28 / 31
次世代の領主
第五話 花壇と仔犬
しおりを挟む「おい、カインー! 今日こそ飲み行こうぜ。お前サークルも入ってないんだろ」
「そうそう、楽しいぞ! 可愛い子もいるしさ、行こうよ」
選択していた科目の講義も終わり、帰ろうとしたところで、カインは大学の同級生たちに呼び止められた。
「あ、あーごめん。外せない用事があって」
大学での友人は今までとはわけが違う。
男女の付き合いや出会いはともかく、専門も分かれ、どんどんその道を深く掘り下げていかねばならない。その専門分野は国を越え、世界規模となっていき、将来的にその道を突き進むならば、学生時代からの繋がりや付き合い、出会いがこの先も非常に重要になってくる。
わかってはいるのだが、カインにそんな関係や伝手をつくっている暇はなかった。
ただでさえ大学に時間をほぼ費やしているのに、サークル活動や付き合いまでしていたら、シアとの時間がどんどんなくなってしまう。
(次のミーティングのあとの飲み会と、来月のパーティーは断れないな。その前にレポート提出……あーもう、ゆっくりデートのひとつも出来ないか)
今日もカインは講義を終えると、スケジュールを確認しつつ、即行で教室を出て行った。
バスに乗り街の喧騒を離れ、郊外の落ち着いた実家に立ち寄る。すると飼い犬のジャドが吠え、嬉しそうに尻尾を振りながら駆けてきた。
『カイン、カイン、久しぶり! うわーい!』
「やあジャド、元気そうだな。父さんは農場?」
『裏の畑!』
頭を撫でつつ庭の花壇を見に行くと、きちんと手入れがされているようだった。
特に問題もなさそうなので、そのまま庭に立てかけてあったホウキを手に取る。すると、ジャドがギャンギャン吠えてカインを止めた。
『カイン、まだ帰るなよ、父に会って行けよ!』
するとジャドの声に気づいた父が、何やら荷物を持って慌てて走ってくるのが見えた。
「カイン!」
どさっと畑の野菜と自家製のチーズを持たせてくれる。
「元気そうだな! 来たなら顔くらい出していってくれよ。あとこれ、お世話になってる人達によろしくな」
「あーありがと。俺の花壇も世話してくれてるんだね」
目を細めて花壇を眺めながらカインは言った。
今でこそ花いっぱいの花壇であるが、元々ここは遊具のある芝生の庭で、幼い頃にはシアとの遊び場だった。庭も農場もあるカインの家と異なり、狭いフラット暮らしのシアは、毎日のようにここに遊びに来ていたのだ。
しかしあの時から、彼女はこの家に来ていない。
◇◆◇◆◇
シアを振ったあの日ーーカインは世界の全てが真っ暗闇に閉ざされたような気分になった。
ずっと頭ではわかっていても実感などなかったのだと思い知る。自分が領主であり、村の外で暮らすことの重みをズシリと感じた瞬間だった。
ーー何故村の掟があるのか、領主は村から出てはいけないのかーー
中学生になり、周りはどんどん色づき始め、学校でもキスシーンくらいは普通に見かけるようになっていった。本音を言えば、カインもキスや恋人に興味を持ち始めていたし、シアを誰かにとられる焦りを全く感じていなかったわけではない。
そしてシアも同じことを思ったのだろう。
幼い日に家族になろうと言ってくれた彼女の好意は、少なくとも恋人になろうと思ってくれるくらいには本物だった。
それを踏み躙ったのが、他でもない自分自身だったのだ。
もう、彼女との未来などありえないーー激しい自己嫌悪は日に日に強くなっていくばかりだった。
シアを避けるようになり、ひと月ほどたった頃だろうか。
一緒に遊んだ庭を見ていることすら辛くなったカインは、ある日彼女と遊んだ遊具を、怒り任せに魔法で跡形もなく破壊した。
父が驚き、何事かと止めるのも振り払い、カインはそのまま一人家を飛び出す。
バスも使わず一晩中走りに走って、向かった先は魔女の村への入り口の門だった。
何もかもがどうでも良くなっていた。
このまま村に戻り、罪を犯した領主として、傀儡のように役割をただ全うしようとも考えた。
しかし、どうしてもシアや父の顔がチラつき、門を越えることができない。
結構な魔力を与えてしまったーーシアはこのままで大丈夫だろうかーー。
大魔女になったルカはもう全く来ないし、母も亡くした父は完全に一人になってしまうーー。
(駄目だ……全部放り出しちゃ、まだ駄目だ……シアが他の誰かと付き合おうと。この先どんなに嫌われようと……)
幸い、シアの魔力が暴走する気配はなかった。
たまにくじ運が良くなったり、明日の天気を読んだり、そんな程度だろうか。
それがわかった時、どれだけ安堵したことか。
しばらくすると、カインはシアとの思い出を消すように、遊具のなくなった自宅の庭に花壇を作り上げた。彼女を失った悲しみは、ひたすら勉強し、ガーデニングをすることで紛らわせていった。
ジャドが家に来たのはその頃であるーー彼女が来なくなり黙々と庭いじりをする息子を心配し、ある日父が近所から譲り受けた、産まれたての黒い仔犬だったのだ。
◇◆◇◆◇
そのジャドも簡単な人の言葉を解すようになり、カインと話せるくらいには成長している。
あの頃とは何もかもが変わった。シアも独り立ちし、父にもジャドがいてくれる。
思い出すのも辛かったはずが、今は落ち着いて目を向けることができている。
カインが再び魔女の村に行き、そして戻ってきたのは二ヶ月ほど前のことだった。
決まっていた大学も諦め、父やジャドとも永遠の別れを密かに覚悟していたが、あの時父は何も聞かずそっと送り出してくれた。
思えば父も相応の覚悟をしていたのかもしれない。
僅か一ヶ月ほどで戻ったカインの顔を、信じられないような目で見ると、一気にその顔が緩んでいったからだ。
カインは魔女の村での一件を父に報告した。
シアの魔法指導をすることになったこと、ルカやヴェルドの様子など。そして。
ーー俺、シアと付き合うことになったからーー
それを聞いた父は泣くほどに喜んだ。滅多に開けないいいワインを出してきて、珍しく泥酔するほど飲んでいた。
ーーよかったなぁ。カインは昔から、シアちゃん一筋だったもんなあーー
泥酔しつつも呟いたその言葉に、カインは顔を真っ赤に染め上げ、何も言えなくなってしまったのは、まだ記憶に新しい。
「……どうだ、シアちゃんは元気か?」
同じようなことを思い出していたのか、父が庭を眺めながらカインに聞く。
「えっ、うん。魔法、楽しいってさ」
「そっかそっか。よかった!」
言って背中をバンッと叩く。「ぐえっ!」とうめき声を上げながら、カインは再びホウキに跨った。預かった荷物をグッと抱え、ジャドの頭を撫でると、ホウキで一気に飛び上がる。
「シアちゃんと、あとルカにも、またいつでもおいでって伝えてくれな!」
ヴェルドくんもいつか是非ーとはるか下で手を振りながら見送る父に、カインは軽く手をあげると、いつものように村へとホウキをとばした。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【完結】お父様に愛されなかった私を叔父様が連れ出してくれました。~お母様からお父様への最後のラブレター~
山葵
恋愛
「エリミヤ。私の所に来るかい?」
母の弟であるバンス子爵の言葉に私は泣きながら頷いた。
愛人宅に住み屋敷に帰らない父。
生前母は、そんな父と結婚出来て幸せだったと言った。
私には母の言葉が理解出来なかった。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
半熟卵とメリーゴーランド
ゲル純水
恋愛
あのこはフリーライター。
そのお手伝いの副産物。
短い文章やら、メモやら、写真やら。
フィクションまたはファンクション。
相も変わらず性別不安定な面々。
※意図的にキャラクターのほとんどは「あの子」「きみ」などで表現され、名前もなく、何タイプのキャラクターがいるのかも伏せてあります。
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
(完結)私の夫は死にました(全3話)
青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。
私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。
ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・
R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる