魔女の村

各務みづほ

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外伝 領主の目覚め

その1

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「私、大きくなったら、カインのお嫁さんになるね」

 だから泣かないで。今日からかぞくだよーーと。
 まだ会って間もない少年に彼女、シアはそう言った。


  ◇◆◇◆◇


 朝日が差し込み、七歳の少年が目を覚ます。
 むくりと起き上がると、窓の外を眺めながら目を擦った。

「夢、か。久しぶりだなーこの夢」

 今日はその幼馴染みの彼女と、父と、三人でキャンプの予定だ。
 少年ーーカインは思い切り伸びをし、ベッドから降りると、浮かれた気分のまま一階のリビングへと走った。


 カインは五歳になる頃、この街に移ってきた、「魔女の村」出身の少年である。
 三年前、彼は風邪を拗らせ高熱が続く危篤状態に陥った。
 体力が落ち、魔力もなくなり、いつ命が尽きてもおかしくない状態で、村の医療技術ではどうにもならず、最寄りの都市の病院へ緊急搬送されたのだった。
 苦しかった高熱が下がり退院し、初めて見た村以外の外の世界。しかしそこは母を亡くし単身この街に来た五歳の子供には恐怖でしかなかった。
 たくさんの人々、高いビルや建物、行き交う車にトラックにバイク。
 しかし魔力もなくなった彼は、魔女しか住めない村に帰ることもできない。
 この都市に一人住んでいた父親も、今まで会った記憶などなく、家族ともまだ思えず初対面の大人でしかない。

 友達もおらず、悲しくて怖くてボロボロ泣いていたそんな子供に、近所に住んでいる彼女ーーシアが笑顔で手を差し伸べてくれた。そして、家族になろうと言ってくれた。
 それからはほぼ毎日、一緒に勉強をしたり遊んだりしている。
 悲しさも恐怖もいつしか消え、カインにとってシアは一緒にいるのが当たり前の、本当の家族のようになっていた。



「こら、カイン、ノーマジック!」

 昨夜練習した浮遊魔法を使ったカインに、父が注意する。
 そして続けて、いつものように親子は声を揃えて唱えた。

「「使っていいのは、自分の部屋と、父と農場の牛の前でだけだ」」

「よろしい」
「もう耳タコだって。学校でも外でも今日のキャンプだって使わないよ」

 焼きたてのパンにかぶりつきながらカインは言った。


 父の元に来て半年たったある日、五歳を過ぎたはずのカインに、何の前触れもなく突然魔力が戻った。
 魔女の村に産まれた男児は、成長と共に魔力が衰えていき、五歳ともなれば、魔力など消え失せるのが普通だ。だからこそ魔女しか住めない魔女の村には、男が殆どいない。
 それが突然戻ったのだから、驚くのも無理はない。

 カインは村にいた頃にある程度魔法の基礎を習っていたので、その魔力が暴走することもなく、むしろ最初は魔法の感覚が戻ったことに安心すらしてしまった。しかし男であれ魔力が戻り魔女となったということは、同時に村に戻らねばならないことも意味していた。

 ようやく友達が出来、父親とも慣れ、そして何よりシアとも親しくなってきた矢先の出来事である。
 カインも父親も村の掟に従うことに激しく抵抗を感じた。
 魔女が外の世界に出ず魔女の村に住む理由は、大昔の魔女狩りの影響だと聞いたことがある。
 ならば魔法を使ったり、暴走させるなどして目立ったり迷惑をかけたりしなければいいのだと親子は決意を固めたのだった。

 父はその時から毎日、毎朝確認するようにカインに同じ言葉を唱えさせている。


「シアちゃんの前でも使ってないか?」
「全然。シアとこんなことで離れたくないもん」

 魔法を使わないだけではない。素振りを見せたり、おかしいと思われないように徹底している。話題にすら出したこともない。
 父もカインも、魔女の村の掟は身に染みていた。現にもう一人の家族ルカにも、会える機会など殆どない。

「ルカも……ヴェルド君がいてくれるから心配しつつも安心だけど」
「この間めっちゃ惚気聞かされたばかりだしね。俺も心配してない」
「ヴェルド君にも会ってみたいんだけどねぇ」
「それは……無理じゃないかなぁ。村の外に行ってもいいのは女の人だけだし」

 カインに魔力が残っていることなど知られたら、強制的にカインも村に戻らねばならず、そしてもう二度とここには戻って来られないだろう。
 仲良くなったシアともクラスメイトとも離れ、父もまた一人になってしまうのだ。

「というか、男も魔力が残るなんて初めて知ったよ。本当に気をつけるんだぞ、カイン」

 言いながら、父親は食べ終わった食器を食洗機に陳列する。洗剤を入れスタートさせると、洗濯をしに出て行った。
 カインはそんな父親を見送りながらそっと考える。

(本当はもうひとつ気をつけないといけないことがあるんだけどね)

 父は知らない。魔力が残った男ーーつまり領主が外に出てはいけないその理由を。

(父さん、ただでさえ心配性だからな。シアとも会っちゃ駄目とか言われかねない。キスなんてしないのに)

 領主はキスひとつでその魔力を他人に与えてしまう。つまり一般の人を魔女にしてしまう危険性がある。
 再び中世のような世界と、そして魔女狩りの悪夢を繰り返してはいけない。

(シアにキスをする時は、本当にお嫁さんになってくれる時だから)

 きちんと大人になって、どこに行っても何をやってもいいようになってから。魔女になって村に行ってもいいと彼女が言ってくれてからとカインは決めている。
 なにせ村は制約も不自由も、この外の世界と比べると多すぎる。カインですら、外の街を知ってしまった今、率先して村に戻りたいとは思わない。

(魔法も使わない、キスもしない……絶対に!)

 よしっと拳を握って気合を入れると、呼び鈴が高らかに鳴った。続いて少女の元気な声が聞こえる。

「おはよーカインー! キャンプ行こー!」

 扉を開けると、変わらない笑顔で、大好きな幼馴染みが飛びついてきた。
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