隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十七章 始動-4

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『相手は……軍、人形軍なので……我々、見えない……す』
「人形軍?」

 ディルクの呟きにライサは心当たりがあった。

「聞いたことあるわ。人形軍……死の軍第四部隊のことよ。幻の軍として王宮では扱われていたけど……完成させたんだわ。人形を……」

 相手がプラスチックやビニールを纏ったロボットなら、魔法使いにはその姿を見ることが出来ない。
 見えない相手に王都が一方的に襲撃されているというのだ。

 王都にいるはずの国王は、現在内戦の絶えないクアラル・シティ周辺へ進軍中であり、マナは国王に言われ、全世界の魔法使いに届く限り、この緊急情報を発信していたという。
 ここで受信したということは、遙か北方にいる筈の王子も聞いた可能性がある。
 動かずにいてくれることを願うしかないが。

「王令……か! くそ……マナ、王都の戦力は!? 現在応戦しているのは誰だ?」

 マナはディルク、そしてキジャにも目を向けると、深妙に言葉を続けた。

『今……王都で、応戦して……のは、炎子えんし……の部隊のみ、です』

 キジャの顔からさっと血の気が引いた。即座に扉に向かって走り出す。
 しかしディルクに思い切りその手を引かれ止められた。

「待て! キジャ、お前は行くな! お前の魔法はまだまだ不完全だ」
「嫌だ! 俺は行くんだ! じゃないと親父が! 父ちゃんが!」

 なおももがく彼をディルクは力一杯押しとどめた。そしてまっすぐ彼の顔を見て「だから」と怒鳴る。

「俺が行く! そして炎子フラムは必ず助ける! 約束だ! ……マナ!」

 キジャの勢いが止まった。
 ディルクは続けてマナを振り向き、毅然と言い放つ。

「俺がすぐに向かうから、絶対持ちこたえろとフラムに伝えてくれ! 俺からの命令だと!」

 マナは頷くとその場から一瞬で掻き消えた。
 皆が呆然とする中、ディルクがキジャに向き直り、頭をぽんと撫でて告げた。

「……聞いた通りだ、心配すんな。フラムは将軍の中でもトップクラスの実力の持ち主だ。そう簡単に人形ごときにやられるか!」
「兄貴……父ちゃん、知って……?」
「まぁな。手合わせしたこともあるぞ。あいつは強い、大丈夫だ」

 言うとディルクは皆の方を向き、頭を下げながら丁寧に今までのお礼を述べた。
 それに合わせ、皆つられて頭を下げる。
 彼らはマナの姿は見えなかったものの、その声と会話を聞き、あまりの展開の早さに口を挟むことも出来ず、ただただ呆然としていた。

「リーニャも、また会おうな。みんなによろしく伝えてくれな」

 リーニャはまかしとき、と元気に頷く。
 キジャはずっと固まったままだ。何でお前はそんなに気楽なんだ、魔法世界が心配じゃないのか、と。

 ディルクは続いてライサの手を取ると、両手でぎゅっと握った。

「ライサも……気をつけて。いろいろ期待してる」

 まだ付き合って一週間なんだけどなーとボヤくと、ライサは一日からはすっごい進歩、と笑った。
 そして何やらひょいっと投げて寄越す。

「お守り! そっちこそ、私が人形軍を全停止させるまで死ぬんじゃないわよ」
「さんきゅ!」

 ディルクは言うと研究室の窓を軽々と越え、中庭に出た。そこそこのスペースを前にして、ひとつ深呼吸をする。
 莫大な魔力の流れが渦巻いた。
 残念ながら科学世界組には見ることは出来なかったが、キジャは驚き、そしてリーニャは目を輝かせる。

「う、うそだろ、これ、転移魔法!? しかも、ここから魔法世界まで行けるのか!?」

 ディルクはそんなキジャの声に振り返った。

「念のためラクニア経由だけどな。しっかり見ておけよ、テストに出すからな!」
「ええええええ!? しかもこれでまだ万全じゃないとかありえねぇ!」

 キジャは絶叫し、更に続ける。

「大体! そもそも将軍の俺の親父に命令とか! マナフィ様にタメ口とか! おまえ、何考えて……兄貴!」

 すると何かを思いついたように手をたたき、ディルクはキジャに向き直った。

「そうだな、じゃあお前にも言っておくか。みんなをその力でしっかり守れ! 必ずだ!」

 そうじゃなくて、となおも言い返そうとする愛弟子に、ディルクは穏やかに微笑む。


 ーーーーこれは東聖ディルシャルクの名において、最初の命令だ、キジャ……フレフィルノーーーー


 彼の姿が消える寸前の言葉は、キジャの中で何度もエコーを繰り返し続けた。


  ◇◆◇◆◇


「ディルク君が、東聖……!? あの、四聖の? 魔法使い最高峰の……?」
「俺の親父、魔法使いと戦って帰ってこなかった……」
「私も……兄が……でもまさか……」

 皆信じられないといった声をあげた。
 ディルクの最後の言葉はキジャのみならず、その場の皆にも衝撃を与えていた。終始落ち着き払っていた三人を除いては。

「行ってまったなぁ、ディルク兄ちゃん」
「ん、王都はディルクの街だものね。放っておけなくて当然だよ」

 彼の正体を知った皆の反応は、決して好意的なものばかりではない。
 ライサは静かに目を閉じた。自分も魔法世界に行けば、こんな視線を浴びるのだと頭に叩き込む。

 しかし想いをきちんと通わせたからか、今度は敵ではないからか、ディルクが行ってしまっても、あの頃のような孤独や不安は微塵も感じなかった。
 全人類が敵視しようと、自分だけは彼の味方をするのだと集中する。
 人形軍を止め、彼を助けるーーライサは自分のやるべきことに即座に取り掛かった。
 パソコンを開き、教授に地図のデータを渡す。王女と王子のいる別荘への地図だ。

「後のこと、よろしくお願いします、先生。姫様にもよろしくお伝えください」

 窓の外に黒塗りの高級車が止まった。王宮からの使者である。
 ライサが王宮に戻っても、今まで彼女のまわりにいた人たちにも調査の手はまわるだろう。いろいろ喋らされることになったり、拘束されたりしたら厄介である。
 その前に王女のもとへ隠れてもらう算段をしていた。

「貴方も気をつけて、ライサ博士」

 教授は皆に向き直り、早速指示を始める。

「さて、我々も早急に動くぞ。キジャ君、援護を頼めるかね」
「当然、だろ!」

 皆、まだ戸惑いが残るものの、各々やるべきことをやりに散らばっていった。
 最後に残った教授は、後ろ姿を向けたライサにふと疑問を投げかける。

「ところで、ディルク君に何を渡したのかね? 虫の抜け殻のように見えたが」

 ライサは少しだけ振り向くと、人差し指を立て、内緒ですよという仕草をしながら答えた。

「えと、目薬です。お守りに……」
「目薬? まさか……」

 感心の声を上げる教授を後にし、ライサは迎えの高級車に乗り込んだ。

 王宮までの道のりは長かったが、殆どなにも話さずに車は進んでいく。
 使いの者たちも、彼女が何も言わないとわかると、敢えて話さなくなった。

(ディルク、私が行くまで……無事でいて!)

 頭の中で、強く強く願う。
 目を閉じて黙り込んでいる彼女を乗せた車は、少しずつ王都に近づいていった。
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