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捜索
19 ヤーノフの懸念とヤヨイたちの驚愕
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長男のボリスとイワンを伴った帰り道。
ヤーノフはシビルの村に直行せず、いささか遠くはなるが馬首を南に向けた。
川に出ると橋を守る帝国兵に訳を話し、そのまままっすぐに第十三軍団独立偵察大隊司令部を目指した。
クラスノの族長ヴラディーミルとの会見で腑に落ちない点があった。どうしてもそれを質したかったのだ。
石を積み上げた巨大な城塞に着いたのは陽が天頂から降りかけたころだった。
警備の兵に会釈ひとつで門を開けさせたヤーノフは、共に降馬した息子と部下とともに司令部の敷地に入った。
「よう、大将! 久しぶりだなあ。元気そうじゃないか! 帝都はどうだった?」
第十三軍団独立偵察部隊の司令ポンテ中佐は、親しくヤーノフの手を取り来訪を労ってくれた。
昨年。
身に寸鉄も帯びず単身で国境の川を越えて帝国にやってきたヤーノフを最初に応接してくれたのはこのポンテ中佐だった。
大柄なヤーノフに比べれば子供のような小さな体躯。しかもその表情は柔和で軍服姿でなければ帝都の商店のオヤジか牛の世話をする牧場主みたいに穏やかな物腰をしている。とても帝国軍最強部隊である北の異民族相手の独立偵察大隊のボスには見えない。
だが、ポンテ中佐はヤーノフのいつにない険しい顔に何かを感じ取ったらしい。
「アレックスを呼んで来い」
そう言いつけて司令部の建物にヤーノフを誘った。
司令部の居室で人払いをさせた後、サシで向き合ったところに呼びにやったアレックスが来た。
アレックスは肌が青い。元北の異民族であるウクライノ族の出身だからだ。十年以上前に帝国とのいくさで捕虜となりつい2年前に解放奴隷となって以降は第十三軍団所属の軍属として、主に通訳の任についていた。ヤーノフが初めて単独で帝国にやってきた時も共に帝都に赴いて彼の視察を援けたし、昨年末にシビルが帝国の友邦となってからはシビルとの連絡将校をも兼任しており、先だってのヤーノフとクラスノのヴラディーミルの帝都行きにも同行していた。ヤーノフとはいわば親友と言ってもいい間柄の男だった。
つい先日共に帝都行きをしたばかりのそのヤーノフが突然司令部に来訪したことに、アレックスも青い顔を傾げ何事かという体で入ってきた。
「ペーチャ、どうしたのだ」
「どうも、北で何かあったようだ。お前も話を聞いた方がいいと思ったものでな」
アレックスに椅子を勧めると、ポンテ中佐はヤーノフに向き直った。
「さて大将。いったい何事なのだね? 」
第38連隊副連隊長でもある銀の月桂樹の葉の階級章を着けた将校と軍属を表す羊の階級章の二人の帝国陸軍軍人を前に、ヤーノフは一息つき、話し始めた。
「では、手短に話す」
「マルスよりマーキュリーへ」
――マーキュリーだ――
「約一時間前、第一次探索隊の生存者と思しき民間人一名を発見、保護しました。並びに近衛軍団兵と思われる遺体を4体確認しました」
――本当か! ――
「なにぶん、まだ少々精神が錯乱しているようで詳しい事情が聴取できていません。これから第三通報地点へ向かいます。遺体については収容もできませんので仮に埋葬しました。発見現場から狼煙を上げます。偵察機から位置を確認願います。第三通報地点北東約10㎞の地点です」
――了解。ところでその生存者の所持品は確認したか――
「ほとんどがグラナトヴェルファーの弾薬と小銃と少量の戦闘糧食ですが、見慣れない機器を持っていました。おそらくは、何かの測定器ではないかと。背嚢ほどの大きさのものです」
――わかった。こちらでも照会してみよう。現地到着後、状況を報告せよ――
「Jawohl! (了解!) アウト」
ヤヨイは隣でゆっくりと馬を進めるハンナにハンドセットを返した。
すぐ前の先頭はシェンカーとアラン。ヤヨイとハンナのすぐ後ろにはカミルと、まだ名前もわからない栗色の髪の男性生存者を抱っこするようにしてビアンカが騎乗していた。
ヤヨイは後ろを振り返った。
まるで赤ちゃんのように指をしゃぶり、ビアンカをお母さんとカン違いしているかのように抱き着いて馬の背に揺られていた。
「大丈夫、ですかね? 」
ハンナも時折顧みては呟いた。
ちょうど一年前。
空挺部隊の作戦でチナ南部の街ナイグンに降下し、橋を占拠中のこと。直属の上官が爆撃で気が狂(ふ)れ、覚醒はしているのに人事不省になった。
その時の上官だったカーツ大尉の症状と、似ていた。
「まだわからないけれど、きっととても怖い目に遭ったんだと思うわ。前にこんな風になった人を見たことがあるの」
ヤヨイたちは、4名の戦死者をそのままにするには忍びず、認識票を回収したのち、簡単ではあるが墓穴を掘り、埋葬して来ていた。
祈りの言葉はシェンカーが唱えた。
「帝国を守らせ賜ういと畏(かしこ)き神々よ。願わくば鷲の旗の下に死したこれら4名の御霊を慰め、天上のヴァルハラへ共に連れ参らせ給え・・・」
ただ一点を見つめて指をしゃぶり続ける生存者以外のヤヨイ以下7名は共に跪き、手を組み、シェンカーの言葉を復唱し、冥楽を祈った。
しばらく行くと、急に森が拓けた場所に出た。
針葉樹の大木が何本何十本と切り倒されたままになって放置されていた。
シェンカー大尉が止まった。
ヤヨイも、目の前のその凄惨な光景を、見た。そして、片手を上げた。
「小隊、止まれ!」
「What a hell・・・ (なんてこった・・・)」
下級貴族の出身とは聞いていたが、きっと英語ベースの方言を話す土地柄の生まれなのだろう。シェンカーは驚きの感嘆符を漏らし、しばし口を噤(つぐ)んだ。
その時、それまで一言も口を利かなかった生存者が、急に叫んだ。
「やめろォーっ! もう、いやだあっ! わああああああああああっ! 」
ヤーノフはシビルの村に直行せず、いささか遠くはなるが馬首を南に向けた。
川に出ると橋を守る帝国兵に訳を話し、そのまままっすぐに第十三軍団独立偵察大隊司令部を目指した。
クラスノの族長ヴラディーミルとの会見で腑に落ちない点があった。どうしてもそれを質したかったのだ。
石を積み上げた巨大な城塞に着いたのは陽が天頂から降りかけたころだった。
警備の兵に会釈ひとつで門を開けさせたヤーノフは、共に降馬した息子と部下とともに司令部の敷地に入った。
「よう、大将! 久しぶりだなあ。元気そうじゃないか! 帝都はどうだった?」
第十三軍団独立偵察部隊の司令ポンテ中佐は、親しくヤーノフの手を取り来訪を労ってくれた。
昨年。
身に寸鉄も帯びず単身で国境の川を越えて帝国にやってきたヤーノフを最初に応接してくれたのはこのポンテ中佐だった。
大柄なヤーノフに比べれば子供のような小さな体躯。しかもその表情は柔和で軍服姿でなければ帝都の商店のオヤジか牛の世話をする牧場主みたいに穏やかな物腰をしている。とても帝国軍最強部隊である北の異民族相手の独立偵察大隊のボスには見えない。
だが、ポンテ中佐はヤーノフのいつにない険しい顔に何かを感じ取ったらしい。
「アレックスを呼んで来い」
そう言いつけて司令部の建物にヤーノフを誘った。
司令部の居室で人払いをさせた後、サシで向き合ったところに呼びにやったアレックスが来た。
アレックスは肌が青い。元北の異民族であるウクライノ族の出身だからだ。十年以上前に帝国とのいくさで捕虜となりつい2年前に解放奴隷となって以降は第十三軍団所属の軍属として、主に通訳の任についていた。ヤーノフが初めて単独で帝国にやってきた時も共に帝都に赴いて彼の視察を援けたし、昨年末にシビルが帝国の友邦となってからはシビルとの連絡将校をも兼任しており、先だってのヤーノフとクラスノのヴラディーミルの帝都行きにも同行していた。ヤーノフとはいわば親友と言ってもいい間柄の男だった。
つい先日共に帝都行きをしたばかりのそのヤーノフが突然司令部に来訪したことに、アレックスも青い顔を傾げ何事かという体で入ってきた。
「ペーチャ、どうしたのだ」
「どうも、北で何かあったようだ。お前も話を聞いた方がいいと思ったものでな」
アレックスに椅子を勧めると、ポンテ中佐はヤーノフに向き直った。
「さて大将。いったい何事なのだね? 」
第38連隊副連隊長でもある銀の月桂樹の葉の階級章を着けた将校と軍属を表す羊の階級章の二人の帝国陸軍軍人を前に、ヤーノフは一息つき、話し始めた。
「では、手短に話す」
「マルスよりマーキュリーへ」
――マーキュリーだ――
「約一時間前、第一次探索隊の生存者と思しき民間人一名を発見、保護しました。並びに近衛軍団兵と思われる遺体を4体確認しました」
――本当か! ――
「なにぶん、まだ少々精神が錯乱しているようで詳しい事情が聴取できていません。これから第三通報地点へ向かいます。遺体については収容もできませんので仮に埋葬しました。発見現場から狼煙を上げます。偵察機から位置を確認願います。第三通報地点北東約10㎞の地点です」
――了解。ところでその生存者の所持品は確認したか――
「ほとんどがグラナトヴェルファーの弾薬と小銃と少量の戦闘糧食ですが、見慣れない機器を持っていました。おそらくは、何かの測定器ではないかと。背嚢ほどの大きさのものです」
――わかった。こちらでも照会してみよう。現地到着後、状況を報告せよ――
「Jawohl! (了解!) アウト」
ヤヨイは隣でゆっくりと馬を進めるハンナにハンドセットを返した。
すぐ前の先頭はシェンカーとアラン。ヤヨイとハンナのすぐ後ろにはカミルと、まだ名前もわからない栗色の髪の男性生存者を抱っこするようにしてビアンカが騎乗していた。
ヤヨイは後ろを振り返った。
まるで赤ちゃんのように指をしゃぶり、ビアンカをお母さんとカン違いしているかのように抱き着いて馬の背に揺られていた。
「大丈夫、ですかね? 」
ハンナも時折顧みては呟いた。
ちょうど一年前。
空挺部隊の作戦でチナ南部の街ナイグンに降下し、橋を占拠中のこと。直属の上官が爆撃で気が狂(ふ)れ、覚醒はしているのに人事不省になった。
その時の上官だったカーツ大尉の症状と、似ていた。
「まだわからないけれど、きっととても怖い目に遭ったんだと思うわ。前にこんな風になった人を見たことがあるの」
ヤヨイたちは、4名の戦死者をそのままにするには忍びず、認識票を回収したのち、簡単ではあるが墓穴を掘り、埋葬して来ていた。
祈りの言葉はシェンカーが唱えた。
「帝国を守らせ賜ういと畏(かしこ)き神々よ。願わくば鷲の旗の下に死したこれら4名の御霊を慰め、天上のヴァルハラへ共に連れ参らせ給え・・・」
ただ一点を見つめて指をしゃぶり続ける生存者以外のヤヨイ以下7名は共に跪き、手を組み、シェンカーの言葉を復唱し、冥楽を祈った。
しばらく行くと、急に森が拓けた場所に出た。
針葉樹の大木が何本何十本と切り倒されたままになって放置されていた。
シェンカー大尉が止まった。
ヤヨイも、目の前のその凄惨な光景を、見た。そして、片手を上げた。
「小隊、止まれ!」
「What a hell・・・ (なんてこった・・・)」
下級貴族の出身とは聞いていたが、きっと英語ベースの方言を話す土地柄の生まれなのだろう。シェンカーは驚きの感嘆符を漏らし、しばし口を噤(つぐ)んだ。
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