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復興編
第二十九章 脅威との決着-2
しおりを挟む「随分いろいろ好き勝手やってくれたようだな」
忘れようもない低い、ドスのきいた声。恐怖に彼女の心臓が跳ね上がる。
しかしライサは気丈に相手を睨み据えた。
「……ダガー・ロウ……」
「システムを壊し、兵器のエネルギーを抜き、武器を解体させーー貴様は最強の科学者だな。見事だ」
ダガーはゆっくり近づく。
ライサは動くことが出来なかった。逃げても無駄だとわかる。
彼女が科学者であるのと同様、この男はプロの暗殺者なのだ。
「俺の……全てを壊しやがって……貴様!」
ダガーは目にも止まらぬ速さでライサの首を掴んだ。
「ぐ……っ!」
苦しいーーディルクの守護魔法もとうに切れている。
ライサは渾身の力を振り絞って懐の銃に手を伸ばした。必死に銃口を向ける。
しかしその銃をダガーはいとも簡単に掴み、ライサを思い切り蹴り飛ばした。
あまりの衝撃にその手から呆気なく銃が離れ、そのまま彼女は何メートルか跳ばされる。
どちらが上下かもわからぬまま意識が吹き飛びそうになった。激しく咳き込み、血を吐き出す。死ぬ程の痛みと苦しみの中、辛うじて意識を保つ。
彼女の霞む目には、自分に銃口を向けたダガーが見えた。
(そっか……私は銃で死ぬのね……あの時の、ディルクみたいに……)
ふと微笑する。何て自分に相応しい死に方だろうと。
文句言えないくらいには散々好き勝手やってきたし、犠牲も出してしまった。これが罰なのかと諦めの感情に満たされていく。
大切な、優しい優しい最強の魔法使いの顔が思い浮かんだ。
付き合えた一週間、本当に楽しかった。
(ごめんね、ディルク……今までありがとうーーーー)
ガーーンと一発の銃声が鳴り響いた。
死の恐怖に歯を食いしばっていたライサだが、いつまでたっても衝撃がこないのに疑問がわく。
恐る恐る見ると、ダガーの手が止まっていた。いや、止められていた。
「ライサ!」
そこにはディルクの姿があった。ダガーの銃を持った手を間一髪で別方向へ向けていた。
「東聖……!?」
しかしダガーの呟きは、ライサの心臓を潰れそうな程強打した。
この男に知られてしまった、彼が生きていることを。
婆やと王女のためにとどめを刺したはずの最大の敵の生存を。
ダガーは瞬時にディルクに銃を突きつける。対する彼の判断は俊敏だった。
ダガーのくりだした蹴りをかわし、さっとライサの方へ向かう。そのまま彼女を抱き上げて、森の奥の方へ去っていく。
ガーン、ガーン、ガーンーー銃声が森中に鳴り響いた。
ダガーの腕は正確だった。ディルクは必死にかわしたが、腕に一発翳めてしまう。
ディルクはライサを抱え全速力で走った。腕からは血が滴り落ち、地面にはその跡が点々とついていく。
「ちっ」
ダガーは舌打ちしながら二人の血痕を追い、大声を張り上げた。
「ライサ・ユースティン、わかっているな!? 俺は地の果てまで獲物は逃さん!」
遠くからダガーの声が聞こえる。
戦時中のあの確約が、ライサの中で瞬時に蘇ったーー東聖を殺さねば婆やを見逃さないと。
あの男はこの後、婆やの調査を全力で始め、そして今は遠くで幸せに過ごしているはずの王女共々捜し出してしまうだろう。
「……うっ……」
ライサが耐え切れずに大量の血を吐き出した。
先程の蹴りと衝撃で、どこか内臓がやられたのかもしれない。ディルクの腕から崩れるようにずり落ち、そのままうずくまる。
「ごめ、ごめん、ディルク……知られてしまった。貴方が生きてること」
「俺がダガーに狙われるようになるって? 構わねぇよ。あいつとは遅かれ早かれケリをつけないと」
「それも、そうだけど……また、私、貴方を……」
いや、もう彼を殺すのは絶対に嫌だとライサは首を振った。それならば今度こそ、ダガーの目の前で自ら命を絶ち、その脅迫の意味を失わせようと。
身体もあちこち痛い。
このまま戦うにしても、完全にディルクの足手纏いでしかない。
「ディルク……もう、私のことはいいから、先に行ってちょうだい、早く!」
いつだったか、前も同じようなセリフを言ったな、などと考えながらライサは必死に彼の背を押した。
しかしディルクは振り返ると、そんな彼女の口周りの血を拭う。大きく息を吸いこみ、その息に魔力を込め、それを彼女の口から体内に送り込んだ。
ライサの体の中の痛みが徐々に和らいでいく。
そんな治癒魔法があるのか、まさにマウストゥマウスーーなどと彼女はされるがまま、こんな状況下に変に感心してしまうが、その行為はダガーから逃げるには致命的になった。もう転移魔法を使う間もない。
「ぷはっ! ……そんなこと、出来るわけないだろ! 応急処置だ、大人しくしてろ」
ディルクは即座にライサに結界を張った。彼女にも境目がわかるよう、弱い光が発せられている。そして続けざまに振り向き、別の結界でダガーが放った銃弾を間一髪ではね返す。
彼は更に先程受けた銃の傷を瞬時に治すと、来た道をキッと睨み据えた。
ダガーが姿を現す。
「ほう……」
ライサのまわりの薄く光る結界を見て、ディルクのほうに視線を移す。
「結界で博士殿に手は出せないと。甘いな。俺は貴様を倒し、博士殿も殺し、そして裏切り者の女も始末しにいく」
「……ライサが俺を殺す理由が、王令以外にあるんじゃないかとは思ってたけど、成る程? お前が脅していたのか……今も!」
彼女が自ら東聖に死をもたらすようにと。
またその罪悪感で、傀儡のように国や新国王に尽くすーーもしくは死にたくなるようにと。
「どこまで……クソなんだてめぇは」
青い顔のまま身体を小刻みに震わせるライサをチラリと見ると、ディルクは拳を握りしめ小さく伝えた。
「早まるなよ、ライサ……今はあの時とは違う。二人で全部守れるんだからな」
「あ……」
ライサが出来ないことでも、今なら彼がいる。婆やが危ないなら二人で向かって守ればいいのだと。
そしてダガーもそれに気づいているからこそ、脅しつつも今ここで東聖の死を確実にしなければならないのだ。
ディルクの額には宝石のついたサークレットが見えた。魔力はほぼ回復しているようだが、ダガーは魔法使いにも対抗しうる力を持っている。
ライサは気が気でなかった。
突如、ダガーの姿が消えた。瞬間、ディルクの後ろにまわりこみ、先程のナイフを振り上げる。
が、間一髪ディルクはそれをはね除け跳びずさった。
続いて今度はディルクが、瞬時にダガーに足払いをかけた。ダガーも跳んでかわす。
魔法も武器もない純粋な格闘が続いた。あまりに激しい攻防に、おそらく銃を構える間も魔法を使っている余裕もないのだ。
ダガーが魔法使いに対抗できるのは、このスピードが理由でもあった。
どうしても魔法に頼りがちな彼らが、魔法を使おうとする前に、瞬時に攻撃をしかける。
ディルクもそれを見破っている。だからこそ、敢えて魔法を使わないのだ。
「さすがに貴様は、格闘も十分に心得ているというわけか!」
ダガーが舌打ちをしながら、それでも攻撃の手を休めずに唸る。
「はっ!」
ディルクがそれには応えずに、気合をかけた。突如魔法による衝撃波が生まれる。
スピードといえば、ディルクの魔法の速さも正確さも並大抵ではない。
大きな魔法はともかく、基本的な魔法なら、呪文なしでもおそろしく正確にその本来の効果を発揮する。
ダガーはその衝撃波をかわすので精一杯だった。
ディルクがその隙をついて飛び上がり、今度は上空からドリルのような風を送り込む。
「グワァアアァァ――ッ!」
今度はダガーはまともに食らってしまった。地面にめり込むように倒れる。
風が収まったときには、既にチェックメイトだった。
ディルクが仰向けに倒れたダガーに冷ややかに告げる。
「あばよ。ダガー・ロウ!」
瞬間、何の躊躇いもなく、ひとすじの光の攻撃がダガーの頭を貫いた。
ダガーは、自分が負けることをわかっていた。
彼は、殆ど武器を持っていない。ここにディルクとの差があった。
格闘技で五分五分なら、魔法の使えるディルクのほうに分がある。
ライサに科学世界の武器を殆ど壊されていた時点で、彼の負けは決まっていたのだ。
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