魔女の村

各務みづほ

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魔女への入門

第十八話 暴走

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 黙り込んだシアから巨大な魔力の奔流が生まれる。
 怒りの制御が効かない。どんどん湧き上がって止められない。

「そもそもなんでこんな村に閉じこもって……車もないとか馬鹿じゃないの」

 シアの声色が変わった。抑え込んだ、低く静かな声。

「シア?」
「……こんなハーレムなんてやめて、外に出なさいよ。今時魔法なんかに誰も怯えないわよ」

 カインの顔が次第に青くなっていく。長い付き合いなのだ。このパターンは何度も見ている。
 しかしおかしい。いくら何でも感情が昂りすぎている気がする。

「ちょっとカイン、あの子どうしたの?」
「いや、ちょっと……ブチ切れると結構……荒れたり……は、するけど」

 シアを取り巻いた魔力の奔流が、そうこうしているうちにも増え続けていく。明らかに異常だ。

「まさか……暴走!?」
「ちょ! あの魔力で!? シア、落ち着きなさい! 貴方の魔力はもう魔女の中でも上に入る。暴走なんてさせたら被害もそうだけど、命に関わるわよ!」

 暴走すれば魔力のみならず命まで燃やし、その魔力に上乗せしていく。二倍、三倍、四倍と、その威力はどんどん膨れ上がっていく。
 カインがシアを抱きしめ、溢れていく力を抑えた。
 ルカも力を発散させようと誘導するが、生まれる奔流の方がはるかに大きい。

「何とかしなさいカイン! あんたの魔力でしょう!?」
「ええ! そこを何とか……お姉さま?」

 何だかんだ、可愛い弟のお願いに抗えない自分に、ルカは心の中で舌打ちをした。

「もう、だから観念してさっさと制御法教えておけばよかったのよ。それだけ惚れ込んでおいて、外に帰すだなんてよく言えたものね!」

 心に突き刺さる言葉だが、カインは何も言い返せない。

 シアが睨んだ先は遠く小さく見える村の入り口、そびえ立つ正門。

「大体あんな壁が……門があるからいけない……いつまでもひきこもってないで」

 その手に集約していく強大な魔力。

「な、何するの、まさか!」
「や、やめろシア! お前コントロール……」

「テイーーンラセアーーーー!!」

 シアはありったけの力を門に向かって解き放った。

 大魔女様とその弟の防御も間に合わなかった。
 シアの放った魔法は、門どころか覆う壁も無残に破壊し、公道から周囲の森まで実に三マイルに渡って破壊し尽くした。


  ◇◆◇◆◇


 人里離れ、バスも三日に一本。車も人もあまり通らないことが幸いした。

「お馬鹿ーっ! 制御も知らずに力任せにぶっ放すんじゃないわよ!」

 ルカが叫び、カインは頭を抱えてぐったり脱力している。

「本当、シアが自分からこの村に来てくれてよかったわ。外の世界でやってたら……」

 どれだけの犠牲が出ていたことだろう。また、どれだけ魔女が恨みに晒されたことだろう。
 麓では村の魔女達が何事かと集まり始めている。
 遠目に警備隊らしき姿を確認し、ルカはホウキを出した。後ろを向いたまま愚弟に指示する。

「カイン……あんた、女の子になんなさい」
「は?」
「だから、しばらく見逃してあげるって言ってるの! どうせまだ、あんたのことはゲーラ老師しか知らないんでしょう?」

 いつまでバレないかわからないし、ヴェルドには言うけどね、と。

「ルカ……」
「とにかく、責任とりなさいよ? シアをきっちり魔女へ導くこと」
「魔法の使い方も制御の方法も、ここの掟もしっかり教えますーーありがとう!」

 ホウキに乗り現場へ向かうルカに、カインは感謝の意を伝えた。


 今し方の魔法に、シアは誰よりも抜け殻のように唖然としていた。顔が真っ青に染まっていく。そして。

「こわい、マホウ、こわいぃーーっ!!」

 小さな子どものようにわんわん泣き出してしまった。

「シア……」

 カインが近づくと、シアは泣きながら飛びつく。

「カ、カイン! ごめん、ごめんなさいっ!! わ……私、どうしたらいい!?」
「だ、大丈夫だから。人は……死んでないし」

 カインはその身体を慌てて抱きとめると、ポンポンと背中を叩いて落ち着かせる。

「あー……いきなり百二十超えの魔力は……こわかったな?」
「勉強……する! 修行もする! 頑張る! 頑張るから見捨てないで、カインー!」
「はは、なんか子供の頃に戻ったみたいだ」

 ぎゅっと抱きしめると、シアは次第に落ち着いてきた。

「わ、私、悔しかった……カインを独り占めできないんだって」
「うん」
「頭もガンガン痛くなって気持ち悪くてーーなんだかいろいろ制御出来なくてーー」
「少しずつ覚えていこうな。付き合うから」

 これも昔と同じ、シアが心の内を吐き出しカインが宥める。そしてしばらくすると、安心し切ったように、腕の中でスースーと寝息を立て始めた。

「ほんと、変わんない」

 そんなシアの髪を撫で、カインは苦笑する。

「好きだよ、シア」

 そう寝顔に呟くのも、五年ぶりだった。

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