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魔女への入門
第六話 魔女の修行
しおりを挟む晴れた庭のテーブルで、カインとシアはのんびり薬を調合していた。
ここに来て五日ほどだろうか。特に問題などもなく生活に慣れ、穏やかな時が続いている。
修行も、そもそも魔力のないカインに教わることなので派手さは皆無だ。
「魔法ってのは呪文唱えて発動させるばかりじゃなくて、天然の薬草やハーブの知識……薬を作ったり、自然を理から理解したり。これも立派な魔女の修行なんだ」
説明しながら、カインは慣れた手つきでどんどん薬を作っていく。実際村の問屋に卸すのだという。
その手際は控えめに言っても、とても魔女らしかった。
(お料理上手かったし、ガーデニングもやってたけど……まぁおじさんと二人暮らしだったしね)
シアは思わずマジマジと見つめてしまう。可愛い少女の姿だと印象も随分変わる。
そして、少女カインは皮肉屋でも喧嘩腰でもなく、避けて無視をしていた頃とも違う、昔の、仲が良かったころの幼馴染みそのままだった。まるでタイムリープでもしたように、あの日が蘇ってくる。
こうやってよく一緒に勉強し、遊び、何をするにも一緒だった。
そしてまた、それが楽しかった。苦手な勉強ですらも全く苦にならないくらいに。
カインが教えてくれたことは、何だって上手くなっていった。
(やっぱりカイン、教え方上手だな)
適度な速さで、つまづきそうな所も丁寧にフォローしてくれる。幼馴染みだからこそわかる阿吽の呼吸なのかもしれない。
ひとつ、またひとつと魔法薬が完成していく。それがまた次の自信になる。
(っていうか、私魔女に向いてない? こんなに作れるし。楽しい!)
少々自己陶酔しながら、シアは作り方もコツも次々とマスターしていく。
そんなシアを見ながらカインが嬉しそうに微笑んだ。
するとシアの心臓がドクンと跳ね上がった。女の子の姿で昔と違う筈なのに、その温かく優しい姿に、好きだった頃の気持ちが思い起こされそうになる。
シアはブンブンと頭を振り、その過去に浸りそうな自分を戒めた。
「そ、そうだ、カイン……大学どうしたの?」
「ん? 入学式まだ先だよ。今は夏休み」
思わず現実的な質問を投げかける。そしてその現実的な返答にようやく我に返り、シアは胸を撫で下ろした。
「ジェシカとマルクは下宿先決めたかな。いいよね、ロンドンの大学」
「シアも行きたかった?」
「あはは、私の頭じゃ無理無理。カインは? どうしてロンドン選ばなかったの?」
カインはふと上目遣いにシアを見上げたが、そのまま目を伏せ何事もないように答えた。
「……一人にしたくなかったし……勉強はこっちでも十分できるしな」
「そっか、おじさん一人になっちゃうもんねぇ」
ゴリゴリと乳鉢と乳棒で薬効のある葉をすりつぶしながら、なんの気も無く相槌を返す。カインはそっと「そうじゃないけど」と呟くが、シアに聞こえることもなかった。
「シアは、何で魔女になりたい?」
「え?」
「まともに聞いたことないと思ってさ。今まで一度だって、魔法の話も魔女の話もしたことなかっただろ?」
シアはうーんと考えてみる。
魔女に全く興味がなかったわけではない。
しかし出会った頃、カインは村を出され、母も亡くしたばかりであった。だから幼心にもなんとなく、村や魔女の話を避けていたのを覚えている。
そしてそのままずっと興味も薄れていた。
「最近学校の掲示板で見かけて……こんな道もあるんだって、その場の勢いダメ元で受けたってのはあるけど……でも秘められた力がありますなんて言われたらさー。伸ばしてみたくなっちゃって? 中二病くさいけどね」
笑いたきゃ笑えば? いつものように挑戦的に煽ってみるが、カインは全くのってこなかった。
「魔力値がなかったら、来なかった?」
「えっ、それはまあ、……そうかな? 筆記試験だけで合格するとは思えないし」
でも実際この村に来てテンション上がったし、やる気にもなった。魔法薬も楽しい。
きっかけなど何でもいいのだ。魔力値は本当に幸運だったとシアは思う。
またどうせお前に無理だなどと争いになりそうなので、わざわざそこまで言わないが。
「カイン?」
しかし先程から幼馴染みの様子がおかしい。少女の顔がどんどん青ざめていく。女体化魔法の副作用などあるのだろうか。
シアは立ち上がり、カインの方まで回り背中をさすろうとした。
「ちょっと、大丈夫? 今ゲーラ様呼んで……」
「いい! 俺に、構うな……」
突然の強い拒絶。まるであの振られた時のような。
カインは立ち上がり、ふらふらと部屋へ戻って行った。その背中は全力でシアを拒みながら。
シアはその場から動けず立ち尽くしたまま、見送るしかなかった。
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