ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

kei

文字の大きさ
上 下
31 / 59
「スターリングラード」攻防戦

28 八方ふさがり

しおりを挟む
「いたぞ! 帝国兵が一人、殺されている! 」
 なんですって?!
 その時だった。
 ヴォルゴグラ兵の3人のうち1人が何かに躓いたように見えた。その隙に囚われていた近衛兵が、駆けだした。
「あ、ちょっ、待って! 」
 躓いたヴォルゴグラ兵が持っていた剣を投げ、それは運悪く女性近衛兵の背中に突き立った。
「あっ! 」
 それは一瞬だった。
 同じく人質の帝国兵を盾に東へ駆けだそうとした男2人を、リーズルとビアンカがそれぞれ、狙撃した。
 ダンッ、ダンッ!
 射線の向こうにはカミルもいた。普通なら危険すぎて射撃は思いとどまる。しかも、人質である女性兵を抱えていた。いずれもあと10センチ間違えば人質に当たったかもしれないところ。だが、2人のヴォルゴグラ人はどちらも正確に頭を撃ちぬかれ、即死した。帝国一のスナイパーとその愛弟子のウデは正確無比、神業に近かった。
 そして近衛兵に剣を投げて刺し殺した兵は東に、出島の方へ駆けだしたが、
 ダンッ!
 これも北の部族の娘ハンナの狙撃で胸を撃ちぬかれて、死んだ。ドサっ! 大柄な北の民の大男が地に斃れる音が水路を挟んだ対岸にまで響いた。
「ハンナ! ヤルじゃん! 」
 帝国一のスナイパーから賛辞を送られた当のハンナは、自分のしたことが信じられないというように放心していたけれども。
「みんな、ありがとう! よくやったわ! 」
 ヤヨイは、この頼れる3人の「ヴァルキューレ」たちを抱き、キスした。
 


 こうして、作戦目的であった「ジャガイモ」島を占拠し、人質も残念ながら全てではないけれど確保した。ここまでは当初の計画通り。
 後はマーキュリーたちが用意する舟を使って南岸に渡り帰投するだけだ。
 夜が明けた。
 雲間から射す曙光に目をしかめつつ、はるか東を望みながら戦闘経過をマーキュリーに報告した。
「・・・リストにあるゲルダ・ハインミュラー伍長とイルマ・ローレンツ上等兵は確保しましたが、あー、オリーヴィア・ゼーフェリンク上等兵とヴァネッサ・シュトラッサー研究員が救出作戦中に死亡しました。小隊に損害はありません。ヴォルゴグラの守備隊に小銃とグラナトヴェルファ―がなかったようなのが幸いしたかもしれません・・・」

 一時的に保護した女性と老婆と子供の3名は馬一頭を与えて岸に逃した。壊れた橋の代わりに「上陸部隊」が乗って来たイカダを渡し、3人が渡った後は再び引き戻した。
 岸の大部分の村落は現在までのところ敵兵や住民の影が見当たらないことから放置した。焼き討ちしたカザンの村もそうだが、元々北の領土や部落を占領する目的はない。今回の探索行に支障がない限りは手を触れない原則だった。但し、騎兵部隊がやってくるという情報があるので万一を考え、包囲された場合に拠点にされないようジャガイモ島の周囲500メートル以内の家屋は全て火を点けて燃やした。
 生き残りのハインミュラー伍長、ゲルダと、ローレンツ上等兵、イルマは、どちらも近衛師団の兵だけあっておとなしめの整った顔立ちをしていたが、短い金髪のゲルダも長い黒髪をポニーテールにしたイルマもショックを受けて憔悴していた。
 こういう場合、当然まず事情聴取が必要であるわけだが・・・、
「大尉、申し訳ないんですが席を外していただけますか」
「あ? 」
「部隊が全滅してから今日まで、彼女たちはきっと、口に出せないような悲惨な目に遭って来たんだと思うのです」
 放心しているゲルダとイルマ。片方のイルマが黒髪を振り乱して顔を覆い、静かに泣き出した。それを見て、ゲルダの方も。
「あ、ああ。そうか。じゃ、頼む」
 いろいろと察してくれたシェンカーは、そそくさと部屋を出て行った。
 しかし、心を閉ざしてしまったふたりからそう簡単に話を聞きだせるわけもない。
 ゲルダとイルマへの事情聴取はおいおいするとして、ヤヨイたちは島で唯一残った大きな館を接収し、そこを拠点にした。一室を気の毒な生存者2人に与え、後は周囲への見張りも兼ねて一人ずつ分散した。
 そうして、ヤヨイは屋根に登った、と言うわけだった。


――わかった。これでリストの85名全員の安否が明らかになったわけだな。生存者、わずかに3名か・・・。大惨事だったな。いや、ご苦労だった・・・――
 湖の向こう側にいるリヨン中尉の声は何故か歯切れが悪かった。
「ところで、迎えの舟はいつごろ来ますか? 」
――それなんだがな・・・――
 そこへ、敵兵たちの死体を湖に流し、ゼーフェリンク上等兵とシュトラッサー研究員の遺体を館の外へ安置しに行ったシェンカーたちが帰って来た。
 大尉は屋根を踏み抜かないようにそおっと登って来た。
――実は、2日ほど前から帝都付近が珍しく悪天候らしくてな、飛行船が飛べないんだ。ターラントから海軍のカッターを空輸してきたヤツが足止めを食っている。
 で、鉄道とトラックで第十七軍団の司令部までは運べたらしいんだが国境を越えたドンの道路が未整備だからスピードが出ない。最短でもあと3日は掛かる。川まで運んでそこから向かわせるにも水深が取れない。
 ドンの属州のテラン辺りで調達しようにも、敵の騎馬隊が洗いざらい借り上げてしまっていてスッカラカンらしいんだ。八方ふさがりってやつさ。
 で、代わりに今クンカーで帆掛け船を建造中なんだが、ハッキリ言ってトラックの着く方が速いだろう――
 なにそれ! 聞いてないよ!
 フツーそこまで段取り着けてから、でしょうが!
 急にヤヨイのアタマの中が暗澹となった。
「あの、中尉! 手漕ぎボートでもなんでもいいです! なんとかなりませんか? あと、例えば偵察機にフロートを履かせて水上機にするとか! 」
――まあ、ここまで活動範囲が広がれば、いずれそれも考えなきゃならんだろうけど・・・――
 何を呑気な!
 そう言いかけたとき、シェンカーの手がヤヨイの肩にポン、と置かれた。
「カスピの向こう側、南岸までは少なくとも300キロはある。とても手漕ぎボートやイカダじゃ無理だろう。陸路をシビルに引き返すなら800キロ。これも途中で騎馬隊に捕捉されない保証はない。数千騎と11騎では、話にならん。待つ他は、ないだろうな」
 地理に詳しいシェンカーが解説してくれたのでなんとなく状況が理解できたけど・・・。
 やれやれ。一年ぶりの籠城戦だわ・・・。
「・・・わかりました。こちらも最善を尽くします。騎馬隊の現在位置についての正確な情報はありますか」
――残念ながら、それも未だない。今日から偵察機がカスピ全体をカバーできるようになったので少し北寄りに飛ぶように指示しよう――
「それと、長期戦に備えて食料と弾薬だけでも補充できませんか」
――偵察機からその付近の湖上に空中投下できるようにしてみよう。善処する――
「わかりました。出来るだけ早期に回収を願います!」
――わかった。・・・ヤヨイ、ガンバレ! アウト ――
 気安く言ってくれるものだ。まいったな・・・。
「悪天候では、仕方ないですね」
 無線のハンドセットをホルダーに戻し、シェンカーにも問いかけた。
「だな。だが、ここは幸か不幸か、いい天気だ。空気も乾いている。しばらくは晴天が続くだろう」
 シェンカーはヴォルゴグラを取り巻く針葉樹だらけの、地平線まで続く広大な土地を眺めた。ヤヨイも共に遥を見渡した。少し、気分が和らいだ。
 シェンカーは意外にもストレス耐性があるようだ。自分より上位の人間がそばにいるというのは、何かと心強いものだと思った。
 ヤヨイは言った。
「早ければ騎馬隊は3日後にはここに来るかもしれません。出来るだけ対策を」
「そうだ、アイツにやらせよう! バルツァー、アベルはいるか? 誰か、彼を呼んできてくれ!」
 そうして、「キカイオタク」はやってきた。
「なんか用ですか」
 屋根の上に上がって来たその言いぐさは、シェンカーでなくともムッとした。この接所に何を吞気な、と。
 そこはコラえて現状を説明すると、彼はおもむろに立ち上がって岸の方をぐるりと眺めた。
「ちょっと、馬と人手を貸してもらえますか。調べたいんで」
と、バルツァーは言った。
「何をだ」
「いろいろ、です」
 栗色の髪の下の、彼の灰色の目が妖しく光った。あの、ヘンテコなキカイに没頭しているときの目だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】月よりきれい

悠井すみれ
歴史・時代
 職人の若者・清吾は、吉原に売られた幼馴染を探している。登楼もせずに見世の内情を探ったことで袋叩きにあった彼は、美貌に加えて慈悲深いと評判の花魁・唐織に助けられる。  清吾の事情を聞いた唐織は、彼女の情人の振りをして吉原に入り込めば良い、と提案する。客の嫉妬を煽って通わせるため、形ばかりの恋人を置くのは唐織にとっても好都合なのだという。  純心な清吾にとっては、唐織の計算高さは遠い世界のもの──その、はずだった。 嘘を重ねる花魁と、幼馴染を探す一途な若者の交流と愛憎。愛よりも真実よりも美しいものとは。 第9回歴史・時代小説大賞参加作品です。楽しんでいただけましたら投票お願いいたします。 表紙画像はぱくたそ(www.pakutaso.com)より。かんたん表紙メーカー(https://sscard.monokakitools.net/covermaker.html)で作成しました。

いや、婿を選べって言われても。むしろ俺が立候補したいんだが。

SHO
歴史・時代
時は戦国末期。小田原北条氏が豊臣秀吉に敗れ、新たに徳川家康が関八州へ国替えとなった頃のお話。 伊豆国の離れ小島に、弥五郎という一人の身寄りのない少年がおりました。その少年は名刀ばかりを打つ事で有名な刀匠に拾われ、弟子として厳しく、それは厳しく、途轍もなく厳しく育てられました。 そんな少年も齢十五になりまして、師匠より独立するよう言い渡され、島を追い出されてしまいます。 さて、この先の少年の運命やいかに? 剣術、そして恋が融合した痛快エンタメ時代劇、今開幕にございます! *この作品に出てくる人物は、一部実在した人物やエピソードをモチーフにしていますが、モチーフにしているだけで史実とは異なります。空想時代活劇ですから! *この作品はノベルアップ+様に掲載中の、「いや、婿を選定しろって言われても。だが断る!」を改題、改稿を経たものです。

来し方、行く末

紫乃森統子
歴史・時代
月尾藩家中島崎与十郎は、身内の不義から気を病んだ父を抱えて、二十八の歳まで嫁の来手もなく梲(うだつ)の上がらない暮らしを送っていた。 年の瀬を迎えたある日、道場主から隔年行事の御前試合に出るよう乞われ、致し方なく引き受けることになるが…… 【第9回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます!】

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

処理中です...