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次世代の領主
第一話 飛行魔法
しおりを挟む欧州ーーそこは魔女のいる世界ーー。
中世の魔女狩りから生き延びた魔女達は、二十一世紀となった現在、魔女達だけの独自の村を作り、決まりを作り、もう二度と悲劇を起こさないよう外の世界と離れひっそりと暮らしていた。
「全然浮かんでないぞ、シア」
「だ、だって、いざやってみると怖くてー」
艶やかで美しい夏の季節が終わり、そろそろ昼と夜の日照時間が同じくらいになってきた頃。シアはホウキで飛行魔法の練習を始めていた。
憧れのホウキ飛行。寒い冬が来る前に是非ともやっておきたい魔法だ。
しかし、ゆっくり飛翔し動くくらいはすぐに出来るかと思っていたカインの予想を大きく外れ、今日もシアは目の高さ辺りまで浮くものの、それより上には行けないでいる。
「シアって高い所駄目だったっけ?」
「そ、そんなことない……筈だけど……」
カインの記憶でも、シアは高い山や崖、バンジージャンプすら怖がることなくはしゃいでいたものしかない。単に慣れの問題だろうかーー。
二人が魔女の村に来て三ヶ月。
最初の一ヶ月は魔法の基礎理論と魔法薬作成しかしていなかったが、シアの魔力が大幅に増えた後、カインはひたすら実践で魔法を教え込んでいた。
決して易しい魔法ばかりでも、ゆっくり進めていたわけでもない。むしろスパルタと言っていい程の進めようだったが、シアは弱音のひとつも吐かず、全力で魔法に取り組み続けている。
しかし村の魔女と違い、生まれた時から魔法の感覚があるわけではないので、カインも所々で教え方につまづいてしまう。
そして先日、カインは大学生になり、少しずつ教える時間が減ってきていた。
「……ごめんね。カインだって大学の勉強もあるのに」
「俺のことは気にすんなって。仕方ないよ、魔女になって日も浅いし。焦らないでシアのペースでいこう」
そう言ってくれるが、魔力の制御を身につけないと、この村の外に出る許可も下りないし、何より折角恋人同士になったカインとキスひとつ出来ない。
魔力を暴走させたあの時のことは今も記憶に新しい。
膨れ上がる負の感情、抑えられない怒り、不安、消失した理性。そして気づいた時には木っ端微塵に吹き飛んでいた、村の入り口の門。
幸い事なきを得たが、人を傷つけていたかもしれないと思うと、今でもシアの背筋は凍りつく。
(でも挫けてなんていられない! 私は大魔女になるんだから!)
カインが大学に行っていない間、シアは下宿先のゲーラの家の家事と、自主訓練をしている。ゲーラが在宅の時には教えてもらうこともあるが、元大魔女様は多忙で家にいないことの方が多かった。
飛行魔法も一人でかなり練習しているのだが、やはり限界を感じてしまう。
「どうしてもここから進まないのよ。ああもうー私の馬鹿馬鹿!」
自分で頭をポカポカ叩きだすシアを止め、カインは彼女の跨るホウキに横向きに腰をおろした。そのままシアの腰に腕を回す。
「うぎゅ……やっぱりこの身体だとシアを抱えにくい」
華奢な身体、白い透き通った肌。カインは村にいる間はいつも可憐な少女の姿だ。
「特にこの胸がジャマ……いてっ!」
「あらあらカインちゃんたら、いつもお肌ツヤツヤで本当羨ましいですわ。お邪魔なところもご立派ですこと」
左腕で自分の胸を抑えつつ、シアは拳を握りしめホホホホホと笑った。
女性化魔法ーーその名の通り男性を女性に変化させる魔法だが、決して術者の理想体型に変化できるわけではないのだという。あくまで本人の性別を変換させるだけの魔法なのだと。
(つまりカインは女の子だったら、この理想的な体型にお肌に、可愛らしさを持ってるってことよね)
彼の実の姉である大魔女ルカの容姿を思い出して悲しくも納得してしまい、シアはがっくりと肩を落とした。
対してカインは目を半開きにしながら、はあっと大きくため息をつく。
「別に程々にあればいいだろ、胸なんて。デカいとマジで邪魔だし。俺は巨乳好きってわけじゃないからシアくらいあればーー」
「セクハラ発言禁止!! 全然慰めになってないから!」
ペシッと自分に向けられた少女の手を叩き、シアは気を取り直して再びホウキに向き直った。
これがカインの元の姿でまじまじと言われてしまったら、シアの心臓は跳ね上がり、顔も真っ赤になって、魔法の修行どころではなかったかもしれない。
しかしーー美しき少女の姿は七難隠す。
以前より近い距離も、接触も、セクハラまがいの発言も、シアは動揺することなく、女同士のように気楽に接していられた。
カインが本来の自分よりも短くて細い腕をまわし、精一杯の力でシアを抱える。
「一緒に飛ぶから、感覚掴んで。行くよ!」
言い終わるや否や、二人の身体はホウキと共に大空へ舞い上がった。
「きゃ、きゃああああああーーーーあはは、あははははーー!」
突然の飛翔にシアは叫び声を上げたが、横にカインがいる安心感からか、徐々に笑顔に変わる。
「すごい、カイン! 空って最高ーー!」
一方、カインはかなり本気で、ガクガク揺れるシアの身体を支えていた。
(あーこれは、バランスの問題か。一人飛行は練習いるな)
冷静に分析して彼女の傾向と対策を考える。
はしゃぐシアの後ろで、云々とカインがどんな練習がいいか悩んでいると、ふいに横から声をかけられた。
「シア? シアじゃないか!」
「あっ、アイラさん! こんにちはー!!」
いつの間にかホウキを寄せ、魔女アイラが並んで飛んでいる。
「もう飛べるようになったのか。頑張ってるな」
「一人じゃまだ無理ですけど! 空飛ぶの楽しいですね!」
「そうか、魔法が楽しいならよかったな。えーと……」
そしてアイラは、必死にシアを支える一人の少女に目を向けた。
「君は……シアの先生か? ……どこかで見たような、見なかったような……?」
「気のせいですよ。お……あたし、最近ゲーラ様に引き抜かれて湖水地方から移ってきたんで」
「そうか、あの辺にも魔女の集落があったな……この村はどうだ? あ、私はアイラだ、よろしくな」
「か……マインでーす、よろしくー」
シアが口を挟む間もなく、二人の会話が進む。
そしてアイラが気づいたように時計を確認し、仕事に戻って行くと、シアがすかさず疑問を呟いた。
「ま……マイン……ちゃん??」
「あー」
他所用の笑顔を解き、カインがほっと息を吐く。
「アイラ・フーディア……一つ上。小さな村だから、歳の近いやつは大体みんな知ってんだよな」
「そ、そうなの!?」
「てかアイラは確か、リューズの従姉弟だぞ」
「……まじで?」
リューズーー学生時代、隣のクラスにいた村出身の男の子。
流石は村社会、何という狭い世界だろうとシアは思う。
「まぁ偽名とか、決めとこうと思ってたからちょうどいいや」
それにしては安易な偽名ではないかーーシアは突っ込もうとしたがやめた。カインがホウキを下降させ始めたからだ。
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