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魔女への入門
第十六話 シアの選択
しおりを挟む「私は……魔女になるよ、カイン」
村を出たくはなかった。魔女になるのを諦めたくはない。
確かにそれは小さなきっかけだったが、今はこの村こそ魔女こそ、シアがやってみたいことだった。
「この村に残って、魔女になる。だって魔法は楽しかった。まだちゃんと使えないけど、薬とか補助的なものとか……カインが教えてくれたんじゃない」
「シア……」
「女の子のカインちゃんはね、理想の魔女さんだったんだよ」
自然に溶け込み、それを操り、呪文を使った大きな魔法でなくても、十分に魅力的な優しい魔女だった。
「この間聞いてきたよね。魔力がなかったら村に来なかったかって」
来なかった、筆記試験だけでは来られなかっただろうと答えた。
「でも今、魔力がなくなって追放されても、私また魔女を目指すと思う! 筆記試験頑張って、ヴェルド様に魔力頂いて……それでも足りないなら他の領主様に頭を下げてでも来ると思う!」
「!?」
カインの顔が苦渋に満ちていく。
「やめろ……駄目だシア、それは何の意味も……!」
「追放されてもそのくらいの意気ってことだよ。でも今はそれをしなくて済んでる……昔のカインのおかげでね」
だからーーシアは二人にきっぱりこれからのことを告げた。
「ルカ様……私、もうカインにキスはしません。魔女になるから。一時の夢でも幻でも貰えたこの魔力、失くしたくないから!」
涙が溢れた。
昔の優しい幼馴染みのあの頃の想いが、自分を魔女にしてくれた。
でもその後、嫌い嫌われ、喧嘩を続けーーキスをすれば、たちまち魔女の資格を失い、村を追い出されるだろう。そうなれば再びこの村に来るのに何年かかるかーー。
賭けにもならない。キスを避け、魔力保持一択だった。
「昔のことは忘れます。できたらーーカインの罰とか、軽めにしてあげてください」
外で魔法を使ったわけでもない、きっちり村に入門するのだから、そこまで罪にしなくてもいいはずだと。
シアはカインの前に立ち、心からの感謝の意を述べた。
「たくさんの魔力を、ありがとうございましたーーーー領主様」
「シア!」
思わぬ展開に、ルカの拘束が緩まる。カインはその隙にルカの手を離れ、立ち去ろうとするシアを即座に抱きしめた。
「馬鹿! 俺から離れんな。村を出て行けなんて言わない。もう避けたりしない。傍にいろ、シア!」
「カイン?」
「絶対駄目だ、他の領主のところも……そんな必要全くない! 何のために俺がこの村に戻って来たと思ってるんだ」
言うとカインは堪らず、自らシアの顔を寄せ、その唇に自分の唇を重ねたーーーー。
「……っ! やだ、カイン!」
思わずシアが突きとばす。心臓がドクドク早鐘を打った。
「うそ! 触れた、今? 私……村に……いられない……もうーー」
魔女の最低条件、魔力値五十を切ってしまったーーシアは確信して涙目で崩れ落ち、座り込む。
しかし、カインはそんな彼女の前ですかさず魔法を使った。
「シア、唱えて。こう、火炎球!」
「え、て、テイン……ラセア……?」
訳がわからないまま、咄嗟にカインを真似して手を掲げると、熱い火の玉が生まれ、前方へ飛翔し爆発した。
いつぞやの不発の魔法とは違い、赤々と燃え盛る炎、起こる爆発。
「え?」
呆気に取られるシアの横で立ち上がったカインは、モニュメントの柱にもたれ成り行きを眺めていた大魔女に問いかけた。
「どう? ルカ」
「合格ね。追放はないわ……ってかもうさせない」
カインはふっと息をつき、茫然自失するシアに手を差し出し立ち上がらせる。
「だってさ。これから本気で魔法覚えないとな」
「……え?」
ルカが呆れてシアに魔力値測定器を掲げ、数値を見せて言った。
「飲み込みの悪い子ね。あなたの魔力は増えたのよ。ほら」
その値は余裕で三桁、百二十一を示していた。
「立派に暴走危険値オーバー。手を振るだけでも簡単に魔力がでてしまう。指導者の元きっちり修行してもらうわよ」
「えっ、ど、どうして!?」
カインが顔を赤らめながら、シアの疑問に答えた。
「それはまぁ……俺が、増やしたから?」
ここに来たのは止めるためだけじゃない。
シアがそれでも魔女への道を決めるならーー与えるためーーと。
「カインの想いが冷めていたなら、必死になって私に頼まなくてもよかったのよ。とっくにキスをして、自分が与えてしまった魔力を消して、貴方を一般人に戻していたわね」
自責の念に捉われた領主様は、想いを抑え込み忘れようと距離を置いた。
しかし忘れるどころか、冷たくする度に、嫌われる度に、心がどんどん傷ついていく。
再び仲を修復し仲間となった頃には、想いは更に深まってしまっていた。
「ざっとこんなところでしょ。我が弟ながら、ほんっと馬鹿なんだから」
惚れたなら、「俺の魔女になれ」とでも言ってがっちり捕まえて、さっさと村に連れて来ればよかったのよ、と。
「ルカ……勘弁して……」
身も蓋もない。カインは顔を真っ赤にして、誰の顔も見られずに俯いた。
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