21 / 31
外伝 領主の目覚め
その1
しおりを挟む「私、大きくなったら、カインのお嫁さんになるね」
だから泣かないで。今日からかぞくだよーーと。
まだ会って間もない少年に彼女、シアはそう言った。
◇◆◇◆◇
朝日が差し込み、七歳の少年が目を覚ます。
むくりと起き上がると、窓の外を眺めながら目を擦った。
「夢、か。久しぶりだなーこの夢」
今日はその幼馴染みの彼女と、父と、三人でキャンプの予定だ。
少年ーーカインは思い切り伸びをし、ベッドから降りると、浮かれた気分のまま一階のリビングへと走った。
カインは五歳になる頃、この街に移ってきた、「魔女の村」出身の少年である。
三年前、彼は風邪を拗らせ高熱が続く危篤状態に陥った。
体力が落ち、魔力もなくなり、いつ命が尽きてもおかしくない状態で、村の医療技術ではどうにもならず、最寄りの都市の病院へ緊急搬送されたのだった。
苦しかった高熱が下がり退院し、初めて見た村以外の外の世界。しかしそこは母を亡くし単身この街に来た五歳の子供には恐怖でしかなかった。
たくさんの人々、高いビルや建物、行き交う車にトラックにバイク。
しかし魔力もなくなった彼は、魔女しか住めない村に帰ることもできない。
この都市に一人住んでいた父親も、今まで会った記憶などなく、家族ともまだ思えず初対面の大人でしかない。
友達もおらず、悲しくて怖くてボロボロ泣いていたそんな子供に、近所に住んでいる彼女ーーシアが笑顔で手を差し伸べてくれた。そして、家族になろうと言ってくれた。
それからはほぼ毎日、一緒に勉強をしたり遊んだりしている。
悲しさも恐怖もいつしか消え、カインにとってシアは一緒にいるのが当たり前の、本当の家族のようになっていた。
「こら、カイン、ノーマジック!」
昨夜練習した浮遊魔法を使ったカインに、父が注意する。
そして続けて、いつものように親子は声を揃えて唱えた。
「「使っていいのは、自分の部屋と、父と農場の牛の前でだけだ」」
「よろしい」
「もう耳タコだって。学校でも外でも今日のキャンプだって使わないよ」
焼きたてのパンにかぶりつきながらカインは言った。
父の元に来て半年たったある日、五歳を過ぎたはずのカインに、何の前触れもなく突然魔力が戻った。
魔女の村に産まれた男児は、成長と共に魔力が衰えていき、五歳ともなれば、魔力など消え失せるのが普通だ。だからこそ魔女しか住めない魔女の村には、男が殆どいない。
それが突然戻ったのだから、驚くのも無理はない。
カインは村にいた頃にある程度魔法の基礎を習っていたので、その魔力が暴走することもなく、むしろ最初は魔法の感覚が戻ったことに安心すらしてしまった。しかし男であれ魔力が戻り魔女となったということは、同時に村に戻らねばならないことも意味していた。
ようやく友達が出来、父親とも慣れ、そして何よりシアとも親しくなってきた矢先の出来事である。
カインも父親も村の掟に従うことに激しく抵抗を感じた。
魔女が外の世界に出ず魔女の村に住む理由は、大昔の魔女狩りの影響だと聞いたことがある。
ならば魔法を使ったり、暴走させるなどして目立ったり迷惑をかけたりしなければいいのだと親子は決意を固めたのだった。
父はその時から毎日、毎朝確認するようにカインに同じ言葉を唱えさせている。
「シアちゃんの前でも使ってないか?」
「全然。シアとこんなことで離れたくないもん」
魔法を使わないだけではない。素振りを見せたり、おかしいと思われないように徹底している。話題にすら出したこともない。
父もカインも、魔女の村の掟は身に染みていた。現にもう一人の家族ルカにも、会える機会など殆どない。
「ルカも……ヴェルド君がいてくれるから心配しつつも安心だけど」
「この間めっちゃ惚気聞かされたばかりだしね。俺も心配してない」
「ヴェルド君にも会ってみたいんだけどねぇ」
「それは……無理じゃないかなぁ。村の外に行ってもいいのは女の人だけだし」
カインに魔力が残っていることなど知られたら、強制的にカインも村に戻らねばならず、そしてもう二度とここには戻って来られないだろう。
仲良くなったシアともクラスメイトとも離れ、父もまた一人になってしまうのだ。
「というか、男も魔力が残るなんて初めて知ったよ。本当に気をつけるんだぞ、カイン」
言いながら、父親は食べ終わった食器を食洗機に陳列する。洗剤を入れスタートさせると、洗濯をしに出て行った。
カインはそんな父親を見送りながらそっと考える。
(本当はもうひとつ気をつけないといけないことがあるんだけどね)
父は知らない。魔力が残った男ーーつまり領主が外に出てはいけないその理由を。
(父さん、ただでさえ心配性だからな。シアとも会っちゃ駄目とか言われかねない。キスなんてしないのに)
領主はキスひとつでその魔力を他人に与えてしまう。つまり一般の人を魔女にしてしまう危険性がある。
再び中世のような世界と、そして魔女狩りの悪夢を繰り返してはいけない。
(シアにキスをする時は、本当にお嫁さんになってくれる時だから)
きちんと大人になって、どこに行っても何をやってもいいようになってから。魔女になって村に行ってもいいと彼女が言ってくれてからとカインは決めている。
なにせ村は制約も不自由も、この外の世界と比べると多すぎる。カインですら、外の街を知ってしまった今、率先して村に戻りたいとは思わない。
(魔法も使わない、キスもしない……絶対に!)
よしっと拳を握って気合を入れると、呼び鈴が高らかに鳴った。続いて少女の元気な声が聞こえる。
「おはよーカインー! キャンプ行こー!」
扉を開けると、変わらない笑顔で、大好きな幼馴染みが飛びついてきた。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
五年目の浮気、七年目の破局。その後のわたし。
あとさん♪
恋愛
大恋愛での結婚後、まるまる七年経った某日。
夫は愛人を連れて帰宅した。(その愛人は妊娠中)
笑顔で愛人をわたしに紹介する夫。
え。この人、こんな人だったの(愕然)
やだやだ、気持ち悪い。離婚一択!
※全15話。完結保証。
※『愚かな夫とそれを見限る妻』というコンセプトで書いた第四弾。
今回の夫婦は子無し。騎士爵(ほぼ平民)。
第一弾『妻の死を人伝てに聞きました。』
第二弾『そういうとこだぞ』
第三弾『妻の死で思い知らされました。』
それぞれ因果関係のない独立したお話です。合わせてお楽しみくださると一興かと。
※この話は小説家になろうにも投稿しています。
※2024.03.28 15話冒頭部分を加筆修正しました。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
(完結)私より妹を優先する夫
青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。
ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。
ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完結】記憶を失くした旦那さま
山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。
目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。
彼は愛しているのはリターナだと言った。
そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる