ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

kei

文字の大きさ
上 下
21 / 59
捜索

19 ヤーノフの懸念とヤヨイたちの驚愕

しおりを挟む
 長男のボリスとイワンを伴った帰り道。
 ヤーノフはシビルの村に直行せず、いささか遠くはなるが馬首を南に向けた。
 川に出ると橋を守る帝国兵に訳を話し、そのまままっすぐに第十三軍団独立偵察大隊司令部を目指した。
 クラスノの族長ヴラディーミルとの会見で腑に落ちない点があった。どうしてもそれを質したかったのだ。
 石を積み上げた巨大な城塞に着いたのは陽が天頂から降りかけたころだった。
 警備の兵に会釈ひとつで門を開けさせたヤーノフは、共に降馬した息子と部下とともに司令部の敷地に入った。
「よう、大将! 久しぶりだなあ。元気そうじゃないか! 帝都はどうだった?」
 第十三軍団独立偵察部隊の司令ポンテ中佐は、親しくヤーノフの手を取り来訪を労ってくれた。
 
 昨年。
 身に寸鉄も帯びず単身で国境の川を越えて帝国にやってきたヤーノフを最初に応接してくれたのはこのポンテ中佐だった。
 大柄なヤーノフに比べれば子供のような小さな体躯。しかもその表情は柔和で軍服姿でなければ帝都の商店のオヤジか牛の世話をする牧場主みたいに穏やかな物腰をしている。とても帝国軍最強部隊である北の異民族相手の独立偵察大隊のボスには見えない。
 だが、ポンテ中佐はヤーノフのいつにない険しい顔に何かを感じ取ったらしい。
「アレックスを呼んで来い」
 そう言いつけて司令部の建物にヤーノフを誘った。
 司令部の居室で人払いをさせた後、サシで向き合ったところに呼びにやったアレックスが来た。
 アレックスは肌が青い。元北の異民族であるウクライノ族の出身だからだ。十年以上前に帝国とのいくさで捕虜となりつい2年前に解放奴隷となって以降は第十三軍団所属の軍属として、主に通訳の任についていた。ヤーノフが初めて単独で帝国にやってきた時も共に帝都に赴いて彼の視察を援けたし、昨年末にシビルが帝国の友邦となってからはシビルとの連絡将校をも兼任しており、先だってのヤーノフとクラスノのヴラディーミルの帝都行きにも同行していた。ヤーノフとはいわば親友と言ってもいい間柄の男だった。
 つい先日共に帝都行きをしたばかりのそのヤーノフが突然司令部に来訪したことに、アレックスも青い顔を傾げ何事かという体で入ってきた。
「ペーチャ、どうしたのだ」
「どうも、北で何かあったようだ。お前も話を聞いた方がいいと思ったものでな」
 アレックスに椅子を勧めると、ポンテ中佐はヤーノフに向き直った。
「さて大将。いったい何事なのだね? 」
 第38連隊副連隊長でもある銀の月桂樹の葉の階級章を着けた将校と軍属を表す羊の階級章の二人の帝国陸軍軍人を前に、ヤーノフは一息つき、話し始めた。
「では、手短に話す」





「マルスよりマーキュリーへ」
――マーキュリーだ――
「約一時間前、第一次探索隊の生存者と思しき民間人一名を発見、保護しました。並びに近衛軍団兵と思われる遺体を4体確認しました」
――本当か! ――
「なにぶん、まだ少々精神が錯乱しているようで詳しい事情が聴取できていません。これから第三通報地点へ向かいます。遺体については収容もできませんので仮に埋葬しました。発見現場から狼煙を上げます。偵察機から位置を確認願います。第三通報地点北東約10㎞の地点です」
――了解。ところでその生存者の所持品は確認したか――
「ほとんどがグラナトヴェルファーの弾薬と小銃と少量の戦闘糧食ですが、見慣れない機器を持っていました。おそらくは、何かの測定器ではないかと。背嚢ほどの大きさのものです」
――わかった。こちらでも照会してみよう。現地到着後、状況を報告せよ――
「Jawohl! (了解!) アウト」
 ヤヨイは隣でゆっくりと馬を進めるハンナにハンドセットを返した。
 すぐ前の先頭はシェンカーとアラン。ヤヨイとハンナのすぐ後ろにはカミルと、まだ名前もわからない栗色の髪の男性生存者を抱っこするようにしてビアンカが騎乗していた。
 ヤヨイは後ろを振り返った。
 まるで赤ちゃんのように指をしゃぶり、ビアンカをお母さんとカン違いしているかのように抱き着いて馬の背に揺られていた。
「大丈夫、ですかね? 」
 ハンナも時折顧みては呟いた。

 ちょうど一年前。
 空挺部隊の作戦でチナ南部の街ナイグンに降下し、橋を占拠中のこと。直属の上官が爆撃で気が狂(ふ)れ、覚醒はしているのに人事不省になった。
その時の上官だったカーツ大尉の症状と、似ていた。
「まだわからないけれど、きっととても怖い目に遭ったんだと思うわ。前にこんな風になった人を見たことがあるの」

 ヤヨイたちは、4名の戦死者をそのままにするには忍びず、認識票を回収したのち、簡単ではあるが墓穴を掘り、埋葬して来ていた。
 祈りの言葉はシェンカーが唱えた。
「帝国を守らせ賜ういと畏(かしこ)き神々よ。願わくば鷲の旗の下に死したこれら4名の御霊を慰め、天上のヴァルハラへ共に連れ参らせ給え・・・」
 ただ一点を見つめて指をしゃぶり続ける生存者以外のヤヨイ以下7名は共に跪き、手を組み、シェンカーの言葉を復唱し、冥楽を祈った。



 しばらく行くと、急に森が拓けた場所に出た。
 針葉樹の大木が何本何十本と切り倒されたままになって放置されていた。
 シェンカー大尉が止まった。
 ヤヨイも、目の前のその凄惨な光景を、見た。そして、片手を上げた。
「小隊、止まれ!」
「What a hell・・・ (なんてこった・・・)」
 下級貴族の出身とは聞いていたが、きっと英語ベースの方言を話す土地柄の生まれなのだろう。シェンカーは驚きの感嘆符を漏らし、しばし口を噤(つぐ)んだ。
 その時、それまで一言も口を利かなかった生存者が、急に叫んだ。
「やめろォーっ! もう、いやだあっ! わああああああああああっ! 」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

1333

干支ピリカ
歴史・時代
 鎌倉幕府末期のエンターテイメントです。 (現在の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』から、100年ちょい後の話です)  鎌倉や京都が舞台となります。心躍る激しい合戦や、ぞくぞくするようなオドロオドロしい話を目指そうと思いましたが、結局政治や謀略の話が多くなりました。  主役は足利尊氏の弟、直義です。エキセントリックな兄と、サイケデリックな執事に振り回される、苦労性のイケメンです。  ご興味を持たれた方は是非どうぞ!

夢占

水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。 伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。 目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。 夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。 父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。 ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。 夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。 しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。 しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。 帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。 帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

大航海時代 日本語版

藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった――― 関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった ―――鎖国前夜の1631年 坂本龍馬に先駆けること200年以上前 東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン 『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです ※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します

【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説 現在、アルファポリスのみで公開中。 *️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗 武藤径さん https://estar.jp/users/157026694 タイトル等は紙葉が挿入しました😊 ●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。 ●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。 お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。 ●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。 ✳おおさか 江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。 □主な登場人物□ おとき︰主人公 お民︰おときの幼馴染 伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士 寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。 モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。 久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心 分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附 淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。 大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。 福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。 西海屋徳右衛門︰ 清兵衛︰墨屋の職人 ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物 お駒︰淀辰の妾

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

処理中です...