Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―

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第一章 三ヶ月前

06 帝国皇帝の深い苦悩

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 退学を賭けた冒険者ランクの昇格を目指して、奮闘することとなるクロトとセリス。
 師となる者から新たな武器、編み出した魔法、スキルを手に入れて準備は万全。
 そしてフレンが選定してきた依頼の内容は、新進気鋭な商会の若手育成を目的とした護衛。その行き先は、過去にクロトが訪れた経験のある“霊峰”だった。
 歴戦のワイバーンと繰り広げた死闘を想起し、苦い表情を浮かべながらも。
 快く送り出してくれるアカツキ荘のメンバーに、不甲斐ない結果をもたらさない為にも。
 二人は気合いを入れて、初の護衛依頼に挑むのだった。

 ◆◇◆◇◆

 怒涛の展開を乗り越えた翌日、早朝、アカツキ荘の前で。
 護衛依頼に挑む俺とセリスはバックパックを背負い、エリック達──ユキはまだ眠っている──と最終確認をおこなっていた。

「今日から三泊四日の旅になるぞ。忘れ物は無いか?」
「「大丈夫!」」
「お弁当はしっかり持ちましたね。ハンカチは?」
「「あります!」」
「あちらからの申し出とはいえ学生としての礼儀は欠かさず、失礼が無いようにしてくださいね?」
「「可能な限りは!」」
「そこはちゃんと保証してほしいんだけど……」

 一晩経って“命の前借り”による興奮作用が抜け切ったのか。
 加えて《ウィッチクラフト》がもたらした効能も切れたのだろう。疲労を踏み倒し続けた反動によって、十分な睡眠を取ったにも関わらず憔悴しょうすいしている学園長がぼやく。

「まあ、学園長の顔に泥を塗るようなマネはしないよ。アタシだってその辺はわきまえてる」
「向こうの商会に突発的な問題が起きたとしても、それは俺達が関与したことじゃないから素知らぬ顔で流せばいいんでしょ? 分かってるって」
「出来る限り依頼主の意向を聞いてから行動を起こして? 依頼を完遂しないといけないんだからね?」

 学園長という立場として、護衛依頼を斡旋した側としても一抹いちまつの不安を抱いているようだ。

「仮に何かあったとしても、道中や仕入れ先でトラブルが起きたら武力行使もいとわないよ」
「バレないようにやれるか……? 俺が指示すればいけるか」
「ダメだこの二人、思考が無法者に寄り過ぎてる」
「ただでさえ郊外に慣れていないお二人ですからね」
「ニルヴァーナ内だけで色々と完結している環境が仇となりましたか……」
「マジで先方の意見を聞いてから動けよ? お前らだけじゃなくてアカツキ荘の心証も悪化するかもしれねぇんだぞ」

 再三に渡り注意を促すエリック達の言葉をしっかりと聞き入れて、様々な思惑の混じった視線に見送られてギルドへ歩き出す。
 学園の敷地と居住区を跨ぐ門を抜けて、青空市場の活気と人波で溢れる大通りメインストリートに出る。

 朝であるのに本格的な夏の始まりを感じる日差しが、ルーン文字で刻んだ“温度調節”を貫いているのが肌で実感できた。
 同時に納涼祭の一件で顔が割れたこともあってか、ささやくような声が至る所から響いてくる。それは興味か、好奇心か、はたまた悪意か……どちらにせよ、気に掛けることではない。

 やがて見慣れた冒険者ギルドの建物が見えてきた。中に入れば、依頼の貼られた掲示板に群がる冒険者と忙しく動き回る職員の姿があった。
 だが、俺の姿に気づいた何人かが気取られないように、平静を装って視線を向けてきている。動向が気になっているか? 本当に有名人となってしまったみたいだな。

 それらを尻目に受付カウンターへ向かい、学園長から渡された依頼書を差し出す。
 既に事前通達されていたのか円滑に手続きは進められ、指定した場所へ向かうように指示を受けた。変わらず向けられる視線を、ギルドの扉を閉めることで遮り再び大通りメインストリートへ。

 東西南北に延びる通りの先には巨大な門と、飛行型魔物モンスターの侵入を拒む魔力障壁を補填する物理的な外壁。
 行商に出る商人や出稼ぎにきた村人、何台もの馬車が並ぶ中で一人、若い男性がこちらに手を振り駆け寄ってくる。

「ぱっとしない顔にゴテゴテした魔装具が付いた剣、槍を持った少女……写真と相違は無いから間違いない。今回の護衛依頼を受注した学生冒険者だね?」
「あれ、いま見知らぬ人にけなされた?」
「良い感じに的を得てる印象を抱かれてるってことじゃないか?」

 自覚してる分、ダメージも大きいな……

「いや、すまない。商会の先輩方がそう言っているのを盗み聞いてしまって、つい口に……失礼なことを」
「いえ、お気になさらず。自分はクロト、こちらはセリスです。貴方が護衛依頼で隊商を任された方ですか?」
「ああ。私はウィコレ商会所属の商人、ロベルトだ。仕入れ先となる“霊峰”までよろしく頼むよ」
「「よろしくお願いします!」」

 謝罪を手で制して自己紹介を交わし、ロベルトさんが用意した馬車に移動。
 隊商といっても内訳としては、人が十数人は乗れそうなほど大型の屋根付き荷台に見合う大柄の馬が二頭。そこにロベルトさんと俺達のごく小規模なもの。
 一般的とは言いがたく、若手を育成する為という名目上に相応しい、最低限な要素のみで仕入れを任せられているようだ。

 馬車の積載物や進行ルートの確認をしつつ歓談していると、俺達の番がやってきた。門番とやり取りを交わし終えたロベルトさんは、良い商いを! と投げかけられた言葉に手を振って返す。
 御者として手綱を握る彼は馬に指示を出し、馬車は動き出した。

 ガタガタと揺れる振動を全身に感じながら、外壁周辺に広がる牧場地帯を横切り、街道を進んでいく。
 少し離れた位置で、魔素混じりの黒煙を上げながら疾走する魔導列車が走っている。
 旅立ちを応援するかの如く汽笛を鳴らす魔導革命の産物を眺めながら、俺達は“霊峰”に向けてニルヴァーナを後にした。

 ◆◇◆◇◆

「ところでお前さん、確か乗り物酔いが酷いっつー話じゃなかったかい? 何か対策はあるのか?」
「ふふん、舐めてもらっちゃあ困るね。俺がいつまでも自分の弱点を克服しないままでいるとでも? ちゃーんと考えてきてるんだなぁ、これが」
「へぇ、どんなの?」
「名付けて“安定認識薬”! これさえあればどれだけ揺れの酷い乗り物に乗っていようが酔わず、吐かず、平常で居られるはずさ!」
「すごい薬を作っているんだな、君は。鍛冶や錬金術に精通しているとは聞いていたが……」
「師匠の教えが良かったんですよ。とにかく、長年苦しめられていた乗り物酔いに終止符が打てる……それじゃ、一気飲みでいきます!」
「馬車移動中、アタシだけで周囲を警戒する必要が無くなるからありがたいねぇ」
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