ドゥ・ザンはヘタな冗談を返しながら、オルミラの指図で紅茶の用意を始める侍女達に目を遣る。
 オルミラはノヴァルナの艦隊を目の当たりにした夫が、どのような気持ちになるのかを見抜き、艦橋にまで足を運んで来たに違いない。普段なら妻を乗せて出撃する事などあり得ないが、今回はノヴァルナとの会見に同席させるために、連れて来ていたのだった。

 すると脇に控えていたドルグの元に、参謀の一人がやって来て何かを耳打ちする。それを聞いたドルグは、困った表情をしてドゥ・ザンに報告した。

「恐れながら…『ベルルシアン』号に動きが。ノア姫様の『サイウンCN』が、発進態勢に入っている模様です」

「なに?」

 眉をひそめるドゥ・ザンに、オルミラが再び「ホホホホ…」と笑い声を漏らす。

女子おなごというものもまた、仕方のないもののようで―――」

 オルミラはそう言いながら、用意の出来た紅茶のティーカップを夫に渡し、娘の心情を汲んで目を伏せると静かに続けた。

「此度のノヴァルナ様との会見は、姫にとっても晴れの舞台。是非も無しの心境をご理解頂き、ここは姫の顔を立ててやってくださいましな………

 娘の決意と妻の説得にドゥ・ザン=サイドゥは、「ふうむ…」と声を漏らす。しかしそれは油断であった。オペレーターが更なる転移反応を報告したからだ。

「ナグヤ第1艦隊に続き、その後方に新たな集団出現。数は二十」

「なんだと?」

 別部隊がいるのか…と、ドゥ・ザンの目が厳しくなる。一方、軍事に疎いせいか、オルミラにはそれほど驚いた様子はない。ただすぐに、その新たな集団が輸送艦の集団…おそらく補給部隊だろうという報告が付け加えられる。その報告を聞いたドゥ・ザンは小首を傾げた。

「はて?…おかしなうつけじゃの。戦場となるやもしれぬ星系内にまで、補給部隊を連れて来るとは」

 対外遠征行動の常識として、補給・修理部隊は作戦区域に入る一つ前の、DFドライヴ開始地点で待機させて置くのが普通である。戦闘が発生した場合、作戦行動の障害になる可能性が高いからだ。

「確かに戦術の常道を逸した行動ですな。たとえこれがノヴァルナ殿の命令であっても、周りにいる参謀達が止めるべき稚拙さです」

 ドルグの見解にドゥ・ザンは「うーむ…」と、ノヴァルナの腹を探りかねる唸り声を漏らした。確かにドルグの言葉には頷けるが、どうも何かが臭う。

 ともかくノアの出撃態勢や、オルミラの放つ“空気”に気勢を削がれてしまった以上、ドゥ・ザン自身もノヴァルナと戦う気が失せてしまっていた。大きく息をついて、ドゥ・ザンは妻が用意した紅茶に口をつける。それを合図と受け取ったドルグは、艦隊の警戒態勢のレベルを下げる命令を発した。

 するとその間に、ノヴァルナ艦隊を出迎えに向かった、サイドゥ家駆逐艦三隻からなる小部隊から中継画像が送られて来る。ノヴァルナが駆逐艦部隊の艦長と話す映像だ。

「おう。サイドゥ家の衆、出迎えご苦労!」

 司令官席にふんぞり返ってそう言い放つノヴァルナ。ただその着衣はどうであろう、出発の時に着ていた黄色地のコート姿ではない。しかしそれ以上に派手な衣装に着替えていたのだ。

 大きく胸を開《はだ》けさせた服は、形状は上下繋ぎの作業着だが色はピンク、黄色、青色、緑色のストライプ。襟と袖口には金・銀・金のフリルが三重に取り付けられ、全体がラメに輝いている。そして右脚の太ももにはなぜか、シマウマの縫いぐるみがしがみつき、頭には花をふんだんに飾った真っ赤なシルクハットを被っていた。これまでの衣装の中でも極めつけだ。

 あまりに奇妙なノヴァルナの姿に、さすがのドゥ・ザンも通信スクリーンを見詰めたまま、あんぐりと口を開けた。隣に立つ妻のオルミラも「あら、まぁ…」と声を漏らし、珍獣でも見るような目になる。

 そのノヴァルナの姿は、『ベルルシアン』号でBSHO『サイウンCN』に乗り込もうとしていた、ノアの目にも入って来ていた。

「アイツ、なにやってんのよ!!」

 この期に及んでの婚約者のあまりにひどい悪ふざけに、ノアは思わずパイロットスーツの手袋を、格納庫の床に叩きつける。

“私がこんなに、気を揉んでるのに!…”

 なんでもっと、ちゃんとしてくれないの―――腹が立つより悲しくなって、ノアは涙が零れそうになった。

 アイツだって、自分の家のためにも父様との同盟を、確実なものにしなきゃならないはずなのに、と思う。ノアもノヴァルナのナグヤ家が置かれた状況を客観的に分析し、サイドゥ家の軍事力を後ろ盾にするのが、ウォーダ一族内での劣勢を挽回するためには必要であるとの結論に達していた。
 つまりノヴァルナにはノアと政略結婚する理由があり、今回の会見は恋愛結婚の建前としてだけでなく、星大名家としての存亡がかかる会見となるという事だ。

 元々、父のドゥ・ザンも癖の強い人間であるから、風変わりなノヴァルナと会ってみようという気になってくれたのだが、だからといってやり過ぎは良くないのが、当たり前であろう。父も一国の主であって、限度を超えた振る舞いを認めては、侮りを許していると周囲に思われるからである。

“民心の掌握に苦心している父様が、そんな事を許すはずがない…”

 そう考えると、ノアもノヴァルナが分からなくなって来た。そんなはずはない、とは思うのだが、自分はもうあのひとに愛されていないのではないか…と、そこまで思考が回ってしまう。
 命懸けで助けに来てくれたり、背中を預け合って戦ったり―――だが、それは自分に対する気持ちが、そして相手に対する気持ちが、未来永劫変わらぬ事を意味するものではないのも、人生においては冷厳な事実である。

 そんなはずはない…でも、という思考の堂々巡りに、憔悴した表情で立ち尽くすノア。共に出撃準備に入っていたメイアとマイアの双子姉妹も、自分達が守るべき姫の心の葛藤を感じ取ると同時に、こればかりは姫を守る手立ても見当たらず、途方に暮れるばかりだった。



▶#10につづく
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やり直し王女テューラ・ア・ダンマークの生存戦略

シャチ
歴史・時代
ダンマーク王国の王女テューラ・ア・ダンマークは3歳の時に前世を思いだす。 王族だったために平民出身の最愛の人と結婚もできす、2回の世界大戦では大国の都合によって悲惨な運命をたどった。 せっかく人生をやり直せるなら最愛の人と結婚もしたいし、王族として国民を不幸にしないために活動したい。 小国ダンマークの独立を保つために何をし何ができるのか? 前世の未来知識を駆使した王女テューラのやり直しの人生が始まる。 ※デンマークとしていないのはわざとです。 誤字ではありません。 王族の方のカタカナ表記は現在でも「ダンマーク」となっておりますのでそちらにあえて合わせてあります

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

抱えきれない思い出と共に…

文月
歴史・時代
《あらすじ》 時は鎌倉。源氏と平氏が争いを繰り広げていた頃の物語です。 源頼朝と北上政子の娘である大姫は、幼くして木曾義高と政略結婚させられます。 これは、頼朝と、義高の父親である木曾義仲の間にあった源氏内部の勢力争いを収縮させ、平氏打倒へと意思統一を図るためのものでした。 義高は名目上は「大姫の婿」として鎌倉に迎え入れられますが、その実は、義仲が反旗を翻さないための「人質」でした。 この時、大姫6歳。義高11歳。 幼くして各々想いを抱えながらも、やがて仲睦まじくなる二人でしたが、 最後は親同士の関係に亀裂が入ったことにより、頼朝が義高抹殺命令を出し、非情な決別を強いられます。 大姫は病死するまで、その思い出を忘れる事はありませんでした。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

処理中です...