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次世代の領主
第七話 危険な男
しおりを挟む定例の領主の会合が終わり、ヴェルドは書類をまとめ、城の会議室を出た。
自室に戻る途中窓の外を眺めると、もう珍しくもなくなった若者たちの魔法練習の様子が伺える。
「へぇ、成果が上がってるようだね」
突然横から声をかけられ、即座にそちらを振り向く。そこには同じように窓の外を興味深そうに眺める中年の男がいた。
ヴェルドの一世代上の第四領主、レオ・グラディーン四十三歳。
その中年を思わせない整った容姿にきっちりした振る舞いは、ヴェルドが見ても格好の良い紳士だ。加えて勘もいいし、器量もいい。現在魔女達に最も人気を誇る領主である。
「先日私のところにも挨拶に来たよ。カイン・ドーウェル……あの子どもが随分と立派になったものだ」
「幼い頃の彼をご存知で?」
「ことあるごとに君と共に、私とルカ殿の邪魔をしてくれただろう?」
ぎっくりとヴェルドの動きが止まる。思い返すは十五年前。
この男レオ(当時二十八歳)は、その魅力でもって、少女でありながら既に美貌と圧倒するオーラを纏っていた十五歳のルカに、頻繁にちょっかいを出していた。彼女の元々の魔力の大きさと自分の上乗せした魔力で都度撃退していたが。
そういえば四歳そこそこで魔力もまだ少なかったカインも、直接敵わないながらも、ヴェルドにこっそり知らせるなど、彼なりに姉を守っていたのを思い出す。
完全にヴェルドと婚姻関係を結び、大魔女となった今は、流石に手を出さなくなったようだが。
「まさか、あの頃の報復とばかりに嫌がらせのひとつもしているわけでは……」
「そんなことはしない。というか、私は男に興味はないんだ」
ひしひしと嫌な予感を感じつつ、ヴェルドは先輩の領主に先を促す。
「ひとつ気に入らないのはね、私に挨拶に来た時に、外から連れてきたという彼女を伴っていなかったことさ。新しいこの村の一員だ。当然、私にも紹介するべきじゃないか……?」
ヴェルドは血の気がスッと引いていくのを感じた。
レオは非常に危険な男である。領主である現在の状況を最も理解し、自分が貴重で見た目もよいと自覚し、魔女たちを次々に攻略していくのを楽しんでいる。人のものーーいや、人のものになろうとしている場合など最悪だ。
「私は全ての魔女に愛という魔力を与えたい」
その言葉の通り、寄ってくる魔女は当然のこと、外に恋人がいる魔女、結婚し子供がいる魔女なども当然のように口説き、その魔力を与えることに喜びを感じている。
現在独身であるものの、その離婚回数は十を超えるかもしれない。
そういう意味ではレオのもう一世代上、シアの言うブヨブヨ第三領主殿はまだマシである。
彼は訪れる者にはどんな魔女でも、惜しみなく魔力も褒美も与える。噂によればどんなに仏頂面で冷ややかな女性相手であろうと、キスひとつで最低でも魔力値四十は与えるのだという。
が、その容姿ゆえに若い頃拒絶しかなかった経験からか、自分から積極的に誘ったりはしないのだ。
つまり求めさえしなければ害もない。
「お手柔らかに願いますよ、レオ殿。貴方から見れば親子ほども歳の離れた娘ですから」
「何を言うんだ。愛に年齢など関係ない。短い人生、女性を愛さずに何をするというのだ」
そしてふと時計を確認し、魔女を待たせているからと廊下を去って行く。
ヴェルドは姿が見えなくなるのを確認し、はーっと大きくため息をついた。
「シアちゃんは今、魔力値一二一だっけ。二三五のおっさん相手は厳しいだろうなぁ。カインはあまりいないし……僕の目の届く範囲なら何とかするんだけど」
いっそのこと、もう夫婦になってしまえばいいのにと思う。
だがシアが魔力を制御出来ないうちに多大なる魔力を与えてしまうと、少しのきっかけでも大暴走してしまう危険を伴う。先日の壁崩壊事件はまだ記憶に新しい。
そしてそれ故に、二人はまだキスひとつ満足にできていない。
「……ま、小さなナイトはその為もあるんだけどね」
イギルが一緒にいるなら、シアが一人になり、いつの間にかレオの手にかかるなんてことも避けられるだろうーー多分。
「外から来た魔女というのも、なかなかに難しいものなんだな」
カインの存在が公になり、魔力を望む村の魔女たちに知られたなら、次はどんなトラブルが待っているのだろう。
レオのことなどほんの序章に過ぎない。
「頑張れよ、シアちゃん」
目下広がるグラウンドで、のびのびと魔法の練習に勤しむ新米魔女と後輩領主を眺めながら、ヴェルドはそっと呟いた。
◇◆◇◆◇
「あーもう、また寝ちゃってた」
あのホウキでのデートからひと月。
カインの言葉通り、彼はどんどん忙しくなり、顔を合わせることも少なくなってきていた。
一応ゲーラの家が二人の下宿先なので、泊まりでもない限りカインが戻って来るのは、実家でも領主の城でもなくここの筈である。
「朝ご飯……そんなの作るくらいなら、起こしてくれればいいのに」
シアが朝起きると、カインに用意していた夕食がなくなり、彼女の分の朝食が出来ている。だから帰って来てはいるのだ。いつも顔を見る前に寝てしまい、起きた時には既にいないだけで。
魔女の村にはネットもなければスマホもない。そういう魔法もあるかもしれないが、今のところ二人の連絡手段は書き置きしかない。そして現代人らしく、長文の手紙などお互い殆ど書かない。
「もうホウキだって、乗れるようになったんだよ……見に来てよ……」
一人朝食をとったシアは、今日もホウキで城へと向かった。
午前中は大体、シアがイギルに一般教科を教え、午後はイギルから魔法のコツを教えてもらうのが日課になっている。
いくら勉強が苦手だったシアでも、一応大学進学の勉強までしていたのだ。小学生の勉強くらいは見てやれる。
「シア、おーい、終わったぞ……聞いてるか?」
「はわっ! ごめん、えーと終わった? どれどれ」
最初でこそいろいろ反発し合っていた二人だが、最近はお互い補い合う部分を認め、慣れてきたのか随分と落ち着いていた。
なんだかんだで、お互い一人にならずに済んでいる。
しかしここのところシアはよくぼーっとしており、笑顔も随分減っていた。
「……全然顔合わせてねーの? カイン兄ちゃんと」
課題をチェックするシアに、イギルがぼそっと呟いてみると、彼女は目に見えて固まった。
「あ、はは。そうだね、カインは大学忙しいしね……なかなかこっちまで……気は回らないよね」
精一杯笑顔を向けて言うシアに、イギルはため息をつく。
別に寂しいなら寂しいと言えばいいのに。そんな顔をするくらいならーーと思う。
(てかそんな顔させてんじゃねーよ。俺なら放っておいたりしないのに)
空気が非常に重くなり、二人して沈黙してしまう。
すると突然、それを打ち砕くような明るい、そして柔らかい声が聞こえた。
「おやおや、どうしたんです、二人とも。こんなよいお天気に似つかわしくない暗い顔をして」
シアが顔を上げると、いつの間にそこにいたのか、一人の紳士が微笑んで立っていた。
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