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外伝 領主の目覚め
その2
しおりを挟むキャンピングカーで高速を走り、昼食をとりながら、橋を渡って島に着いたのは二時過ぎだった。
途中スーパーで肉と野菜を買い込んだので、夕飯は海辺でバーベキューである。
特に海水浴場などと名前がついているわけでも、有名なわけでもない、地元民が適当に訪れるくらいのビーチだ。人も遠くに二、三組見えるだけだろうか。
ほぼプライベートに近いところだが、砂浜も海の水もとても綺麗だ。
運転で疲れた父は、早速折りたたみのチェアーを出して日光浴を始めた。
シアとカインは、はやる気持ちそのままに服を脱ぎ捨て、下に着ていた水着姿で砂浜を走り、はしゃぎながら海へと向かった。
夏とはいえ、緯度の高い欧州の海の水は冷たい。
しかし、慣れている地元民にとってはそれが普通であり、子供たちもさして抵抗なく、どんどん海に浸かっていく。
「そういえばシア、泳げるようになったのか?」
持ってきた浮き輪を浮かべながらカインが聞くと、彼女はニコリと笑って言った。
「うん、この間教えてくれたでしょ。もうばっちりだよ!」
そしてシアは覚えたての平泳ぎをスイスイと泳いで見せる。
しかし、深くなった途端バシャッとバランスを崩してしまい、慌ててカインが支えた。
「大丈夫か? シア」
カインの首に腕をまわし、ゲホゲホ海の水を吐き出した後、シアは苦笑した。
「うん、びっくりしたー」
「もう少し浮き輪持っておきなよ」
「うん。そうだカイン、ボール投げようよ!」
二人は時間も忘れ、今度はボール遊びに夢中になっていく。夏の夕暮れも遅く、いつまでも遊び続けていられそうだった。
「カイン、そっちボールいったー」
「シア、下手くそっ!」
「早く早くー」
カインが慌ててビーチボールをとりに泳ぐ。
シアはそんな彼を横目に、浮き輪でプカプカ浮きながら、まだまだ日の暮れない青い空を見上げた。
そのままうつらうつらとしてくる。
「シア、投げるぞー……ってあれ?」
カインがボールを拾い、振り返ったが、そこにシアはいなかった。
慌てて遠くに目を向けると、彼女は浮き輪と共に沖に流されている。
「シア! シアーー!!」
カインは大声で名を呼んだ。すると、シアがむくりと身体を起こすのが見てとれる。
とりあえずの無事にほっとしながらも、カインは手を振りながら大声で続けた。
「馬鹿シア! 寝てたんだろ! 戻ってこいよー!!」
「あ、あわわわわ」
シアは慌てて浮き輪に入り、足をバタバタと動かした。
しかしその時突然、ピキッとその小さな足がつる。
「痛っ!」
彼女が思わず足を押さえようとした瞬間、浮き輪は小さな身体をするりと抜けた。
「きゃ……っ」
浮力を失った少女の身体が海へと飲み込まれそうになる。
「た、たすけ……」
ガボッと水を飲み込み、小さな身体が沈んでいくのは一瞬だった。
「シア……っ!!」
突然浮き輪が遠くに流され、シアの顔が見えなくなり、カインの心臓が急激に冷えていく。
「シア、シアーっ!! 返事しろ、おいー!」
「どうした、カイン!?」
「シアが、シアが!!」
息子のただならぬ叫び声に、うとうとしていた父が目を覚まし、何事かと駆けつける。
バシャバシャと泳いで行こうとするカインを、父は慌てて引き止めた。
「父さんが行くから! カインは戻ってるんだ、いいな!?」
強い口調で言い聞かせ、父が急いでシアのところへと泳いで行く。
流石に大の大人の男の泳ぎは速かった。あっという間に浮き輪を拾い、シアの顔を海面から出す。
しかし、シアは動揺し、カインの父にぎゅっと抱きつき、その動きを拘束してしまう。そこは大人でも海の底に足がつかないほどの深さがあった。
「シアちゃ、ちょ、落ち着いて……がふっ」
父とシアの頭が海面から出たり入ったりするのが岸から見える。それをじっと見続けるカインにも危険なことは伝わってくる。
「父さん! シア! 頑張って!!」
しかしカインの声援も虚しく、何度目かの息継ぎの後、二人の姿は海面に上がってこなくなった。
ドクンーーカインの心臓が一気に締め付けられる。
(うそ、だろ、まさか……)
ーー死ーー
その言葉が浮かんだ瞬間、カインの理性も何もかもが一瞬にして吹き飛ぶ。
「うわあああああああああああ!!」
幼い少年の悲痛の叫び声と共に、その魔力が突如暴発した。
海がーー真っ二つに割れた。
押しのけられた海水は波の壁となり、左右へ高く舞い上がる。
まっすぐできたその道は岩や海藻がむき出しになり、逃げ遅れた魚が飛び跳ねていた。
その先に、父とシアの倒れた姿が見える。
カインは夢中でその道を駆け抜け、二人の元へ走った。
「か、カイン……か?」
気を失いかけていた父が、力なく少年の手に触れ確認する。
「うん……シアは?」
カインは父の横で倒れている彼女にそっと触れる。起き上がった父が彼女の息と脈を確認し、ホッと息をついた。
「気を失ってるが生きてる……ちゃんと息もあるよ」
言って彼女を背負い、カインの手を繋ぐ。改めて今置かれている状況に目をやり、驚きの声を上げた。
「これ、お前がやったのか。すごいな」
「うん、なんか、夢中で。あ、でも急いで。いつまでもつかわからない!」
「何!?」
二人は感心する間もなく慌てて砂浜へと走る。
そして息を切らして砂浜に戻った時、ザザーンと海は何事もなかったかのように元に戻っていった。
シアをチェアーに寝かせると、父と子は周りを幾度となく確認する。
「だ、大丈夫、かな? 誰にも、見られてない?」
「もう八時近いからな。夕飯時なのが幸いしたか」
はーっと親子は同時にため息をついた。
目覚めたシアは何も見ていなかった。
「ありがとう、おじさーん」と、助けたのを父と疑わず、無邪気にカインの父に抱きつく。
なかなか落ちない夕日の照らす中、食べたバーベキューも、とても美味しかった。
カインは一人、海辺のチェアーに寝転がりながら空を見上げた。夜十時。ようやく夕日が海に沈み、暗くなっていくところだった。
父とシアは疲れたのか、早々に寝入っている。
(もっと上手く……魔法を使えればよかった)
基礎魔法しか知らないカインは、あんな派手な方法でしか二人を助けられなかった。
(人に見られても誤魔化せて、効率もよくして……ばーさんは、上手かったよな)
魔女の村にいた頃、魔法の指導を受けていた恩師のゲーラを、ふと思い出した。
高度で流れるような美しい魔法。その操り方も、さりげなさも見事だったように覚えている。
大魔女も大人の魔女達も、もっともっとあらゆる魔法を使いこなしていたのを覚えている。
(無意識に暴発させるようじゃ駄目だ……今回誰も見ていなかった幸運に胡座をかいちゃ……)
次は大丈夫などという保障はどこにもないのだから。
しかし、どうすれば高度な魔法が使えるようになるかがわからない。魔導書の類も村にしかない。
(ばーさん教えてくれたのは基礎だもんな)
一年半ほど自分で魔法を復習してきたが、これ以上は無理だーーカインは限界を感じていた。
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