ステンカ・ラージン 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 5】 ―コサックを殲滅せよ!―

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18 ポーリュシカ・ポーレ Полюшко-поле

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野原よ、草原よ
野原よ、広大なる草原よ
草原を英雄が駆けて行く
そう、赤軍の英雄たちが

Девушки плачут,
Девушкам сегодня грустно,
Милый надолго уехал,
Эх-да милый в армию уехал.

娘達よ、見るがいい
敵を迎える備えは出来ている
我らが軍馬は早駆け
そう、我らが戦車は快速だ

Девушки, гляньте,
Гляньте на дорогу нашу,
Вьётся дальняя дорога,
Эх-да развесёлая дорога.


「ステンカ・ラ―ジン」。ヘルマンの率いる騎馬隊は、行く手の村々を支配下に置きながら意気揚々と東を目指した。
 エレバーンも、トビリーも、ギャンジも。みなはるか昔この辺りの大きな街だった村だ。モンゴルやペルシャ、そしてロシア。幾度も外敵に襲われ、その度に街の名前まで変わったという。ただし、帝国やノールやドンの民と違い、大災厄によって天変地異に見舞われつつも大移動をせずに済んだ街だった。かつての街並みはほとんど消え去り、人口は激減したけれども。

 エレバーンとギャンジの住民たちの忠誠を確認し、糧食を供出させ、ついでに騎馬隊に加わる兵も出させ、トビリーの村に達したころには、ヘルマンの軍勢は3千5百ほどに増えていた。
 先行させた使いの脅しが効いたのだろう。もちろん、トビリーの村の住人達もヘルマンの軍勢の前に城門を開いた。兵の多くを村の周辺に野営させ、ヘルマンは数十騎を率いて村に乗り込み、村長(むらおさ)たちの饗応を受け、腰を落ち着けた。
「セヴァスチャン、先を急ぎたいのは山々だが、先行させた斥候どもの報告を待ちたい。しばらく逗留することになるだろう」
 村長から提供された家に入り人払いをさせた後、ヘルマンは参謀役の冷たい目をした白い肌の男に告げた。
 襲う時は勇猛果敢大胆不敵に嵐のように暴れまわるが慎重さも兼ね備えていた。なんといっても帝国軍の一部隊を全滅させたのである。当然にヘルマンはその報復は見越していた。慎重になるにしくはなかった。
「わかりました。ではバクーへは早馬を。明日辺りには戻るでしょう」
「なんと言ってやるのだ」
「トビリーに留まる。今しばらく待機せよ、と。ヴォルゴグラへ向かわれるのでしょう? 陸路で」
 卓越しに身を乗り出し、破顔したヘルマンは「参謀」の肩を叩いた。
「さすがだ! オレの考えていることが言わずともわかる。お前は得難い軍師だ」
 セヴァスチャンは卓に地図を広げた。クンカーで見つけたものと全滅させた帝国軍から奪った地図だ。
 


 早速早馬の手配をしに行ったセヴァスチャンを待つ間、ヘルマンはじっと地図に見入った。そして戻って来た「参謀」に尋ねた。
「ヴォルゴグラまでどれくらいだ? 」
「そう、現在の行軍速度で8昼夜というところでしょうか」
「そこからシビルに向かうと半月だ。これから月が太る。ヴォルゴグラあたりで満月になるな。そこからさらにシビルは上弦。月が沈むのは真夜中・・・。夜襲も慣らして行く必要があるかもしれんな」
「お頭・・・」
「なんだ、セヴァスチャン」
「今一度お伺いしますが、本当に帝国の前進基地を? 」
「無論だ。帝国の奴らをやった今、民族の士気は高い。今が好機なのだ」
「もう半年、遅らせるわけには? 」
「お前が何を恐れているかわかるぞ、セヴァスチャン。帝国の、馬のない鉄の馬車だろう」
「そうです。せんしゃ、というらしいです」
「オレもテランで聞いた。この帝国の銃でも全く歯が立たないばかりか、大筒も打ち出すと。荒れ野も沼地も構わず進むことができるとも、な。昨年のチナとのいくさで、せんしゃは絶大な威力を発揮したらしい」
「だったら! 」
 常は冷静沈着なセヴァスチャンが、いつになく声を荒げ身を乗り出した。
「夏まで待ちましょう、お頭!
 我らが今まで冬場、より北に身を寄せてきたのは帝国軍の進撃を躱すため。冬はヴォルガも凍り、帝国軍が襲来しやすくなるが故です。だいぶ前の帝国の大規模な来襲も冬でした。夏ならせんしゃも騎馬隊も出て来れません! 」
「同じだ、セヴァスチャン。夏を待ってもムダだ」
 ヘルマンは落ち着いた風で穏やかに諭した。
「帝国はシビルの南の川に橋を架けた。せんしゃが渡れるかは知らんが、何かあれば帝国軍は足を濡らさずに一気に大軍勢を寄越せるようになったのだ。待てばさらに橋は増える。シビルの行き方に賛同する村も、裏切者も増えるかもしれない。そうなると、いかに我らが軍勢を増やそうが、もう歯が立たなくなる」
 ウォトカの盃を取り、掲げ、ヘルマンは言った。
「セバスチャン。いくさには、『機』がある。その『機』を掴むのが何よりも大切なのだ。
 そして、わが民族の『気』が高まっている今が、その好機なのだ。
 我々は、東に行く!
 行って、わが民族の裏切り者と帝国の侵略者を叩く! 完膚なきまでに!
 過去奪われてきた我らの神聖なる大地を取り戻し、帝国に対し覇を唱えるには、今しかないのだ! 」
 ヘルマンは盃を煽り、その酒精度の高い火酒を一気に喉に流し込んだ。
 
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