隣国は魔法世界

各務みづほ

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復興編

第二十九章 脅威との決着-3

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 ライサはあまりの光景に声を出すこともできなかった。
 ディルクは躊躇いもせずにダガーの息の根を止めた。そしてその後も動揺もせず、平然と冷たい目を彼に向けている。
 つまり今回が初めてではなく、何度もそういった行為をしたことがあるということだ。

 返り血を浴びた彼がやってきたときも、ライサは動揺を隠せなかった。
 ディルクはふっと笑う。

「俺が、恐いか? ライサ」

 彼女に張っていた結界を解きながら、隣国最強の魔法使いは静かに問うた。

「お前は随分と、たくさん殺してるって気に病んでたけどな。まぁ俺も……実は似たようなもんだ」

 それはそうだ、戦場では最前線にいた人なのだから。
 しかし頭ではわかっていても、直接目の当たりにしたのはこれが初めてだった。
 彼は、敵国からの使者であるライサも殺さず助けてくれた。彼女の造った最強の兵器も鎮圧した。王都の住民の危機も見捨てられずに助けに行った。
 今まであまり人を殺すイメージがなかったのだ。

 すると彼は苦笑する。

「そんなわけないだろ。ばかだなぁ……」

 なんとなくダガーの遺体に目をやりながら、強かったなーこいつ、と呟く彼の顔は、どこか虚しさが漂っていた。

「……重いよな、命は……どんな奴でも、さ」

 ディルクはふと空を見上げて言った。少なくとも敵を殺め、喜べたことなど一度もないと。
 だからこそ、ライサに撃たれた時も、あの苦しみと絶望の中、ここでは絶対に死ねないと思った。彼女にこの思いをさせてはいけないと。

「あ、ありがとうディルク……おかげで、助かった……」

 その彼女は今ここで彼を慮り、涙を浮かべながら精一杯手を握っている。
 ダガーは中途半端に情けをかけでもしたら、いつまでもどんな脅威になるかもわからない。
 だから、後悔はしていないーーディルクは一つ頷くと、ライサを抱き寄せた。

「ん、間に合ったな、よかった」
「よくわかったね……ここにいること」
「ああ、呼んでくれたからな」

 小さな声でだって呼んでくれればわかる、そうしたらお前の元に行くーーそう言って彼は微笑む。

(そうよね……ディルクだって、いろいろ抱えている。なんでもない筈がない……)

 オーラひとつで精神的に傷をつけてしまったと、ずっと心を痛めていた人だ。
 戦争をして、戦って、たくさん壊して犠牲をだしてーーこの優しい人が、悩んだり悔やんだりしないわけがないとライサは気づく。
 彼も全ての罪を受け止め、背負って生きている。
 だからこそ、そんな中で自分を見失わないよう、大事な人には傍にいてほしい、いなくならないでほしいと願うのだと。

 ライサは死ななくてよかった、この人を遺して逝かなくて本当によかったと心から思った。

「会いたかった、ディルク」

 彼女は僅かに震えるディルクをぎゅっと抱きしめた。彼も「俺も」と言って、ライサの鼓動を感じる。
 徐々に二人の震えが収まっていく。
 それから、どちらからともなく唇を重ねようとした。

 しかしその時、ライサは妙な違和感を感じた。ディルクがそれに気づいて怪訝な顔をする。
 何かがおかしいーーライサは半ば科学者の勘だけで、即座にダガーに視線を向けた。

「ディルク、あっちの丘に退避、急いで!」

 ディルクはライサが言い終わらないうちに転移魔法を発動させる。
 ドドーーーーンと、その瞬間に先程までいた高台が木っ端微塵に吹き飛んだ。

 今し方倒したダガーの遺体が突然爆発したのである。
 間一髪で退避した二人は、あまりの出来事に呆然としていた。

「ば、爆弾を体内に仕込んでいたんだわ……心停止と連動して……しかも、時間差……」
「最期まで油断ならない奴だったな……まじで……」

 先程の雰囲気も消え失せ、二人は真顔で見つめ合う。
 ディルクが思いついたように、ライサの治療を始めた。

「とりあえず動けるようにはするけど、後でちゃんと診てもらえよ」

 そして改めて丘の下で繰り広げられている二世界の軍に目をやる。

「あっちの決着、つけないとな。行けそうか?」

 ライサが身体を軽く動かし「うん」と答えると、ディルクは頷いた。

「……ん? うわ! あいつ何やって!?」

 突然の彼の叫びに視線の方を追うと、ライサの顔も瞬時に青ざめた。
 遠くて小さいがあそこにいるのはーー王女に見える。

「行くぞ、ライサ!」

 ディルクの掛け声に、ライサはすぐに応じた。


  ◇◆◇◆◇


 最終兵器のスタンバイを終えた両軍の間に緊張が走る。
 これで、勝敗が決まる。決着の瞬間が迫ろうとしていた。

「待って!」

 静寂を打ち破ったのは、一人の美しい女性の声だった。声と同時に両軍の丁度真ん中に二人の人物が浮かび上がる。
 長い、ウェーブのかかった髪をなびかせ、戦場に似つかわしくない、柔らかなドレスを纏ったその女性にーーヒスターは瞬時に反応した。

「姉上!?」

 遠目にも、彼はその女性が王女であることをはっきりと認識する。死んだと思っていた最愛の姉がそこにいると。
 彼女の後ろには背中合わせにして一人の男の姿もあったが、ヒスターには王女しか目に入っていなかった。
 しかし一瞬の湧き上がる大歓喜の後に、さっと血の気の引く恐怖が彼を襲う。

「ああああああっ、あねう、えっ! すぐ、すぐっ、そこから逃げて! そこは、あああっ……!!」

 声の限りにヒスターは叫んでいた。体中が打ち震えている。
 最愛の姉のいる場所はまさに、今セットしたばかりの彼の兵器の通過地点であったのだ。

 一方、反対方向では魔法世界の国王が、王子の姿を認めて、立ち去るように叱咤している。

「どきなさい、シルヴァレン! すぐ“竜の軌跡”が発動する! 急げ!」

 背中合わせに自分の世界の方を向いている王女と王子はーーだが動こうとしなかった。
 その王子の横に、ボルスが姿を現す。
 上空で成り行きを見守っていた彼は、危険が迫っていると知って、二人を守りに降りてきたのだ。
 国王が止める間もなく、国宝の魔法陣が徐々に足元に浮かんでくる。
 ヒスターの兵器もまもなく発射されるだろう。

「姫、逃げなさい! 君も、姫を頼む!」

 王子は王女の腕を掴んでボルスに引き渡そうとしたが、彼女は力一杯抵抗した。

「いや! いやよ、嫌っ! いやぁ――――っ!!」

 ボルスはそれを見て慌てて防御結界の呪文を唱え出す。だが国宝“竜の軌跡”は、発動する前にも徐々にその結界を打ち消していった。

「王子! 無理です! 退避してください!」

 ボルスは慌てて結界を維持しようとしたが、打ち消す方がはるかに強い。
 その場の誰もが彼らの死を予感した。

 ドオオオォォォォォ――――――ン!
 両世界による凄まじい閃光と爆発音が、容赦なく辺り一面に響き渡った。
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